【SIDE: 凛々子10.1】
「よっこらしょ・・・っと」
カフェの資材が詰め込まれた段ボールをカウンターに置いて、一息。
「あ、お疲れさまです」
立希ちゃんはアイスコーヒー用のシティローストを挽き終えて、メリタのドリッパーに無漂白のペーパーフィルターをセットしているところだ。ちょうどお湯が沸いた。
「立希ちゃん、アイスコーヒーの準備?お疲れさま!」
「いえ」
無愛想にそう答えて、立希ちゃんは挽いたコーヒー豆をドリッパーに入れた。グースネックのドリップポットを一度濡れ布巾で休ませ、温度計をチェックしてから蒸らしのお湯を優しく注いだ。アイスコーヒーの湯温は92℃がうちのルールだ。
レギュラーコーヒーはカリタ式ドリッパーを使うけど、アイスコーヒーはメリタで淹れる。濃い目で抽出できるし、味がブレないのがいいところだ。グースネックのポットを使わなくても安定してるけど、蒸らしは重要なのであえてグースネックを使う。30秒ほど蒸らしてから、立希ちゃんはお湯をドリッパーに注ぎ始めた。
立希ちゃんは開店当時からこのカフェでアルバイトをしている。きっちり仕事をするので、他のバイトの子達からも評判がいい。コーヒーの淹れ方も隙間時間で研究しているらしく、豆の種類によって温度や抽出速度を微妙に調整している。私は、立希ちゃんの淹れるマンデリンが好きだ。しっかり苦いのに尖っていなくて、丸いコクと甘味を感じる。・・・飲みたくなってきちゃった。今日の休憩時間に淹れてもらおう。
さて、いいタイミングだし、しれっと軽くジャブ打っとこうかな。
「燈ちゃん、ソロライブやるんだってね」
「えっ・・・!」
立希ちゃんは動揺して、ドリップポットからお湯がこぼれた。
「燈が・・・?」
「立希ちゃん、聞いてないの?」
やっぱり。何かあったのね。
「・・・」
立希ちゃんは答えず、こぼれたお湯を布巾で拭いている。
「何があったか知らないし聞かないけど、お姉さん心配だな〜」
わざとふざけた口調で言ってみる。こういう話は深刻にし過ぎない方がいい気がする。立希ちゃんは否定しない。ふと手を止めて言う。
「・・・いつなんですか」
「今日だよ?」
「・・・!」
立希ちゃんが固まった。
「なんかね、昨日燈ちゃんが急に来て、『ライブやりたい』って。びっくりしちゃったけど、面白そうだなって。興味沸いちゃって」
立希ちゃんはまだ固まっている。
「だから、今日のオープニングアクト的な?冒頭に10分だけ枠を作ったの。何をしようとしてるかはわかんないんだけどね」
「・・・」
「立希ちゃん?」
ハッとしたように我に返って、立希ちゃんは落ちていくコーヒーの雫に目をやった。メリタの一つ穴から、シティローストの濃い抽出液がポタポタと滴っていく。
「・・・そうですか」
それだけ言うと、コーヒーが落ち切らないくらいのタイミングで立希ちゃんはドリッパーを外し、シンクに置いた。少し残っていた熱いコーヒーがシンクを温め、ボコン、と音が鳴った。
思うところあるけど考えがまとまらないような、複雑な表情。ちょっと整理する時間が必要かな?これ以上は突っ込まないでおこう。
