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【SIDE: 愛音9.9】

「あいつ、お前も楽奈もいらないって。燈と私を繋ぎ止めるために利用したんだよ!」

えっ。

あ、そーゆーこと?

今までのそよさんの言葉、態度が頭の中を駆け巡る。

『ともりって、高松燈ちゃん?』
『お友達なの!』
『愛音ちゃんとバンドするんだけど、立希ちゃんも一緒にやらない?』
『愛音ちゃんのおかげで、久しぶりに燈ちゃんと話せたから・・・』
『ねえ・・・”私たち”、もう一回やり直せないのかな?』
『バンド・・・私と、燈ちゃんと、立希ちゃんと』
『”また、一緒に”、やってみよう!』
『そうだよ!”今度は”、”みんな”でちゃんと話し合っていくの!』
『大丈夫だよ、無理はしないで!』
『みんながやりやすい曲、探そうよ!』
『うーん・・・練習にはいいと思うけど・・・』
『立希ちゃん、これは燈ちゃんが書いてくれた、新しい”私たち”の歌なんだよ』
『そうだよね・・・”みんな”が、いないと・・・』

「あぁ・・・」

合点が行ってしまった。私みたいな初心者とバンドを組んだ理由。腑抜けた声が漏れた。

そしたら急にスーッと緊張が解けて、妙に視界がクリアになった。目が覚めた感じがした。

「違う!そよちゃんはバンドやってこうって・・・ライブ終わっても・・・!だから・・・」

「違うって何?・・・燈は・・・CRYCHICがいいの?そういうこと?そよを取るなら、コイツはいらないってことでしょ」

「違う・・・みんなで・・・」

「もう無理だよ」

「む、無理じゃない!」

「そよがいいの!?コイツらがいいの!?どっち!?」

あれ?なんで2人が言い争ってるの?私、どうしてここにいるんだっけ?今、私いらないって言われたよね?

そっか。

燈ちゃんは、そよさんじゃなきゃダメだ。別のベーシストじゃ歌えない。それはたった今目にした事実だ。

驚くほどスムーズに、私は答えに辿り着いてしまった。

アンプのツマミを全部ゼロにして、スイッチを切る。RiNGで貸してもらっているエフェクターを全部オフにする。シールドを抜く。首にかけたストラップを外して、ギターをギグバッグに仕舞う。いつも練習終わりにしているように、そよさんに教わった8の字巻きでシールドをくるくると巻いて、ギグバッグのポケットに放り込む。

そうだ。これでいい。

「・・・何やってんの?」

リッキーが言う。

「私、いらないんでしょ」

違う、こんな言い方をしたいんじゃない。私はもっと明るく、物分かりよく、叶わないことからは後腐れなく綺麗に身を引きたいんだ。ずっとそうしてうまくやってきた。だから、何事もなかったように、ギターを背負ってスタスタとスタジオの扉まで歩く。大丈夫、私は冷静だ。

「あ・・・愛音ちゃん・・・」

燈ちゃんの戸惑うような声が聞こえる。リッキーは黙ったまま俯いている。重い扉に手を掛ける。ギシッ、と軋みながら扉が開く。それを合図にするかのように、冷静なはずの胸の奥から言いようのない感情が込み上げてきて、私の顔を歪める。

「燈ちゃんはそよさんと、CRYCHICやりなよ」

笑顔で優しく燈ちゃんの背中を押した、つもりだった。でも、まるで笑顔を作れている感じはしなかった。

私の言葉で、燈ちゃんが息を飲んで固まったのがわかった。私はそのままスタジオを出る。背後で、ギイ、トスン、と扉が閉まる音。

今、私はどんな顔をしてた?燈ちゃんを傷付けた?

あの時と違って、燈ちゃんは私を追いかけてきてはくれなかった。カウンターの横を足早に通り過ぎる。凛々子さんが、おや?という風にチラッと私を見たのがわかった。

RiNGを出ると、湿り気のある風が顔を撫でる。ふと立ち止まって上を見ると、今にも梅雨入りしそうな空。泣き出しそうな空。

RiNGを振り返って見る。誰も来ない。

大きく息を吸って、そしてゆっくり吐き出す。

私は駅に向かって歩き出した。

家に着く。玄関の鍵を開ける。

「ただいまー」

・・・返事はない。お母さん、出掛けてるのかな。時間的に夕食の買い物かもね。

その方がよかった。帰りの電車で、窓に映った私はひどい顔をしてたから。こんな顔、お母さんに見られたくないもの。

階段を上がって、自分の部屋のドアを開ける。薄暗いけど、灯りを点ける程でもない。

カバンをソファに置いて、背負ったギターを降ろす。無意識に、いつものようにギグバッグからギターを出して、ソファのすぐ横にあるスタンドに掛ける。

そう言えばこのギタースタンド、そよさんに教えてもらったんだったな。練習帰りに、どうしたらギター上手くなるかなって聞いたんだった。

「楽器はとにかく、毎日触れるのが大事だと思うよ。だから、いつでも手に取れるところに置いておくの。愛音ちゃん、ギタースタンドって持ってる?」

「持ってなーい。床に直接置いたりしてるけど、ダメー?」

「ダメだよ!ギターによってはネックが折れちゃったりすることもあるんだって!スタンド買った方がいいよ?」

「そっかー。じゃあ楽器屋行って、テキトーなの買うかなぁ」

「でも愛音ちゃん、あんまり安いのじゃ不安定だったり、ギターに跡が付いたりするよ?こういうタイプのがオススメだよ!すごく安定しててね、吊り下げタイプだからネックにも負荷がかからなくて、気に入ってるの」

スマホの画面を見せながら、そよさんが言う。黄色と黒のビビッドな色使い。Hercules、と書いてある。

「ふーん・・・なんて読むの?へ・・・はーきゅ・・・」

「ハーキュレス、だよ!」

「ハーキュレスね。なんかしっかりしてそう。わかった!ありがとうそよさん!これ買ってみるね!」

私はその足で楽器屋に駆け込んで、このギタースタンドを買った。部屋のソファの横に置いて、いつでもギターに手が届くようにした。

そよさんの言う通り、すぐそこにあれば、何となく手に取って弾くようになった。ギターを触っている時間は前より格段に増えた。指は痛かったけど、段々とギターが自分に馴染んでいくような気がした。

少しずつ部屋が暗くなっていく。

ボフン、とソファに身体を投げ出した。何もする気になれず、ただ天井を見上げている。

「あーあ」

声を出してみる。

「あーあ・・・」

天井が滲む。堪えていた感情が、一気に溢れた。

留学に失敗して帰国してきた時も、悔しかったけど涙は出なかった。だって、そもそもあそこに私の居場所はなかったから。

だけど、このバンドは、私が思っていたよりもずっと・・・

大切な居場所になっていたんだ。


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