【SIDE: 愛音10.9】
楽奈ちゃんのギターが豪快にフィードバックを鳴らす中、リッキーがスティックを叩いてカウントする。
1、2、3、4、
私はストロークを弾き始める。B♭maj7、半拍食ってF、更に半拍食ってGm。そよさんはハッとしたように、Hartkeのアンプ前に駆け寄る。そこには、これも凛々子さんがセットしたのだろう、エフェクターボードがちゃんと置いてあった。ベースにはワイヤレスユニットが予め刺されていて、既にスイッチは入っていた。
そよさんはペダルを2つ、カンカン、と踏んで、ベースのボリュームを上げる。これまた、予め弦に挟んであったピックを握って、シンプルにルートをエイトで鳴らし始める。
ステージに上がってしまった。ベースを持ってしまった。音楽が始まってしまった。お客さんは目の前にいる。この状況でボーッと突っ立っていることは、そよさんには耐えられないだろう。燈ちゃんの語りが始まる。
ふたたび、僕が壊してしまったんだ。
失いたくなくて、忘れたくなくて、
なのに、力なく手を離してしまった。
たいせつと、僕は知っていたのに。
燈ちゃんは、客席に背を向けたまま。そよさんをまっすぐに見据えている。
ああ、ぐちゃぐちゃになってしまったけど、
すべて消えてしまったのでないのなら、
戻りたい。
伝えたい。
ゆるされるなら僕はあきらめたくない。
そよさんは難しい顔をして、でもリッキーとチラッ、チラッとアイコンタクトを取りながら、シンコペーションやブレイクにちゃんと反応してくる。
誰にも見つけてほしくなかった。
なのに、きみといることが、
どんなに嬉しかったかも、
まだちゃんと言えてないから。
だから。
そよさんは俯きがちに、燈ちゃんを見ている。歯を食いしばりながら。
傷つけたくなんかなかった。
こんなふうに離れたくなかった。
僕は一体どうすればいい?
上手く言えなかった言葉、
それでも届けたい言葉。
燈ちゃんはそよさんに向かって叫ぶ。ずっと伝えたかったこと。
感情を抑え込むようにへの字口でドラムを叩いていたリッキーが、堪え切れずに涙をポロッと溢した。それを見たら、私も我慢できなくなって涙が出てきた。
ああ、そうか。春日影の歌詞の意味。燈ちゃんに取って、とてもとても大切だった場所。でも、燈ちゃんは「歌にしかできなかった」。みんなに、自分の言葉で伝えられていなかったんだ。その後悔をずっと、ずっと引き摺っていた。
そしてまた、バンドがこんなことになって、また燈ちゃんは自分を責めた。壊れていくバンドを、ただ為す術なく見ていた。
でも今回、何かキッカケがあったのかわからないけど、燈ちゃんは自分から動いた。ステージに、みんなが戻れる場所を作って、そこに立ち続けた。呼びかけ続けた。
それだけじゃなく、私に真正面から立ち向かってきた。辿々しくも、燈ちゃんの言葉で私に伝えに来た。本気だった。私がたじろぐくらいに。
うたううた、うたう いま、ああ届いて
君の胸に まだ間に合うかい?
あれ?燈ちゃんが、歌ってる。この曲にメロディはなかったはず。今までの音源全て、演奏は燈ちゃんの言葉に沿って展開してたけど、燈ちゃんはずっとリーディングだった。なのに・・・
こころを叫ぶ
言葉を超えるため
たったひとつのやりかただから ああ
きみに届くまでうたう
ああ。うただ。うたがうまれた。燈ちゃんに必要な音が、全部揃ったんだ。私の音も・・・ここにある。
客席から歓声が聞こえた。お客さんにもわかったのかな。ふっと客席を見ると、みんな嬉しそうにしている。泣きながら手を挙げている人もいる。燈ちゃんが一人でリーディングを始めた時から聞いているのかもしれない。燈ちゃんが、誰かにメッセージを送っていることは、ずっと聞いていればわかる。少しずつ形になっていく燈ちゃんの心の叫び。それに呼応して楽奈ちゃんとリッキーが加わり、そして今日。この5人が揃った。
リッキーがそよさんの方を見て、何か言った。おかえり。そう言ったように見えた。
楽奈ちゃんのギターが加速する。完全にゾーンに入っている。燈ちゃんの感情を激しく増幅したような、オーバードライブの音。
一緒に泣きたいよ
一緒に笑いたいよ
僕らの道が平行線だとしても
昨日を握ったまま、ズキズキ震えてる
痛いほど伝わるから きみを離れない
下を向くそよさんの、頬が濡れている。ポロリ、と涙が落ちるのが見えた。
リッキーのフィルが、グルーブをハチロクに切り替える。そよさんもちゃんとついてくる。
ああ、なんだ、これ。みんなの感情が、思いが、ステージに溢れ出して渦を巻いているみたいだ。ただそれに身を任せる。5人で顔を見合わせて。最高に気持ちいい。まるで、みんなとひとつになっているみたいだ。
何ひとつ解決はしていない。ただ、一緒に演奏しているだけ。なのに・・・
よくわかんないけど、なんかわかった気がした。これが、バンドってものか。こんなにも、こんなにも人はひとつになることができるのか。
うたう 手と手をつなぐうた
ほどきたくないんだ ずっと一緒にいよう
うたう 僕らになれるうた うたう
ここではじめよう もう一度
楽奈ちゃんのギターがオブリを鳴らしている。これ、春日影のリフの変形?このうたは、私たちに取っての春日影みたいなうただって、楽奈ちゃんは感じてるのかな。最後はF。リッキーは右手でライドを鳴らしながら、左手で4、と指を立てた。4小節だね、わかった。
最後の4小節め、リッキーは両手を大きく上げて、クラッシュとスネアを叩く体制。キメのスタッカート。
1、2、3、4、フィニッシュ!
私、やり切った!
