ブラック企業狂想曲:妖怪の住む魔窟①
高校卒業を控えたあの日。
私は、就職活動という名のギャンブルで「大当たり」を引いたと確信していた。
学校に届いた求人票の中で、ひときわ眩しい後光を放っていた「専門商社」の文字。
かなりの高倍率を勝ち抜き、たった一人の内定枠をもぎ取った私は、脳内で「ステキなオフィスでコーヒーを片手にバリバリ働く私」を完全再現していたのです。
ところが、運命の面接当日。
指定された住所にたどり着いた私が目にしたのは、そびえ立つオフィスビル……ではなく、年季の入った「倉庫」でした。
「……え、ここ? いやいや、きっとこれは『現場を知る』ための物流拠点で、本社は別にドンと構えているに違いない!」
扉を開けた瞬間、私の鼻腔を突き刺したのは、
きらびやかなオフィスの香りではなく、湿気た段ボールと、おじさんのポマードが混ざり合った、逃げ場のない倉庫の匂いだった。
パーテーションで区切られただけの即席応接室。
なぜか私の隣には、事前に「お母様もぜひご一緒に」と呼び出されていた母が、すでにガチガチになって座っている。
そこに、奴らはいた。
社長: 南米の密輸ブローカー風の男。喋るたびに、金歯なのかヤニ汚れなのか分からないギラついた歯が見え隠れする。声がデカすぎて、パーテーションが物理的に振動している。
副社長: 社長の息子。──カマキリ。
奥様: 場末のスナックの強欲ママ。
湯呑みをテーブルに「ドン!」と置く音が、完全に取立て屋のそれ。
差し出されたのは、スタバのキャラメルマキアートではなく、謎の茶渋に彩られた湯呑み。
お茶を一口も飲めないまま、
喉がカラカラに干からびていく母娘。
ちょっと待って、私の輝かしいオフィスライフ(スタバ片手にヒールでカツカツ)は!?
あのキラキラした妄想の残像が、
目の前にいる
『密輸ブローカー・カマキリ・スナックのママ』
の御三家によって、ガシャーンと音を立てて粉砕されていく。
返して!!努力してもぎ取ったたった一人の内定枠を、今すぐ返して!!!
そんな私の心の叫びを置き去りにしたまま、自動的に巻き込まれたのが、
我が家を揺るがす『親面接』だった。
「娘さんはねぇ、うちの宝になりますから!」
距離感バグり気味に顔を近づけてくる社長。
「うちの会社はね、家族経営だから!
ねえ、お母さん!?」と、1ミリも瞬きしない目で母をロックオンするカマキリ副社長。
「お嬢さんは責任を持って預かりますからねぇ」と、湯呑みをドンと置いて冷たく微笑むスナックのママ(奥様)。
その瞬間、隣に座る私の母の背筋が、まるでマイナス20度の冷水を浴びせられたかのようにピキーンと凝固したのを、私は見逃さなかった。
普段は近所の噂話で鳴らすお調子者の母が、借りてきた猫どころか、ツボの中に押し込められたタコみたいに縮こまっている。
面接というより、もはや新興宗教の勧誘、
あるいは何かの契約を迫られているかのような、逃げ場のない密室。
確実に、母の直感アラートも大音量で鳴り響いていたはずだ。
しかし、悲しいかな、昭和・平成を生き抜いてきた「大人の建前」と「ここで断ったら刺されるかもしれない恐怖」が母を縛る。
「……あ、はぁ……。ど、どうぞ……よろしく……おねがい、いたします……」
嘘だろお母さんーーーーーーッ!!!
そこは「娘は差し上げられません!!!」
って私の手を引いて、倉庫のシャッターぶち破って逃げる場面だよ!!!
その頃、我が家でひとり「面接? めんどくせえ」とコタツでボクシング中継(またはアダルトサイト)を観ていたであろう父親の、あの死んだ魚のような目が、この時ばかりは「全知全能の神の選択」に思えてならなかった。
婚活シリーズに続き、ブラック企業シリーズも
書いてみました。
なんとなく続きます!
