親の願いは、子どもの人生じゃない
親になってから、何度も願ってきた。
困らないように。遠回りしないように。傷つかないように。
それは全部、子どものためだと思っていた。
長男は、最初は理学療法士を目標にしていた。
野球で怪我をすることが多かったからかもしれない。
でも、次男のことがあってから、
「教師を目指してみようかな」と言った。
誰かを支える仕事。
誰かのそばに立つ仕事。
そして今は、マーケティングや人材を育てることに興味があるらしい。
その変化を、私は少し離れた場所から見ている。
次男は、あまり自分のことを語らない。
でも、周りをよく見ている。
長男と主人が出先で言い合いをして帰ってきた日、
何も聞いていないはずなのに
「なんかあったんでしょ」と、あとからぽつりと話してくれた。
見ていないようで、見ている。
聞いていないようで、感じ取っている。
親としては、何でも話してほしいし
困らないようにしてあげたい。
先回りして、道を整えてあげたくなる。
でも、きっと子どもたちは
それを一番には望んでいない。
自分で考えて
自分で選んで
自分で迷う時間を、ちゃんと生きたいんだと思う。
親の願いは、子どもの人生じゃない。
親ができるのは、
最後に戻ってこられる場所でいること。
失敗しても、弱っても、
「ここには居ていい」と言える場所でいること。
最近は、そんなふうに思う。
全部をわかろうとしなくてもいい。
全部を守ろうとしなくてもいい。
ただ、ここにいる。
子どもたちに「母はここにいるよ!」と言えること
それだけで、十分なのかもしれない。
