十二月のカーテンコール
十二月というのは、街全体が少しだけ気取る月である。
コートの襟は無意味に立てられ、吐く息はやたらと白く、駅のホームですら「今年もよくやったな」と互いをねぎらっているような顔をしている。
そんな十二月の夜、僕はホームで帰りの電車を待っていた。
人影はまばらで、僕の立っているあたりには誰もいない。ただ、背後のベンチだけが、やけに豪華だった。
吉永小百合さん、岩下志麻さん、石川さゆりさん、藤あや子さん──。
日本映画の黄金期と紅白歌合戦を凝縮したような、限りなく格調高いオーラをまとった一人のご婦人が座っている。
高価そうな着物、隙のない所作。ホームの一角が、そこだけ重厚な舞台袖のような空気を帯びていた。
そのときだった。
パン、パン、パン。
突然、乾いた拍手が聞こえた。
この静寂、この場所、この配役。拍手の発生源として考えられるのは、ほぼ一択である。
(……まさか、僕に?)
十二月だ。年の瀬だ。理由なき賞賛があっても、おかしくはない。
僕は意を決し、ゆっくりと振り返った。
そこには、凛とした横顔で、一心不乱に「己の左手」を右手で打ち鳴らすご婦人の姿があった。
僕は戸惑いながらも、とりあえず軽く会釈をした。
するとご婦人も、完璧な微笑みで会釈を返してくれる。
しかし、その間も拍手はやまない。
パン、パン、パン、パン!
僕はその場に立ち尽くした。
だが、ここで違和感に気づく。
音が、やけに肉厚で、湿っている。
よく見ると、彼女の手元には真珠一粒ほどのハンドクリーム。
彼女は僕を讃えていたのではない。
その枯山水のように美しい手の甲へ、クリームを「叩き込んで」いたのである。
「そんなに叩かなくても……」と、血管の立場から抗議したくなるほどの猛攻だ。
令和の美の象徴、田中みな実氏は「丁寧なマッサージ」を説いたが、目の前の貴婦人が実践しているのは、かつてのCMで見かけたド〇ホルンリンクル流の「物理的浸透の強要」である。
どちらが正解かは知らない。
ただ一つ確かなのは、拍手に聞こえるほど叩き続けたら、普通はかなり痛いということだ。
遠くから電車のライトが近づいてきた。
するとどうだろう。
彼女の叩くスピードが、電車の接近に呼応するように加速していくではないか。
パンパンパンパンパンッ!
もはや超絶技巧のパーカッションである。電車の入線というクライマックスに合わせた、命がけのラストスパート。
手の甲が赤く腫れ上がるのが先か、クリームが真皮の奥底に到達するのが先か。
運命のデッドヒートは、ホームに滑り込んできた電車の風圧によって幕を閉じた。
私はそのまま車内に乗り込み、静かにドアが閉まるのを見届けた。
車窓の向こう、ベンチに座る彼女は、何事もなかったかのように再び静寂をまとっていた。
今年ももうすぐ終わる。
理由のわからない拍手を、背中で受け取ったまま。
