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『AEDっていうんだって』最終章

~2024年秋~


処置室の扉が勢いよく開いた。救急隊がストレッチャーを押しながら入ってくる。胸骨圧迫は継続中。患者の胸には、すでにAEDのパッドが貼られていた。

「30代男性。現場でCPA。通行人がBLS開始、AEDショック1回。VF持続中。気管挿管済み、換気良好。IV確保済み」

心室細動――。救える可能性のある不整脈。
僕は頷きながら、冷静に指示を出す。

「CPR交代、除細動200ジュール。チャージ完了次第、クリア!」

電気ショックが放たれる。患者の身体がわずかに跳ねる。けれど、まだ波形は乱れていた。心室細動は続いている。

「CPR継続。アドレナリン1ミリ静注。次、2分後に再評価」

何十回、何百回と経験してきた場面。それでも、目の前の命の行方に、僕の心臓は毎回律儀に跳ね上がる。馴れなど来るわけがない。命は数字ではない。いつだって、誰かの「たったひとつ」だから。

そして、数分後――
モニターの波形が、ゆっくりと整い始める。
細く頼りなかったラインが、次第に力強いリズムを刻み始める。

「脈拍触知。心拍再開。血圧確認、安定」

処置室が、ふっと静かになる。張り詰めていた空気が、ようやく一瞬、緩んだ。誰かが小さく息を吐いたのが聞こえた。

「ありがとう。みんな、よくやった」

言葉は簡潔に、でも本気でそう思った。

処置を終えて、僕はスタッフに申し送りをし、処置室を出る。
手にした紙コップのコーヒーはぬるくなっていたけれど、なぜかその味が妙に落ち着く。

処置室の奥に残る患者の姿を思いながら、ふと、遠い記憶が胸に蘇る。



――「AEDっていうんだって」

あの冬の日。
ふいに、彼女がそう言った。
言葉にするにはあまりにも無邪気で、けれど真剣な声だった。

「え、なにそれ。A・B・C? なんかの呪文?」

「ちがうよ。えーいーでぃー。機械の名前」

「どんな?」

「……わたしの心臓、助けてくれる機械」

彼女の声が、雪よりも静かに、世界を包み込んでいった。

「正式にはね、“自動体外式除細動器”。私の心臓、変なリズムになることがあるんだって。心室細動っていうんだけどね。そのとき、AEDで電気ショックをかけると、戻せるかもしれないって」

「……お医者さんの道具?」

彼女は、かすかにうなずいた。

「うん。でもね、日本では、まだお医者さんしか使えないんだって」

僕は、その言葉に反射的に口を開いていた。

「……じゃあ、僕が医者になる」

それは、覚悟とか決意とかじゃなかった。
気づいたら出ていた。ごく自然に。
ただ――どうしても、彼女を死なせたくなかった。

彼女は、ふっと笑って、少しだけ首をかしげた。

「……ありがと」



あれから25年が経った。

その言葉のとおり、僕は医者になった。
彼女と交わした、あの“こどもみたいな約束”が、僕の進む道をずっと照らし続けてきた。

そして――

「AEDを使わせてください。
お医者さんじゃない僕にも。
そうしないと、あの子が死んじゃうかもしれないんです」

という、かつての“僕の叫び”が、社会をほんの少し動かした。
AEDが一般市民にも使えるようになって20年。

今では街のあちこちに設置されていて、風景に溶け込んでいる。

今の日本には、AEDが数多く設置されている。
駅の構内、コンビニ、学校、ショッピングモール……
まるで自動販売機のように、あたりまえに街の景色の一部になった。

一見、救命が身近になったように思える。
でも、その“あたりまえ”の中に、本当に命を救う「一歩」は、まだ少ない。

年間9万人以上が心臓突然死で命を落とす。
一日あたり、約250人。
6分に1人という数字は、僕たち医療者にとって、静かな警鐘でもある。

AEDを「知っている人」は、確かに増えた。
だけど、「使える人」は、ほんのわずか。

多くの人が、AEDが“心臓を動かす機械”だと思っている。
でも実際には、“痙攣している心臓のリズムを止める機械”だ。
リセットして、本来のリズムに戻す。そのためのショックだ。

心臓が完全に止まっているとき、AEDは作動しない。
使うか迷っている間にも、脳への酸素は止まり、時間が過ぎていく。

だからこそ、「正しく知る」ことが第一歩になる。
恐れず手を伸ばす人が一人増えるだけで、救える命は確かに変わる。


日曜の午後。秋の商店街を、妻と並んで歩いていた。

金木犀の香りが、風に乗って鼻をくすぐる。
胸の奥に、なぜかしんとしみ入るような匂いだった。

ふと、すれ違いざまに、女の子の声が耳に届いた。

「AEDっていうんだって」

足が止まる。条件反射のように、僕は振り返っていた。

小学校高学年くらいの女の子。お母さんの手を引きながら、自信たっぷりに続ける。

「AEDってね、心臓を動かすんじゃなくて、痙攣を止める機械なのよ」

その背中を見ながら、僕はほんの少し目を細めた。
懐かしい誰かの声が、重なって聞こえた気がした。

20年前は、きっと誰も知らなかった言葉が、今では子どもの口から自然に出てくる。

たしかに、すべてが理想通りには進まなかった。
命を救えなかった夜だって、山ほどある。
だけど――今この光景を見られるだけで、歩いてきた道が無意味じゃなかったと、そう思えた。

すれ違った少女の後ろ姿は、まだ熱心にAEDの話を続けている。
その小さな背中が、たしかに未来へと“何か”をつないでいるように思えた。

けれど僕は知っている。
AEDがたくさん設置されても、それだけでは命は救えないことを。

多くの人が「AEDは、倒れている人に貼ってボタンを押すだけ」と思っている。
でも実際はそうじゃない。
反応がなく、普段通りの呼吸がない人――そのときにこそ、AEDは意味を持つ。

“呼吸がない”には、異常なあえぎ呼吸も含まれる。
判断を誤れば、使うべきときに使えず、救える命がこぼれ落ちる。

講習を一度受けただけで「知ってる」と思い込むのは危険だ。
現場で迷って立ち尽くすようでは、どれだけAEDがあっても意味がない。
街に増やすだけでなく、「正しく使える人」を増やさなければならない。

でも希望はある。

あの少女のように、自分の言葉でAEDの意味を語れる子が、今の日本にはいる。
未来は、ほんの少しずつだけど、確かに変わりつつある。

願わくば、AEDが特別なものじゃなくなる日が来ること。
そのときには、誰もが“あたりまえ”に命をつなぐ行動をとれるように。

 

「どうしたの?」と、隣の妻が聞いた。

僕は笑って、ぽつりとつぶやいた。

「君と同じセリフを言ってる子がいたなって思って」

妻もふっと笑ったあと、少し芝居がかった声で言った。

「“AEDを使わせてください。お医者さんじゃない僕にも。そうしないと、あの子が死んじゃうかもしれないんです”……だっけ?」

僕は頭をかきながら、苦笑した。

「やめてくれよ、それ、人生でいちばん必死だった瞬間だぞ」

すると妻は、ほんの少しだけ目を細めて、からかうように、でも優しく言った。

「……あのときの、生意気な少年がねぇ。救命医とはね」

僕は笑って、少しだけ頷いた。

「ほんとだよな……よくここまで来たよ」

金木犀の香りに包まれながら、僕たちはまた、静かな歩みを進めた。

彼女は隣で何も言わず、ただ微笑んでいた。

まるで、あの冬の日の続きを、今もこうして歩いているみたいに。

あの頃の約束は、もう誰にも気づかれないくらい自然に、この日常に溶け込んでいる。

――きっと、救われたのは、僕のほうだったのかもしれない。

風が、どこか遠くから落ち葉を運んでくる。
季節はめぐり、街の色も少しずつ変わっていく。

だけど、この手のぬくもりだけは、ずっと変わらない。

 

やがて信号が青に変わり、僕たちは並んで歩き出す。
肩が、そっとふれ合う。
そのささやかな鼓動の重なりが、今日という日の確かな答えだった。


[完]

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