正しいだけが正解じゃないと、りんごの木が教えてくれた。
小学生の頃。
私は、給食が苦手だった。
病弱で食も細く、みんなが楽しみにしている給食の時間が、私にとっては毎日少し憂うつだった。
好き嫌いもある。
食べようという気持ちもある。
でも、食べ切れることはあまりなかった。
幸い、六年間、一人残されて無理やり食べさせるような先生には一度も当たらなかった。
今でも、それだけは本当にありがたいことだったと思う。
小学生になってすぐ、一年生の私にとって、
給食は毎日の小さな試練だった。
食べ切るのが当たり前。
そういう時代だった。
ー
当時、教室の壁一面には、一人ひとりの名前が書かれた紙が貼られていた。
ごく普通のプリント用紙に、一本の木が描かれている。
給食を全部食べることができた日は、先生から小さな赤い丸シールを一枚もらえる。
木が描かれたその紙にシールを貼ると、
"りんご"が実ったように見えるのだ。
給食を食べ終えた友だちは、嬉しそうに先生のところへ行く。
『全部食べました!』
先生は笑顔でシールを渡す。
友だちは自分の木の前へ行き、
大事そうに一枚のシールを貼る。
それを私は、毎日、羨ましく眺めていた。
赤いシールがひとつ。
今日もまたひとつ。
少しずつ、壁一面が赤く色づいていく。
みんなの木には、次々とりんごが実る。
でも、私の木だけは、いつまでたっても何も変わらない。
今思えば、シールが貼られていなかっただけのこと。
でも、幼い私には違って見えていた。
私の木だけ、色づくこともなく、枯れているように思えた。
壁一面に並ぶ木の中で、自分の木だけが取り残されている気がした。
給食を食べ切れない自分が情けない。
どうして私は、みんなと同じようにできないんだろう。
子どもというのは、不思議なことに、周りと同じになりたいと思うものだ。
みんなのように、りんごを実らせたい。
ただ、それだけだった。
そんなある日。
私は初めて、給食を全部食べることができた。
食べ終わったお皿を見つめながら、本当に食べ切ったんだと、自分でも少し信じられなかった。
嬉しくて、満面の笑みで先生のところへ行った。
『先生、全部食べました!』
先生は私の顔を見ると、にっこり笑ってこう言った。
『よく頑張って食べましたね。』
その言葉だけでも嬉しかった。
続けて先生は、少し声を小さくして言った。
『内緒で特別に二枚あげるね。』
そう言って、赤い丸いシールを二枚、
私の手のひらに乗せてくれた。
私は嬉しくてたまらなかった。
そして、急いで自分の木のところへ向かった。
一枚。
そして、もう一枚。
私の木に、初めてりんごが実った。
たった二枚のシール。
それだけなのに、胸がいっぱいになった。
嬉しくて、誇らしくて、
何度も自分の木を見に行った。
休み時間になるたびに見に行っては、
『ちゃんとある』と確認した。
昨日まで見るのがつらかった木が、その日を境に、誰よりも好きな木になっていた。
あの日の嬉しさは、小学一年生の私が思っていた以上に、大きな出来事だったのだろう。
だから今でも、あの日の景色だけは驚くほど鮮明に思い出せる。
ー
大人になってから、学校は勉強をするためだけの場所ではない、と思うようになった。
小さな努力が報われる喜びや、人に認められる嬉しさ、心を育てる場所でもあったのだ。
本来なら、シールは一枚だった。
だから、先生のしたことを「不公平だ」と
思う人もいるだろう。
「ズルはいけない。」
「ルールは守るべきだ。」
きっと、その考えも正しい。
では、先生は間違っていたのだろうか。
四十年以上経った今でも、
私はときどき考える。
ー
あの時、新任だった先生は、その後、
校長先生になったと知った。
その話を聞いた時、
『ずっと先生を続けていらっしゃったんだ。
お元気で良かった。』
そう思った。
そして同時に、
『あぁ、やっぱり校長先生になられたんだ。』
とも思った。
何百、何千という子どもを見てきた先生は、
きっとあの日の小さな出来事など、
覚えていないだろう。
ー
正しいことは、とても大切だ。
でも、正しいことだけが、いつも正解とは限らない。
あの日、私の木に実った二つのりんごは、
四十年以上経った今も、まだ落ちていない。
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