感謝の迷宮(ラビリンス)、ときどき異世界観光
「ストレスなし」判定常連の私、自称ゆるっと星人。
職場では「落ち着いてるね~」と褒められる反面、「ロボットなの?」とAI疑惑も浮上する始末。
それは、まるで迷路のような、母とのカオスな日常と、感謝を唱え続ける日々の裏返し。実は、心の奥底では感情のジェットコースターを乗りこなしてきた。
まるで静止画に見える湖面の下で、必死に水鳥が足を動かしているように。
すべては、戦後の焼け野原から会社を興した祖父の教え、「何かしてもらったら、必ず『ありがとう』を言いなさい」から始まった。
祖父にとって「ありがとう」は、命と時間への敬意。
戦後の物資が乏しい時代、助け合いが生きる糧だったからこそ、祖父は「ありがとう」を何よりも大切にした。
社員一人ひとりに感謝を伝え、時間を尊重することで会社を成長させた。
まるでRPGの呪文のように、私は日々の生活で「ありがとう」を唱え続けてきた。
しかし、現実はゲームのように単純ではない。
感謝の気持ちを唱え続けるうちに、私は3つの壁にぶつかった。
感謝の気持ちに気づかない。
感謝の形が人それぞれだと気づかない。
感謝の伝え方に工夫が必要だと気づかない。
これらの課題を克服するために、私は新たな冒険に旅立つことにした。
祖父の教えは、感謝の深さを教えてくれただけでなく、私の人生の課題でもある。
第一の試練:感謝の気持ちを見つけるダンジョン
朝、満員電車で足を踏まれた。
「痛っ、本当、勘弁してほしい」と心の中で毒づきながら、ふと祖父の言葉が脳内リフレイン。
「誰かが君のために時間を使ってくれたなら、それは命の一部を分けてくれたことだ」
いやいや、踏んだ人は私の貴重な通勤時間を奪っただけでは?…そう思ったけれど、
でも、待てよ。
もしかしたら、その人も遅刻寸前で、必死に電車に飛び乗ったのかもしれない。
頭の中でそんな想像がポップアップすると、ギュウギュウの車内で感じていたイライラが、まるでRPGのHPバーが少し回復するように、フッと軽くなった。
肩の力が抜け、隣の人のカバンが当たっても「まあ、いっか」と小さく笑えた。
感謝って、こんな風に心の重りを溶かし、前に進む勇気をくれるのかもしれない。
第二の試練:感謝の形を模索するカオス
ある日、同僚の女性に「ありがとうって言い過ぎ。軽く感じるよ」とバッサリ斬られました。
「え、感謝の気持ちを伝えるのは大切なことだと思っていたんだけど…」と混乱する私に、祖父の言葉が再び降臨。
「感謝の形は人それぞれだ」
そこで私は、感謝の形をロールプレイングゲームの弱点探しのように研究することにしました。
忙しい同僚には、短いメモに「いつも助かる~お疲れ様!」と一言添える。
そして、内気な後輩には、韓ドラの影響で覚えた「ファイティン!」を満面の笑顔で投げかけた。
だって、韓国ドラマの主人公みたいに、元気と感謝を一緒に届けられると思ったの!
でも、後輩はキョトンとした顔で「え、フォイト…ですか?」と。
…フォイト!? 私の韓国語チャレンジは、見事に空振り。
どうやら、発音が怪しかったらしい。
後輩の困惑顔に、思わず「ごめん、感謝の気持ちが暴走した!」と笑ってごまかした。
でも、この失敗のおかげで気づいた。
感謝って、相手のペースに合わせることが大事なんだ。
次の日、こっそり後輩のデスクに「いつも助かるよ、ありがとう!」と書いた付箋を貼ってみた。
後輩が照れながら「これ、嬉しいです」と小さく言ってくれたとき、心の中で小さなレベルアップの音が鳴った気がした。
感謝の形は、やっぱり人それぞれだね、おじいちゃん。
第三の試練:感謝の伝え方を極めるクエスト
感謝の気持ちがキャパオーバー気味な私に、家族からは『また始まった』と呆れ顔。
そこで私は、感謝の伝え方をアップデートすることにしました。
感謝の伝え方をアップデートした私は、母との生活を、まるで新しいゲームのように楽しむことに。
今日のクエストは何だろう?と、少しワクワクしていた。
今日のクエストは、この謎のストック品の謎を解明すること!
母の部屋を整理していると、まるで浦島太郎になった気分だった。
バラエティーパックの袋詰め?と思うような数々の石鹸が何個も出てきたり、同じブランドのティッシュボックスが5箱1パックが5パックも出てきたり。
まるで時間が止まってしまったかのような、不思議な空間だった。
この光景を見ていると、母の頭の中には、私には理解できない、別の世界が広がっているのかもしれない…そんな気がした。
コロコロ(3個入り)×10袋、サランラップ(小)×5本、そして…ラム酒チョコ15個、冷蔵庫で冬眠中。
母は昔からラム酒チョコが大好きだった。
期間限定のチェコが発売されると、目をキラキラさせてスーパーに通い、1箱必ず買っていた。
あの頃の母は、まるで宝物を手に入れた冒険者のようだった。
最近、母はスーパーに行くたびに、ラム酒チョコを買ってくる。
冷蔵庫を開けると、未開封のチョコが何個も積み重なっていて、少し困ってしまう。
「またラム酒チョコ?」と聞くと、母は少し戸惑ったような顔で、
「なんとなく…」「何かあったときに…ね」と答える。
その曖昧な答えに、胸の奥がチクッとした。
その曖昧な答えに、最初は笑ってしまったけど、どこか寂しげな母の表情を見て、胸の奥が締め付けられるような気持ちになった。
母の「何かあったとき」は、きっと家族みんなで笑い合ったあの頃の記憶の欠片なのかもしれない。
もしくは、誰かに分けてあげたいという、母の優しさの名残なのかもしれない。
私はそっと1個チョコを手に取り、母と一緒に食べた。
「美味しいね、お母さん」と言うと、母は少女のような笑顔を見せる。
その瞬間、祖父の「ありがとう」が脳裏に響いた。
そんな母との生活は、驚きの連続だ。
先日は、母がLINEで介護士の求人に友達申請しているのを発見した。
最近、母がスマホを使い始めたんだけど、どうも使い方がよく分かっていないみたいで…。
知らない人にたくさん友達申請を送っているみたいで、少し心配だ。
「ここで働けるか」って、お母さん、私が今あなたの面倒見てるのだけど!
もはや、コント。
現場からは以上です、と笑いながら、ふと母の遠くを見るような目を見た。
母のメッセージを見て、思わず笑ってしまったけど、同時に、少し切ない気持ちになった。もしかしたら、母は自分が誰に、何を頼っているのか、分からなくなってしまっているのかもしれない…。
そして、感謝の形は言葉だけではないことを知った。
それは、母の存在そのものへの感謝。
私が、母の記憶の一部を、共に生きる時間を与えられていることへの感謝。
だから、音程なんて気にせず、母の好きな歌を一緒に歌った。
母の笑顔を見ながら作った肉じゃがは、昔の味とは少し違うけれど、母との大切な思い出が詰まっている。
完璧主義を手放すことで見えてきた、感謝の光。
少しずつ変化していく母との生活を通して、私は「今」を大切に生きること、小さな幸せを一緒に味わえることを学びました。
過去に囚われず、未来を憂えず、ただ「今」を母と笑い合う。
それが、祖父の「ありがとう」の魔法なのだ。
ねぇ、おじいちゃん、こういうことだよね?
今では、AI疑惑もすっかり晴れ、周囲からは「人間味あふれるロボット」と呼ばれるようになりました。
感謝の気持ちは、心の奥底に大切にしまっておくもの。
それが、私なりの表現方法なのです。
祖父の教えは、私にとって人生の羅針盤。
そして、「ありがとう」は、最強の魔法の言葉。
今日も私は、感謝の呪文を唱えながら、「まあ、いっか」と鼻歌まじりに、ゆるっと生きています。
それは、私なりの感謝の形。
母との日々は、感謝の光で満ち溢れていた。
そして、その光は、私自身の心を照らしてくれた。
最後に、あなたに質問です。
あなたは、どんな『ありがとう』を届けますか?
そして、どんなささやかな幸せを見つけていますか?
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