あなたが手放したいことは何ですか?|後悔のカタチを書き換えてしまおうか。
後悔なんて言葉があるから後悔する。
”もしもあの時、別の道へ進んでいたら”
なんて後悔、あなたにも覚えがありませんか?
この言葉、とても静かでゆっくりと着地しますが、読んだ後の余韻がハンパなくないですか。
気づくとこのような想いを、何度も繰り返して同じ場所に戻ってきていました。
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Renaさんの企画に参加させていただいております。
過去の話をしますが、私は中学生の頃はまったく勉強ができませんでしたが、高校に入ってから本気で取り組むようになりました。
その結果、「ここまで成績が伸びた子は初めて」と言われるほど大きく伸びた。
先生からは「その成績なら大学に進んだほうがいい」と勧められましたが、当時の私は「早く働いてお金を稼ぎたい」と無い脳みそで自分なりに考え、進学を選びませんでした。
イマ振り返ると、その判断は浅はかだったと後悔しています。もちろん時と場合によりますが、私の場合は進学したほうがよかったかな。
あのとき違う選択をしていたら、
イマよりうまくいっていたんじゃないか。
もっと楽だったんじゃないか。
もっと満たされていたんじゃないか。
もっと華やかな人生だったのではないか。
もっともっとたけもっと。
そんな”もう存在しない未来”を、何度も想像してしまう。これは悪い癖です。
でも、
そんなことを思うたび、イマがちょっと色褪せてしまうというか、イマを否定してるような感覚になる。
イマここにあるものよりも、
「選ばなかった可能性」のほうが無限に輝いて見えてしまう。脳内で永遠と、素敵な未来が思い描けてしまう。
たぶん後悔って、事実とは違った第二の世界。
夢物語な気がします。
自分の思い描いた通りに都合よく編集された、もう一つの人生。うまくいった部分だけを切り取って、「こっちのほうがいい」って綺麗な部分だけ貼り合わせてくる。YouTubeやTikTokの世界のようなもの。
実際は、そっちの道にもちゃんと現実がある。
パラレルワールドというやつか。でもそんなもの漫画の世界だけで十分です。
そちらの世界があったとしても、その世界でも同じように迷って、悩んで、イマとは別の後悔をして、こちらの世界を羨んでいたかもしれない。
それなのに、
人はなぜか”選ばなかったほう”だけを美化する。
愚かな生き物。
過去は都合のいいようにねじ曲げるクセに、
イマを都合のいいようにねじ曲げない。
摩訶不思議。
だからこそ、この後悔を手放したいと思った。
「もしも」の中に逃げ込む嫌な癖。
あのときの自分は、あのときの自分なりに選んだ。あのときの最適解はあれだった。
そのときの知識で、そのときの感情で、
ちゃんと迷って、ちゃんと選択して進んだ道。
そのときの私は目がギラギラしてて、その道しか見えないほど真剣だったはず。
完璧じゃなくても、最適じゃなくても、”あのときの自分にできる最善の選択”ではあった。
それ以上を、あとから求めるのは自分を否定することになる。
だから、もう手放す。
別の道の自分を想像するのをやめるのではなく、
そこに”後悔”を置くのをやめる。別に想像してもいいけど楽しもうと思う。
どの道へ行ったとしても失敗はあるし、
どの道へ行ったとしてもまぁまぁそれなりに良いこともある。
ただ、それだけのことだ。
イマいるこの場所は、失敗ではなく、私の最善策の結果。
そう思えたら、少しだけ楽になる。なんて綺麗事は言えないけど、そう思うしかない。
「もしも」は、心地よい。
だけど未来は見てない。
だから私は、「もしもくん」から距離をとる。
後悔を消すのではなく、手放してリールで引くくらいの距離感に置いておく。
それでいい。いや、それがいい。

今日も読んでいただきありがとうございます。
では、また次の記事で。
素敵な一日を。
