自分の気持ちを出さずに胸の奥深くにしまっておくと、それが”魔物”となって現れる|「脳」=「心」?
「心」というものが本当に存在するのならば、脳と切り離されたものではなく、脳と繋がっていない訳がないと思う。
当時のわたしは、正直な気持ちを出せずに、どこか嘘っぽい言葉ばかりを並べていました。そのせいか、相手のことをどこか”敵”のように見てしまっていた。でもイマ振り返ると、それは相手の問題ではなく、完全に自分の脳内が作った”魔物”でした。
心が追い込まれるとみえる景色が変わるんですよね。
この感覚、伝わる人はいるでしょうか?
そして時は過ぎ、正直に話すようになってから、ひとつ気づいたことがあった。
「こちらの言い分も、意外とちゃんとわかってくれる人はいる」ということ。
しかも打率は9割9分9厘という、まさに怪物級だった。それまでの私が、些細なことまで我慢してきたかが可視化された瞬間だった。
それまでの私は、
・「否定されたくない」
・「面倒な空気になりたくない」
・「相手を傷つけたくない」
・「嫌な顔をみたくない」
・「言うのが面倒臭い」
そんな理由で、本音を飲み込むことが多かった。
この5点をみて分かったのですが、わたしは総合的に「めんどくさがり屋」だった。聞くのがダリ〜って感じ。タイプ別診断でいったら、めんどくさがり屋の感情を読みすぎタイプである。
「それは違うだろ」と思ってもスルーする。
「本当はこう思っている」と言えない。
その代わりに、無難な言葉だけを選んできました。
でもあるとき、少しだけ正直に話してみた。
そうしてみると、思ってたよりも普通に受け入れられたんです。
むしろ、そこから関係が深くなった気がします。
友人でも家族でも。それからお店の店員さんにも。(話しかけるのがスキなんです)
ほ~、今まで自分が遠ざけていたのは、”人”ではなくて、”本音で関わる機会”だったのかもしれないと気づきました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
【関連記事:本音の鍵】
そこから少しずつ、本音で人生を進んでいくようになった中でいくつかの変化がありました。
振り返ると、
それはどれも「こんな価値があるなんて知らなかった」と思うものばかりでした。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
まずひとつ目は、心が軽快になりました。
ストレスに繋がらなくなったのと、戻る力がついたかな。
本音を隠しているときって、常にどこかで計算しています。ずっと「こう言ったら、こう返ってくる」を考えてます。
「どう思われるか」
「ここは飲み込むか」
「言ったらキレられるな」
頭の中でセルフ壁打ちがずっと開かれている状態。
それが、正直になった瞬間に一気に消えるのだ。
結果、どうなったか。
夜、「あ〜!!あれ言っとけばよかった~!!クソぉォオオォ〜!!」という感情がほとんどなくなりました。
不満やイライラも減り、日々のちょっとした出来事が気にならなくなりました。
少し大げさに聞こえるかもしれないが、「脳みその負荷が大きく減る」ってこういうことだと実感した。
もちろん最初は恐ろしかった。
しかし、その怖さの先にあったのは、思ってた以上の身軽さだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
次に2つ目感じたのは、人間関係の”質”が大きく変わったこと。友達少ないので分かりやすいんです。
正直に生きると、不思議な現象が起きる。
合わない人は、別に「言いたいこと」を言ったわけではないのに自然と離れていく。オーラというものがあるのなら、これがオーラの力なのかもしれません。
そして残るのは、偽りの仮面を脱ぎ捨てた「そのままの自分」を受け入れてくれる人だけ。
人が減ったように見えるかもしれませんが、こちらを「知ろうとしてくれる人」が明確になったような感覚です。
そして知ろうとしてくれる人が明確になってから思ったことがあるのですが、「言えない自分」がいるせいで「自分を信用できない自分」が生み出されていたことが知れました。
何かが劇的に変わったわけじゃない。
でも、”自分を誤魔化していない”という感覚は、
思っている以上に大きかったと感じる。
最初は怖かった。
しかし踏み出してよかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
3つ目は、決断が早くなり後悔が減ったことです。
本音で生きるようになると、物事がとてもシンプルになる。
「これやりたいか、やりたくないか」
それだけで判断できるものが増えていく。
以前は、「責任感」という魔物に支配されて、無理に引き受けていたことも多かった。
でもイマは、できないことはできないと言えるし、違うと思ったら、ちゃんと違うと言える。
この文章だけ読むと子供みたいだがそれが現実です。
その結果どうなったか。
時間が増え、後悔が減った。
あのとき断ればよかった、
あのとき無理しなければよかった、
そんな”あとからのモヤモヤ”が、ほとんどなくなりました。
もちろん勇気は必要です。
でも、その一歩で得られるホントの自由は想像以上にデカかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
4つ目は、周りの人も少しずつ正直になってくれたこと。
これも予想外でした。
自分が本音を出すようになると、いや、正確には素直になるとかな?相手も少しずつ心を開いてくれるようになる。
「実はさ」と、ぽつりと話してくれる瞬間が増えた。
一度、私が弱音を吐いたとき、
相手がこう言ってくれました。
「実は私も、しんどかったんだよね」
「だと思ってたけど、言わない方がいいと思ってた」
そういった言葉で、距離が一気に縮まった感覚がありました。
完璧な人同士ではなく、
不完全な人間同士だからこそ、繋がれるものがあると知れた。
そんな当たり前のことに、やっと気づけた気がします。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
そして5つ目の最後に、人生の”色”が濃くなったこと。
無難に生きていた頃は、どこか全部がぼんやりしていました。記憶が欠けてると前の記事にも書いた覚えがあります。
大きく傷つくことはないけれど、
それと同時に、大きく喜ぶことも少ない。
でも正直になると、
良くも悪くも、感情の振れ幅が大きくなります。
嬉しいときは、ちゃんと嬉しい。
悲しいときは、ちゃんと悲しい。
笑うときは腹の底から笑えるし、
泣くときは、きちんと泣ける。
それがいいのか悪いのかは分かりません。
ただ一つ言えるのは、
「ひとつひとつの物事がハッキリと見える」と感じる瞬間が増えた、ということです。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ここまで書いておいてなんですが、
正直になることは、やっぱり最初は怖いです。
嫌われるかもしれないし、
裏でなに言われるか分からないし、
いい感じに見えてた関係が壊れるかもしれない。
実際、離れていく人もいます。
離れていく人間のほうが多いかもしれない。
でもそれは、失ったというより、
”いずれ離れる運命だった”に近いのかもしれません。
その代わりに残るのは、
無理をしなくても続いていく関係です。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
もしイマ、少しだけでも
「本当はこう思っているのに言えない」
そんな気持ちがあるなら、
ほんの少しだけ正直になってみてもいいかもしれません。
一歩だけ。
一言だけ。
そこからズラして調整する。
そのズラしで、見える景色が少し変わることがあります。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
正直に生きるって、
強くなることではなく、
言い方があまりよくないかもしれませんが、
”余計なものを減らしていくこと”なのかもしれません。
そしてその先に、
ようやく真の意味で分かり合える人と出会える。
そんな気がしています。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
あなたは最近、
どんな本音を飲み込みましたか?
その中に、
少しだけ外に出してもいいものがあるかもしれません。
では、また次の記事で。
今日も読んでいただきありがとうございました。
素敵な一日を。

