話が通じない人は別世界の住人、都合のいい解釈ですべて書き換える。
みなさんは「この人話通じないなぁ~」ってなることありますか?
私もつい最近まで自分の都合のいいように相手の会話を解釈して話していて、話が通じない人間でした。いや、今もそうかもしれませんが、人間だもの仕方ない。
すべてがすべてではないと思ってますが、結論から言っちゃうと、「人は自分の都合のいいように解釈する」
ではなぜ人は都合のいいように解釈するのか。
人は不都合な真実から目を背けて、自分を騙すようにできている。「自分のことを棚に上げて」他人を批判するのは、まさにこの典型。本人も気づいてないから厄介。これは大小あるが相手にも自分にもあてはまることだ。まるで傲慢なムスカ大佐のように。
冒頭でも話しましたが、私も以前は知らず知らずのうちに相手から言われたことを真摯に受け止めず、相手を責めていた時期がありました。何故でしょうか、そのときは本気で正しいことだと思っていたが、イマ考えてみると矛盾した点がいくつかあった気がします。
自分の欠点をバルス(閉じよ)していたようです。
自分を主観的にしか見れず、客観視できないのは、発言の自由と自分が正しいと思っていた発言の責任を真正面から受け止めたくないから。
他者の弱さを攻撃することで、自分の弱さに鎧を被せる弱者の生存本能だったのかもしれない。
人は「本当の自分」を知りたくない。だから都合よく解釈してしまう。「人がゴミのようだ」というムスカ大佐のように。
一方で「棚に上げて反省する」のは、自分の矛盾を認めた瞬間で「成長した自分」を演出したい欲求が働き、他人の失敗は「性格の問題」、自分の失敗は「状況のせい」と解釈になって終わる。
例えば、遅刻グセがあるのに部下の遅刻を激しく叱る上司。
部下「すみません、電車が遅れて」
上司「言い訳するな!時間管理ができない奴はダメなやつだ!」
自分はよく遅刻するのに「自分の場合は朝のラッシュが酷いからしょうがない」「前の日残業してた」などと解釈。
「反省してる自分」を演出するために部下には「お前の性格の問題」と言う。
他人から「自分のことを棚に上げて」と言われると、自分が攻撃されたと感じて、過剰反応してしまう。その後、自分もしたことがあるのに気づき自己反省して、その反省すらを立派な人間だと気持ちよくなってるだけなのだ。
「都合のいい解釈」はいつの時代でも生存戦略。
なのでもし話が通じなくて困ったらこの人生き残るために必死なんだなと思うようしてます。
お互い様だと熱くならず引き下がるくらいが丁度いい距離感なのかもしれません。
ですがここまで読んでくださった皆さんは向上心がもりもりなのでしょうね。
環境のせいもあるけど、「ここから変わってやる」と決心したときに、「進化」が始まると思ってます。
変わってやるぞというみなさん、お互い変わってやりましょうね。
ここで少しだけ減らす方法を置いておきます。
✓ 「あ、自分もやってるな」と呟く癖をつける。私もやっているが、意外と周りには聞こえません。
✓イラっときた瞬間に一呼吸置いて、「あ、イマの取り消し」と声に出す。
✓ 他人の言葉を「鏡」として受け取る。
批判されたら「これは俺の投影を見せられてるだけかもしれない」と考える。
相手を攻撃するのではなく、自分を観察する。
✓ 反省を「演出」にしない。
反論したあと、「反省した俺、えらい」と思ったら即座に自分を疑う。
✓ 笑いに変える。
「ごめんごめん、それ俺もやってたわw」と自虐ネタにする。
結局、人間は完璧に公平になれないもの。
だからこそ「棚上げしてる自分」を笑って許すくらいの余裕が、一番大人な態度なのかもしれないです。
では、また。
素敵な一日を。

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今日も読んでいただきありがとうございます。🌸
