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お金は、色をかえる。

心の穴を塞ぐのは、人の心かもしれない。

物では一生埋まらなかった。

私は、「浪費家」だった。庭の土を掘ったら、札束が溢れ出てきたわけではない。稼げば稼いだだけ、あればあるだけ使ってた。

1回集めだしたものは、毎週買い続けるという「収集家」であり、家電が好きで当時流行ってた、腹筋をぶるぶるさす美容家電などを「大人買い」をして満足し、
ストレスまみれの毎日で、買うつもりもなかったビックリマンチョコなどの「衝動買い」をする人間だった。

そこまでドカンと買うことはなかった。そのときの唯一の救いは、車にはあんま興味なかったことかな。中古で十分だ。


ゲームセンターに通っては、当時お付き合いしていた人に「俺が取ってやるよ」と右の口角をクイッと上げてキメる。
狙うのは、500円くらいで取れそうなぬいぐるみ。でも気づけば5000円近くつぎ込んでも取れない。心の中では「ちくしょー!!」と叫びながら、ぐちゃぐちゃになった精神を喫煙所でどうにか落ち着かせる。

そして何事もなかったかのようにクールな顔でゲーセンをあとにし、夜の街へ紛れていく。みたいな生活していた。


子供の頃、あまり買い物をしなかった反動かもしれない。欲しいと思ったものは、手に入れるまで頭から離れないし、手に入れた瞬間がピークで、そのあと少しずつ熱が冷めていくのもわかってるのに、それでも買ってしまう。

例えば、本やCDなんて分かりやすい。溜まる。そして、さらに溜まる。もう読まない本や聴かない曲も溜まり続ける。溜めることで安心できるからだ。

「今まで我慢してきたんだからいいだろう」って、どこかでずっと自分を甘やかしすぎた。
その結果、‪”‬浪費家‪”‬が誕生した。爆誕というやつである。

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当時の私は、「金あるな~」と言われるのが気持ちよかったのかもしれない。本当に大バカ野郎。

ひとつ買うと揃えたくなるし、そのひとつと関連するものも欲しくなる。揃っていない状態がやけに気持ち悪くて、関連するものがないと心が落ち着かない。コンプリートするまでやめられない止まらない。
かっぱえびせんではない、かっぱ金銭である。川を流れる河童のように現金が流れていく。

それが必要かどうかじゃなくて、「揃っているかどうか」だけが基準になっていく。揃えることが目的になってる。


気づけば、部屋の中は‪”‬好きだったもの‪”‬で溢れてる。そして、次の好きを探しに行く。心は満たされず、増えすぎたモノに圧迫されて、心がさらに空っぽになり、すごく息苦しい。あんなに欲しくて、財布から現金を出していたのに、受け取ったのは‪”‬その瞬間だけ‪”‬の満足感だけだった。

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自分は変わらず、時は流れた。たぶん私は、「モノ」が欲しかったんじゃなくて、「一時的な心の避難所」が欲しかったんだと思う。
それは買い物では埋まらないから、また買う。また勝手に期待して、また少しだけ満たされて、また足りなくなり買う。永遠にプラスにはならない、負のループだった。

「何もいらない」なんて、言える人間じゃなかったし、欲しいものだらけだった。欲まみれだった。正直イマでも欲まみれだ。欲は一生なくならないのかもしれない。お金も、評価も、愛情も、安心も、誰かに認められたくて、何者かになりたくて、ずっと足りないまま走っていた。いや、走ってる。

でもイマでは、買わなくても平気だ。それは欲がなくなった訳ではなく、”‬制御できるようになった‪”‬という言葉が最適かもしれない。

コンビニへ行っても何も買わずに帰ってくる。
「何しに行ってんだ」という話である。

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これはそんな、職業:浪費家だったとき、ふと気づいたことです。あれ、こんなに集めたのに、なんでまだ苦しいんだろうって。部屋の中は物で溢れてるのに、心の中はずっと空っぽで、埋めても埋めてもどこかに空いた穴からこぼれ落ちていく。

人の言葉もそう。褒められたら嬉しいのに、次の日にはもう効力が切れてる。言葉を疑ってるから、また欲しくなる。もっと、もっと、たけもっと。まるで中毒みたいに。アルコールに依存するまえは、買い物だった。

身体もそう。無理して頑張って、壊れて、それでも止まれなくて、「休んじゃダメだ」そんな恐怖で動いてた。でもある日、全部がしんどくなった。


頑張る理由も、欲しがる理由も、溜める理由も分からなくなり、ただただ疲れ果てていた。その時に口から出た言葉が「なにもいらない」だった。強がりではなく、ただ本音でした。いらないって思った瞬間、少しだけ楽になった。


心の中ってこんなに騒がしかったんだって。
「なにもいらない」って、全部捨てることじゃなくて、全てにしがみつかないってことだった。

お金があってもいい、なくてもいい。いや、あったほうがいい。愛されてもいい、愛されなくてもいい。いや、愛されたほうがいい。うまくいってもいい、ダメでもいい。いや、うまくいきたい。それくらいの物事との距離感で、やっと楽になれる。


イマでも欲しくなることはあるけど、前みたいに「それがないと終わる」っていう感じはもうない。なくても別に生きていけるし、むしろ何も持ってない瞬間のほうが少しだけ自由だったりする。

「なんにもいらない」って言えるとき、人はたぶんいちばん軽い。それを手に入れるために必死になってないから。

「これ必要ないかも」って言えたとき、人間は生きやすくなる気がする。
昔の自分に、これを問いかけたい。

「買った先に、なにが残るんだ?」と。

お金は、手にしたものにより、色を変えるもの。
言葉の通り、「色を変え、色を買える」。

子供の頃の私が無色透明だとしたら、当時の私はブラックホールのような漆黒だったと思う。

お金は、使い方次第で人生を彩れると知りました。正確には、まだ知れてない段階です。



これからは、華やかにするために使いたいと思いました。

CDとか懐かしい。

今日も読んでいただきありがとうございます。

では、また次の記事で。
素敵な一日を。

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