採れたて、ミイラ。
どんなことでも、答えは頭の中で考えて作るものだと思っていた。
拾い集めることだった。
そういえば、今年もスイカを植えた。去年はうまく育たなかったので、”今年こそは”と意気込んで苗を植えた。ところが、その熱意とは裏腹に、植えて根付いたあとは基本的に雨だけで育つと聞き、あまり見に行っていなかった。
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【白い、スイカ】
7月に入る、少し前だっただろうか。久しぶりに様子を見ようと思って庭へ行くと、スイカの苗がなくなっていた。去年の嫌な記憶が蘇る。真っ白なスイカを思い出し、頭が真っ白になる。「あれ?」目を凝らして見渡してみる。
すると横に、細長い乾いた枝豆のようなものが落ちていた。「なんだこれは……。」数秒考えてから気づく。「あ、これだ!……これスイカや」嘘やん…。はい、お疲れSummer🍉
……たぶん、お前が《元》スイカだよな。「元海上保安官」みたいで、なんかカッコイイな。そんなこと言ってる場合か。
よく見ると、採れたてのミイラにも見える。そうだ、これは採れたてのミイラだ。乾いた枝豆ならビールでも用意していた。
……植物って、最後そうなるのか。切ない。
丸くて甘いスイカになる未来を想像していたのに、現実は乾いた枝豆か、採れたてのミイラ……。自然は思っていたより甘くなかった。
でも、その瞬間だった。「あ、これだ!」最近、久しぶりに心が「これだ!」と反応した瞬間だった。……それにしても切ねぇ。
私はよく、「何を書こう。」と考えてしまう。頭の中には、散歩で見た景色、コンビニで感じたこと、本を読んでワクワクした瞬間、人との距離感、何気ない会話……そんな断片が、いつもバラバラに転がっている。だから、考えてもまとまらない。でも今回は違った。スイカが採れたてのミイラに見えた。ただ、それだけ。
「なんでスイカじゃなくて、ミイラなんだよ」という素人なりのツッコミが、頭の中の点と点を一本の線で繋いでくれた。言葉というのは、考えるから言葉になるわけではなく、見つけにいくから言葉になる。
「あ、これだ!」は探そうとすると逃げる。でも別のものを探しているときに限って、向こうからひょっこり現れる。あのときのミートボールのようなもの。だから今日も、まとまらない考えを無理に整理しないで、そのまま転がしておくことにします。
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いつかまた、スイカが採れたてのミイラになるような出来事が、バラバラだった考えを一つの言葉に繋いでくれる気がする。結局、言葉は机の上で作るものではない。白紙のページと睨めっこしていても何も出てこない。
庭や散歩道、コンビニや待合室。そんな何気ない日常の中で、ひっそり育っているものなのかもしれない。
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それから時は経ち、喉を乾かした野菜に水をあげに行った。干からびたスイカのことを思い出しながら、鼻歌交じりに、周りの野菜に水をあげていた。
…………。
すいすいすーい♪♪
(ハミング)
??
このとき、私は何かを発見した……。
……!!
(!!……なんだあれは!!)
なんかぶら下がってる!!!!
長く伸びたツルの先に、丸い玉のようなものがぶら下がっている。
「なんだありゃあ?」近づいてよく見てみると、スイカだ…!まだ小さなスイカだった。地面を這うはずのスイカが、宙に綺麗に浮いている。夏だからか思わず、「たまや〜」と叫びそうになった。
なんだ、コイツ……。心配かけやがって。小さなスイカは何事もなかったかのように、そこにぶら下がっていた。たぶん、植えた場所を私が、忘れていただけだったらしい。
その姿を見た瞬間、夏の日差しのせいだろうか。季節の汗によく似た一滴が、頬をつたって静かに土へ帰っていった。
種はちゃんと生きてた…。良かっタネ。

今日も読んでいただきありがとうございます。
では、また次の記事で。
素敵な一日を。
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