雷舞ノ巫女 (ライブノミコ) 第3話「キラめく扉、まだ知らない私へ」
日曜の夕暮れ。
陽菜は、スマホを何度も見返しながら、ライブハウスの前に立ちすくんでいた。
「黒翼のレクイエム」から届いた招待状は、短いけれど熱のこもった手書きメッセージ。
“君の声、聞かせてほしい。ステージで待ってるよ。”
(…本当に、行っていいのかな)
足が自然に重くなる。扉の向こうには憧れと恐れがごちゃまぜで広がっている気がした。
深呼吸をして、重い扉を引く。
暗い廊下。
かすかに汗とアンプの匂い。
奥でバンドメンバーたちがじゃれ合っている。
そして、その中心に――やっぱりいた。
黒髪ポニーテール、キラリと光る鋭い瞳。
衣装のキラキラ感も、立っているだけで周囲の空気を変えてしまう。
華やかで、でもどこか近寄りがたいカリスマ。
少女は、ふとこちらに目を向ける。
陽菜は言葉が出ず、少し間を空けて
「招待状、ありがとうございました…」
とだけ声を絞り出す。
陽菜が言葉を探していると、少女は不意に笑みを浮かべた。
「緊張してる?そんな顔しなくても大丈夫だよ。アタシは一条夜魅(いちじょうよみ)。『黒翼のレクイエム』のリーダーで、ボーカルやってるんだ。」
夜魅は、そう名乗ると、陽菜をステージへと招き入れた。
「オーナーから君の話をちょっと聞いてね。ちょっと不思議な“神社の巫女アイドル候補”がいるって。…君の声は、神様の祝福でも受けてんのかってくらい不思議なんだって。正直さ、私はスピリチュアルとか無理なんだけど――もし本当に神の力があるなら、どこまで本物か、この目で見たいんだ」
陽菜は、自分の巫女服姿や神の器なんて呼ばれ方に未だ慣れないまま、正直に返す。
「私は…自分の力じゃなくても、誰かの願いが伝わる瞬間を、何度も見てきました」
夜魅は一瞬、陽菜をまっすぐ見つめた。その瞳は、全てを跳ね返すようでいて、どこか寂しげな色も隠している。
「私さ――神様とか運命とか、どうでもいい。自分で選んで、自分で掴むって、それだけが本物。ステージだって、誰かに選ばれるより、自分で立ちたい」
「でも、見えないものを信じることで、誰かの背中を押せることもあるんじゃないかな…。私は、神社でそれをたくさん見てきました。」
夜魅は肩を竦める。
「君は、そういう祈りに居場所があるんだね。私は、私自身で勝ちたいだけ」
夜魅の瞳は、深い夜の底で誰かの秘密を待つような色をしていた。
ふと吸い寄せられてしまいそうな、危うい光を帯びた瞳で、穏やかに陽菜を見つめる。
「じゃあさ、ステージで証明してよ。神の器の君と、人間の私。どっちの光が本物か」
「え?」
(私の光って、どんなものなんだろう…)
彼女たちのやり取りは、見えない場所で三女神たちにも届いていた。
イチキシマヒメが、口元を扇で隠しながら小さく微笑む。
「夜魅。自分の力だけでアイドルの頂点を目指す子。人の願いも、信仰も、どこかで切り捨てている。でも、その潔さと儚さこそ、今の時代の美なのかも」
タキリビメは強い調子で言い切る。
「彼女こそ、我らのライバル。神々が人々の信仰を失いつつある現代において、最も輝く存在。神の威光を借りず、己の力だけで人の心を掴む、稀有な才能を持つ者だ。」
タキツヒメはゆるやかな声で、二人のやりとりを見つめる。
「夜魅の孤独と光、そして陽菜の迷いと祈り。どちらも、この時代が求めているのかもしれませんね」
三女神はしばし静かになる。
「陽菜、私たちの選びに迷いはない。どんなに揺れても、君だけが開ける未来がある。我らが選ぶべきは、光の種を携える者なり」
高天原の帳の奥、ただ静謐なるまなざしが夜を見守っていた。
神々のまなざしが、物語の奥底でゆっくり動き出していた。
ライブハウスを出ると、夜風が思いのほか冷たい。
陽菜は手を握りしめたまま、さっきまでの会話を何度も思い返す。
(自分だけで選び、掴む。夜魅さんはそう言った。私は私の祈りで、誰かを照らせるのかな)
胸の奥に湧き上がるのは、わずかな期待と大きな不安。
その時、スマホがブルッと震えた。
三女神からのグループDMが届く。
『陽菜、君が一歩を踏み出せば、私たちが必ず導く。神の器は選ばれただけじゃない。歩み続ける意志がある。まずは一か月後、「ハロウィンナイトミュージックフェスティバル」。一緒に進もう』
陽菜は深呼吸をする。
「本当にできるかな、私…」
不安が声になる。
すると、ふと脳裏に、三女神の静かな声が響いた。
『大丈夫、陽菜。進み続けるかぎり、夜の雲の先に、必ず君のための星が灯る』
陽菜は空を見上げ、夜の雲間に一筋の星を探す。
胸の奥、微かに揺れていた光。
ほんの少し、確かにあたたかくなった気がした。
(ここから、神の器としての導きと挑戦が、静かに始まる)
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