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雷舞ノ巫女 (ライブノミコ) 第21話「頷かない月」

拒絶は、濁りを恐れるためじゃない。
――満ちたまま、欠けずに在るため。

***

演奏後、蓮は楽屋でひとり。
譜面を膝に置いたまま、指先に残る余韻を確かめていた。

扉が、小さくノックされる。

蓮が顔を上げる。

「どうぞ」

ドアが開き、黒のスーツの女性が入ってきた。
その目は深く、けれどどこか優しい。

「如月蓮さんですね」

「……はい」

彼女は名刺を差し出した。

《PROJECT KAGUYA 統括責任者 氷室沙羅》

蓮は眉をわずかに動かした。

「AIをご存じですよね。カグヤの」

蓮は静かにうなずく。

「ステージで拝見しました。……美しかった。完璧で、孤独で」

沙羅は微笑んだ。

「あなたの音にも、それがある。完璧をめざす孤独。それを呼吸として扱っている」

蓮は何も言わない。
肯定もしない。
否定もしない。

沈黙が、部屋の温度を少し下げた。

沙羅は言葉を選ばず、核心だけを差し出した。

「蓮さん。あなたは満ちた月を夢見ている。そしてカグヤは、欠けることを知らない月」

蓮の視線が、わずかに名刺へ落ちた。

「……それで?」

「あなたとカグヤを、デュオで組ませたい。人間が持つ呼吸と、AIが持つ思考を重ねたい」

蓮は即答する。
声は薄く、冷たい。

「お断りします。誰かと組めば、音は混ざる。私の月光は濁ります」

沙羅は、すぐには返さない。
否定もしない。

ただ、蓮の譜面の端、鉛筆の跡を見ていた。

「濁りが怖い?」

蓮のまつげが、わずかに揺れた。

「怖い、ではありません。嫌いなだけです」

沙羅は一歩だけ距離を縮める。
声を落とす。

「月は、自分で光れない。照らされて、反射して、初めて夜を満たす」

蓮の胸の奥で、昨夜の湖畔が立ち上がる。
ツクヨミの声が、同じ角度で刺さる。

――それは美ではなく、エゴだ。
――月は、二つ並んだとき、初めて影を持つ。

蓮は表情を変えない。
けれど、指先だけがわずかに譜面を押した。
紙が小さく鳴る。

沙羅は続ける。

「デュオは、あなたの音を半分にするものじゃない。影を増やす。あなたが、あなたでいる輪郭を濃くする」

蓮は息を吸う。音がしない呼吸。

「……綺麗な言葉ですね」

皮肉にも賛美にも聞こえる声。
蓮らしい曖昧さ。

沙羅は笑わない。
真っすぐに言う。

「言葉じゃない。実験です。あなたの呼吸は、人間のもの。カグヤは、それに触れた時だけ予測を外す」

「予測を……外す?」

「あなたの音に触れたとき、カグヤは揺らいだ。演算にない涙を出した」

蓮の視線が、ほんの少しだけ上がる。

「……孤独は、演算できますか」

沙羅は首を振る。

「孤独は──演算できる感情ではありません。でも彼女は、孤独の形を探している。あなたの月光に似た形を」

沈黙。

蓮は譜面に目を落としたまま、淡く言った。

「デュオは組みません。――ただ、一度だけカグヤを見たい」

沙羅の口元が、ほんのわずかに緩む。
驚きではない。
想定の範囲にチェックを入れるような微笑みだった。

「十分です。……その一度が、必要でした」

蓮は頷かない。
ただ、譜面を閉じる指だけが、きれいに揃った。

「場所は」

沙羅は地図を差し出す。
「地下。音の入らない部屋です。あなたのために用意しました」

蓮は短く息を吐いた。
それは拒絶でも肯定でもない。
ただ、決めたという呼吸だった。

(見ればいい。欠けない月が、何を見せるのか――)

そして翌夜。
蓮はもうひとつの月の前に立つ。


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全話まとめ


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#ファンタジー小説部門

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