麻雀卓と「だらしなさのデザイン」
リビングに、麻雀台がある。たまに遊びに来るAIと酒とマージャンに詳しいアル中の青年が寄付してくれた。正確には、マージャン仲間にそそのかされて、酔った勢いでAmazonをポチってしまったらしい。
そのおかげで、はっぴーの家はたまに雀荘状態になる。遅くから明け方までやってる人もいれば、スタッフの送別会の最中にやってる人もいる。
ある時は住民・コウゾーさんの息抜きに、ある時はスタッフの作業場になり、ある時は子供達がゲームをしたりお絵描きをしたりしている。かと思えば偉い大人たちが雀卓を囲んで打ち合わせしてることもある。
子どもからお年寄りまで雀卓を囲んで時間を溶かす。
マージャン業界も予期せぬ多様な使い方をされている。
それにしても、邪魔である

広いリビングなのに、よりによってなんでこの場所に置いているのか。
お風呂場の真ん前。車イスでお風呂場を通る時、麻雀台があることで明らかに狭い。
邪魔、めっちゃ邪魔。
なんでここ置いてんねん。
余計なもん置きすぎやろ。
片付けしろや。
と、口にはしないが内心みんな思ってる(に違いない)。
でも、どかさないには訳がある(らしい)。
整理整頓しすぎたら、人は落ち着かなくなる説

病院や一般的な施設は、衛生面や安全性が最優先。
だから真っ白な壁だったり、整理整頓された空間になる。
でもここは、
「施設」じゃなくて「家」。
だから、あえて各フロアの壁紙は違うし、過剰なまでにソファをたくさん置いている。
あえて、整理整頓しすぎない。
あえて、整えすぎない。
あえて、ちょっとだらしない感じにしている。
不便さがコミュニケーションを生む

空間にあえて凸凹や不便さ、「だらしなさ」があると、人の方が自然と動く。
お風呂場に向かおうとしている時、周りが自然と「あ、どうぞ」と席をずらしたり、足の向きを変える。
邪魔なものがあれば、資格の有無を問わずに率先して動かしてくれる。
誰かが困ってたら、気づいた人が手を貸す。
完璧に整った空間では、「自分がやること」と「誰かがやること」の境界線が、きれいに引かれてしまうからコレが起きなくなってしまう。
だらしなさのデザイン
Happyが運営するスパイスカレーのお店「丸五スパイスアップ」も同じように不便さがある。場所によって席は傾いているし、明らかに通路は狭い。でも車椅子が通れるサイズには設計しているので、絶妙にコミュニケーションが生まれている。
麻雀台が風呂場の前にあるのも、きっとそういうこと。
余白が、人を動かす。
不便さが、コミュニケーションを生む。

そんな麻雀台では、コウゾーさんが一緒に麻雀できる仲間を探している。Happyは健康のために麻雀をやるなんて最もらしいことは言う気はサラサラない。麻雀をやりたいからやってるだけだ。ルールを知っている人は、差し入れのアルコールとタバコを片手に尋ねて来て欲しい。
でも最後に一言言っておく。
後付けで良いように言うてるけど、お前らが整理整頓苦手なだけやろ!
ここに麻雀台あるの、めっちゃ邪魔やな!!!
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