私のこと
日常の中で、毎日毎日苦しさを感じる。
これは自分だけではないのだろうけれど、それは確認できない。
おそらく、人と話をしていないことが原因なんじゃないかなと思う。
人と話をしていないと、自分の世界に閉じこもってしまう。どうしてもそうなる。情報はインターネットやAIからのものが大半を占めるようになり、その結果思考は偏るし問題がなんなのかすらもわからなくなっていく。
私は今まで良い人間関係の近くにいた。
近くにいたと表現するのは、それらの人間関係とはもう距離ができてしまって、もうアクセスすることがほとんど叶わない状態にあるということだ。
私は人間関係に恐怖を感じている。恐怖を感じながらも、人間関係を求めている。いや、人と話をすることを求めているのだ。自分の中にある感覚の鈍さに気がついているから、その鈍さを解消したいがために、私は人と話をしたいと思っているのだ。
私は多くの人と縁を切ってきた。
縁というものは難しい。こうして書いていながら、縁というものがよくわからない。私は人によく親切にしてもらったと思う。その親切がよくわからない。自分から人に親切にすればいいのだろうか。自分から人に親切にすることがあまりにも少ないから、私は誰かに親切にしようとすら思えなくなっているのだろうか。
私はいつ誰かに親切にしたのだろうか。
もう思い出せないくらい、私の親切は顔を出していない。
私は自分の苦しさの解像度すら低いのだろう。
自分でマインドマップを書いてみて感じた。苦しさの原因がわからない。苦しさを生み出す要素もほとんど挙げることができない。解像度があまりに低いから、死にたいとか思ってしまう。問題がわからないのだ。
精神科にも通っている。
精神科では睡眠指導をしてもらっている。私の苦しみに対する生物学的なアプローチと言える。だが、睡眠を取れば全て解決するようなことは当たり前だがないのだ。
体は多少楽にはなるが、ぼんやりとした苦しさからは逃れられない。
連絡を経ってしまっている人に今日連絡してみようかとも思う。
行動が足りていないのだ。
私に必要なのは行動だ。
私は私のことをもっと理解したい。
そう願う。
