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【身体が教えてくれたこと①】「離婚しないほうがよかった。」──蟻が出ただけなのに。―「安心」を初めて身体で感じた日

― 私は、安心の探し方を間違えていた ―

部屋に蟻が出た。
きっかけは、たったそれだけの出来事だった。
でも、その瞬間、私はパニックになった。

「もう無理ーーー」

「誰か助けてーーー」

「もう一人で頑張るの疲れたよーーー」

せっかく手に入れた
安心できる部屋まで失うのかもしれない。

そんな思いが一気にあふれた。

そして頭は、ありえないところまで飛んだ。
「離婚しないほうがよかった。」

自分でも驚いた。
蟻が出ただけなのに。

でも、本当に苦しかった。

今思えば、あの時初めて、身体が
「助けて。」
と言っていたのだと思う。

翌日、少し落ち着いてから不動産会社へ連絡した。
でも、その一本の連絡をするまでにも時間がかかった。

「私が悪いって言われるかもしれない。」
「面倒だと思われるかもしれない。」
「嫌がられるかもしれない。」
そんなことばかり考えていた。

ようやく送った連絡に、すぐ返信が届いた。
「お昼過ぎにはご連絡できると思います。」
その文章を読んだ瞬間、張りつめていた身体が少しだけゆるんだ。
「ああ……。」
思わず声が漏れた。

まだ蟻はいる。
何も解決していない。
それなのに私は、確かに安心していた。

「連絡してよかった。」
そう思えた。

そのあと、消毒会社から電話がかかってきた。
「午後一で伺います。」
その一言を聞いた瞬間、

「助かったあああ。」

自分でも驚くくらいうれしかった。
電話で話している自分の声が、弾んでいたのが分かった。

午後、消毒会社の方が来てくれた。
そして丁寧に部屋を見て、説明して、薬をまいてくれた。

最後に言われた。
「少し蟻が増えるかもしれません。」
一瞬ドキッとした私に、その方は笑いながら言った。

「蟻とお友達になってください。」

思わず笑ってしまった。
ほんの少し前まで泣きそうなくらい不安だったのに。

その日の夕方。
窓から空を見ながら、お茶を飲んだ。

「本当に助かったなあ。」
そう思った、その時だった。

「あれ……。」
身体が、ほっとしていた。

なんだろう、この感覚。
私は初めて、
「安心」
を味わっていた。

私は、初めて「助けて」と言えた

今までの私は、
安心は未来にあるものだと思っていた。

お金があれば。

息子たちが元気になれば。

問題が全部解決したら。

もっと強くなったら。

もっと知識が増えたら。

そうしたら安心できる。

だから私は、ずっと未来を追いかけていた。
まだ足りないものはないか。
もっと準備した方がいいことはないか。
頭はいつも忙しかった。

でも、この日のお茶は違った。
ただ、お茶を飲んでいる。
ただ、空を見ている。
それだけなのに、満たされていた。


私は、安心の探し方を間違えていた 

その時、ふと思った。
「私は、安心の探し方を間違えていたのかもしれない。」

安心は、何かを手に入れたらもらえるご褒美じゃなかった。

未来で完成するものでもなかった。

身体が
「今、安心している。」
そう感じた時、初めて見えてくるものだった。

だから、昔の私は「今ここ」を感じられなかったんだ。
感じ方を知らなかったんじゃない。
安心を知らなかった。
だから感じられなかった。

「助かった。」
あの日、その言葉が何度も心に浮かんだ。

不動産会社。
消毒会社。
名前も知らない人たちが、困っている私のために動いてくれた。

それだけのことなのに、私は何度も助かったと感じていた。

そして、小さな私に声をかけた。

泣いていたのは、小さな私だった

「一人で頑張ってきたね。」

その瞬間、涙が止まらなくなった。

泣いていたのは、大人の私じゃなかった。

ずっと奥で一人ぼっちだった、小さな私だった。

思い返せば私は、
助けてほしい時に助けてもらえなかった。

だから、
誰かを優先することが当たり前になっていた。

家族のこと。
子どものこと。
周りの空気。
相手の気持ち。
私はいつも最後だった。

本当は苦しくても、
「助けて。」
その一言が言えなかった。

言えなかったというより、
助けてもらえると思っていなかった。

でも、あの日。
私は困っています、と伝えた。
助けてください、と言った。

その一歩は、今の私だけじゃなく、
小さな私にも届いていた。

「ああ……。
今度は私の話を聞いてくれるんだ。」
そんな声が聞こえた気がした。

私はようやく気づいた。

助けてもらいたかったのは、今の私だけじゃない。
あの頃、一人で耐えていた小さな私も、
「大丈夫。」
そう言ってほしかったんだ。

だから私は、急がない。
何でもすぐに解決しようとしなくていい。
まずは、この子の話を聞こうと思う。


安心は、人とのつながりの中にあった

あの日、私が安心できたのは、
問題が全部なくなったからじゃない。

蟻はまだいるかもしれない。
これからも困ることはきっとある。

それでも身体は、確かに
「安心した。」
と言っていた。

一人で全部背負わなくていい。

必要な時は、人に頼っていい。

その体験を、身体が初めて受け取った日だった。

私は、安心の探し方を間違えていた。

安心は、一人で頑張って手に入れるものじゃなかった。

困った時に「困った」と言えて、
誰かが「大丈夫ですよ」と応えてくれる。

そんな小さなつながりを、
身体が少しずつ覚えていくことだった。

きっと私は、ずっと小さな声で願っていた。
「今、安心したい。」
その願いに気づかないまま、何十年も生きてきた。


でも今は、その声が聞こえる。
だから私は、身体に聞く。

「どうしたい?」
「今日は何を食べたい?」
「少し休もうか。」

そんな小さな会話を、
これからも大切にしていきたい。

安心は、
誰かが全部守ってくれることじゃなかった。

必要な場面で、
人とつながれることだった。

そして、自分の身体の声を
最後まで聞いてあげることだった。

私はようやく、その始まりに立てた気がしている。
きっとこれからも、不安になる日はある。
それでももう、あの日の私とは少し違う。

困ったら、
「助けて。」
そう言える私がいる。

そして、
「どうしたい?」
と聞いてくれる私もいる。

だから今日も私は、
窓から空を見て、
温かいお茶を飲もうと思う。

その何気ない時間が、
私にとっての「安心」だから。


あの日、助けてもらえたのは、蟻の駆除だけじゃなかった。
私は、安心の感じ方を教えてもらったのだ思う。


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