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白石一文『私という運命について』

人の一生を描く小説というのは多く存在する。
記憶に残っているのは辻仁成の『今この瞬間、愛しているということ』と、唯川恵の『永遠の途中』だ。
文章を書く力量がないと描き切れないもの。

白石のこの作品は女性の半生を描いている。
働き始めた20代前半から、子育てに至る40代まで。
1980年代から2000年代にかけての情勢とともに描かれている。
僕の仕事柄、インターネットに関する歴史を扱うことが多いのだけど、ポケベルから携帯電話への転換期だなとか、そうそう、この年代にiモードあったなとか、今では当たり前になっていることを、当たり前になるその前、そんなこと起こり得ないって感じている感覚まで書かれていたのが印象深い。

きっと、これからもそうなんだろう。

スマートフォンが普及し始めた当初、こんな小さなもので買い物なんて流行らない、買ってもせいぜい数百円程度のものだと言われていたけれど、今はネットで日用品から家電まで揃える時代になった。
批判する人の声が大きければ大きいほど、それに反発するみたいに予想を超えて可能性が滲んでくる。

これからの時代もきっとそう。

宇多田ヒカルが新曲で「令和何年になったらこの国で 夫婦別姓OKされるんだろう」と歌って話題になっている。
個人の政治的思想を歌詞に持ち込むな、ということらしい。
賛否両論の意見がネットニュースを中心に飛び交っているのをよく目にする。
そこから派生してなのか、戸籍についての議論まで目にすることもある。

きっと、今が過渡期なんだろうなと思った。
日本という国がこれからどう変化していくのか、それを政治家だけではなく、国民が注目しているのが今なんだろうなって。
移民とか少子化とか、もろもろ含めて、あと何年か後には答えが出てくる。
否応なしに、答えとなるものが選出されてくる。

僕個人の意見としては、夫婦別姓はOKにしたらいいし、同性婚もOKにしたらいい。
それで不都合が生じることも多いだろうけど、システムを見直すいい機会だと捉えてほしい。
AIがここまで発展してきたんだから、たぶん一流のエンジニアがAIと一緒にプログラムを組めばさして問題なく流通させることができる気がする。
それ以上に人の頭の中を変化させる方が困難だろうけど。

AIもそう。
今が過渡期だ。
僕はAIを使って学習することに賛成する。
むしろ、AIを使わず学習するのは非効率極まる。

AIによって今後失われていく職業、というのがよく話題になる。
あれを見るたび、AIを使いこなしていない人の思考なのではないかと感じる。

AIによって奪われるのは中堅どころだ。
専門分野に精通していて、さまざまな視点から物事をみることができ、熟慮して判断できる人というのはどんな職業でも重宝される。
けれどあまり学ぶことをせず、その場その場で上辺を撫で続け、物事の本質を見極める力をつけてこなかった人たちが不要になってくるだろう。
深掘りしない思考はAIの得意分野なのだから。

1ヶ月くらい前からだったか、今まで基礎から学んできたプログラミング言語をAIに対話形式で質問しながら学習したらどれだけ効率が良くなるのかを試し始めてみた。
僕の専門はウェブデザインなため、フロント側はわかるがバック側がいまいちわかっていなかったので、自分のわかっていることをAIに説明して学習させた上で、新しく学びたいことを質問していった。
びっくりするくらいわかりやすく説明してくれて、参考書として購入していた本の半分以上のページをものの数分で終わらせて理解させてくれた。

もちろん、これは僕に前提として最低限のプログラミング知識や情報システムの知識があったことにも由来するが、それでもここまでわかりやすく教えてくれるとは驚きだった。
まだまだ世の中にはAIを使うことに反対的な意見もあるけれど、それ以上に恩恵の方が大きい。

時代は常に進化していく。
渦中にいるとわかりにくいけれど、通り過ぎてしまうとなんてことない。
これから10年先、20年先は、日本もどんどん変化していくから、今からどんなことが起こるのか楽しみで仕方ない。

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