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ヤマケイ ―山の警察—(最終話-2)

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(最終話 山の警察-2)


   

 大勢の若者たちが並んでいた。富山県警山岳警備隊隊長の渡部は壇上に上がる。
 マイクを叩いて若者たちを見渡し、それからゆっくりと口を開いた。

 少し前のお話をさせてください。
 私がまだ新米隊員だった頃に、ある男子大学生が立山で遭難をしました。冬でした。冬の山というのは厳しいものです。冬の山で一人で、人間は生きられない。一刻も早く見つけ出さないと、尊い一つの命が失われてしまう。
 けれど彼は見つからなかった。七日間、全力で捜索を続けました。だけどどこにも彼はいなかった。いつまでも捜索を続けるわけにはいきません。警備隊の人数は限られているし、遭対協のみなさんだって無償で働き続けることはできない。
 いつでも、最後まで、見つかるまで探し続けるということはできないのです。
 一週間探して、当時の隊長は捜索打ち切りを決めました。
 捜索の打ち切りは、家族にとっては死刑宣告と同じです。ご両親は泣いていました。床に頭を擦りつけて捜索を続けてくれと、隊長に頼んでいました。だけどあの時隊長は、頑として首を縦に振らなかった。家族とその支援者たちから、「鬼」と罵られても受け付けなかった。私たちのためにです。
 その男子大学生は、それから三年後の夏に見つかりました。
 隊長は、任務の隙間に一人で山を歩き、彼を探し続けていたのです。そして、沢筋の草原で、白骨になった彼を見つけました。
 隊長の連絡を受けて、彼のご両親はすぐに飛んできました。隊長を見る目に、あの時の憎しみはもうなかった。激しく泣いていました。九十度に腰を折って、隊長に何度もお礼を言っていました。
 息子を見つけてくだすって、どうもありがとう。と。

 その時、私は思ったのです。
 私も隊長も、彼を救うことはできなかった。だけどね。
 決して見捨てないという約束はできるんです。全力を尽くすという約束はできる。私たちの仕事は、胸を張ってその約束をすることです。迷いなく、その約束を遂行することです。
 私たちはあなたに、必ず手を差し伸べますと、そう言ってあげてください。
 強いか弱いかなど関係がない。
 いつでも味方でいてくれる人。それが英雄です。

 皆さんは警察官です。
 人々の、英雄になってください。
 これが私からの、皆さんへの願いです。

 訓示を終え、新人警官たちがザックを背負ったまま走り出した。訓練のため、山に入るのだろう。
 山岳警備隊が訓練をすると聞いて、越河雪は上市警察署にやってきていた。
 もしかしたら奥村さんに会えるかもしれないと思って。
 会えたらあの時のお礼を言いたいと思って。
 雪はきょろきょろ辺りを見回す。どうやら今日の訓練に、花さんはやってきていないようだ。残念だ。
 少しだけため息して、それからゆっくり空を仰いでみた。
 そこに山が見えた。
 なんだか、「おいで」と言われているような気がした。

 雪は思う。何だか、天啓のように感じた。
 ――お山で、働いてみようかなぁ。

   ❃

 山を歩くのは楽しい。
「ほらほら。マコトさん、足元注意して。まだ万全じゃないんだからさ」
「むー。なんかさ、ノブヒデの態度が求愛行動から保護活動にシフトしてる気がするんだけど」
「今は保護期間中だから」
「雷鳥かよ」
「絶滅危惧種なのは一緒だしね」
「あのさ、一応聞いとくけど、ノブヒデの中の祭誠って今どうなってんの?」
 立山の夏は遅い。ゆっくりと山が活気を増していく。
 佐倉山荘に人が溢れている。
「ちょーじろーさん、ただいまー」
 どんぶりを両手に持った長次郎さんが大きく口を開けた。それからキョロキョロして、近くにいたお客さんに二つのどんぶりを手渡す。お客さんが「え? え?」と首を回して困っている。両手をフリーにした長次郎さんが近づいてきた。
「マコトちゃんか! マコトちゃん、戻ってきたか!」
 マコトはピースサインを作ってそれを突き出す。長次郎さんが年寄りらしからぬスピードと勢いで飛びついてきた。なぜかマコトと新堂の間に飛び込んで二人の肩を同時に抱く。
 確保された。
「よしゃ。そば食ってけ」
「おお?」
「今日のそばは自信があるちゃ。マコトちゃんを唸らせちゃる」
「おお。言ったね」
 テーブルについてそばを待つ。ほかほかの湯気に顔を白くしながら、長次郎さんが二つのそばを持って戻ってきた。受験に臨む高校生みたいな顔をしている。
「特製てんぷらそばちゃ」
 マコトはてんぷらを箸でつまみ上げる。
「これ、何のてんぷら?」
「げんげ」
「高級魚じゃん」
「この際金に糸目はつけんちゃ。とにかく一度でも『美味い』ち言わせんと気が済まん」
 ちょっとだけ汁につけて、そばといっしょに口に入れた。そばの香りが鼻に抜けて、その後にてんぷらのサクッとした食感がある。なかなか。
 肯いた。
「うん。おいしいよ。いいんじゃない?」
 長次郎さんの顔が赤く染まった。モルゲンロートみたいに真っ赤だ。最上級の喜びだ。
「どうちゃー! ようやく一矢剥いてやったちゃー!」
 ほくほく顔の長次郎さんに見送られた。出がけに言う。
「あのさ、ちょーじろーさん」
「うん? なんちゃ。マコトちゃん」
「さっきのそば、ちょっと温めたごま油入れてみたら?」
 長次郎さんのリアクションを待たずに玄関を出た。みくりが池を目指して歩き出す。歩きはじめたらすぐに大声が聞こえてきた。
「うんまいな! ちっくしょう!」

 ノブヒデといっしょに歩く。大地に触れながら歩く。
「あははは。気持ちいいね」
「うん。山はいいよね」
「うん」
「好きだな」
「うん。大好きだ」
 これ以上ないくらいに、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
 体中全部の細胞が喜んでる。
「あー」
 これだって思う。
「生きてるぞー!」

   ❃

 町は夏でセミがうるさい。花の額に汗が玉になり、それがつうと一滴垂れた。
 合わせた両手に汗が落ちる。

 太陽が真上から照りつけている。墓石はお慰み程度の影を作って、その影が墓石の前にしゃがむ花の膝の先を黒くしている。
 顔を上げた。
「お父さん。ただいま」

 墓石の向こうにお山が見える。
 透明で、雄大で、大っきな山が、どこまでも続いている。

 花は言う。微笑んで言う。
 心から、やっと言えた。

「わたしね、ヤマケイになったんだよ」


(終)

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※涌井の創作小説です。


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