国立西洋美術館を訪れて②
「国立西洋美術館を訪れて①」では昨日、③まで書いたので、今日は④から書きたい。
①絵画のスタイルの変遷
②本物と見紛うほどの写実的な描写
③半端ない三次元感
④巨大絵画
巨大なんです。でかいんです。これに関しては本当に写真がないと説得力皆無でしょうけど。
非情に写実的に描かれた人物が、大きな絵画の中に居る。背景が暗闇の中だったので、本当にすぐそこに立っているような感じがして、巨人を見上げているようだった。巨人と言えば、ドイツにいたときのルームメイトだったルクセンブルク人を思い出す。2m5cmだった彼を(#^.^#)
絵画の中に描かれていた彼の歯が白く光っていた。そういう塗料を使っているのか、ただ光の反射のせいなのかは定かでなないが、その光がより生々しさと立体感を引き出していた。
⑤聖書の話
絵画のテーマになっているものの中にはやはり聖書(旧約と新約どちらも)の話が多かった。二年ほど前に、旧約聖書を形だけ全て読み、新約聖書の方は読んでいないのだが、プライムビデオで「イエスキリストの生涯」を見ていたので、ああ、あの時の話か、と思える時が何度かあった。聖書を読んだり、宗教について知っていたりすると、海外の本、映画、絵画などの芸術分野をより楽しめるようになると思う。
新約聖書もいつか読もうと思う。旧約聖書はわからないところだらけだったけれど、印象や記憶に残っている場面や箴言も多少はある。そういうものが少しでも残るのであれば、読むことに価値はあるだろう。
あと旧約聖書を読んで、言葉ではうまく言えないのだけれどユダヤ教の世界観や全体像を薄っすらと掴んだような気がした。理解じゃなくて、感じた。
ユダヤ教の人達が、どういう信念を抱いているのか、何を心の支えにして生きているのか、彼らの価値観や信条を理解する、理解しようとすることは、イスラエル問題やその他の国際問題に向き合ううえでとても肝要なことだと思う。
⑥どこがどうとかじゃないけど
ここが、あそこが、どこがいいとかいうわけでもないのだけれど、思わず見とれてしまう絵も多くあった。例えば、あの有名なクロードモネの「睡蓮」。ずっと見ていられる優しい色彩と筆致。
通路を歩きながら、そういう絵画を見つけると嬉しくなる。
⑦一生理解できないやつ
ピカソの絵画。わからない。
「ゲルニカ」のようにその絵の背景を知っていれば、もっと楽しめるのかもしれない。
予備知識なしに見せられても、「あ、人の顔」くらいしか浮かばない。いつかわかるようになるといいな。努力しなきゃ無理そう。
終わり
出口を出てすぐの美術館内の売店で、絵画の見方を解説した本を見つけた。ちょっと中身を見てみると、どうやら絵画は見つめれば見つめるほど発見が増えるらしい。
そうなのか。あんな風に散歩がてら絵画を眺めて回るだけでは、豊かに観察することは当然できないのか。
確かにそうだ。美術館を出た後に、友達とスマホで撮った絵画を見せ合って感想を言い合ったけど、自分が気づきもしなかったところにみんな目がいっていて、面白い発見が多々あった。
落ち着いてじっくり時間をかけて絵画を観察してみたくなった。
20分を目安に書いているから少し焦ってしまって、言いたいことが的確に書けなかったり、誤字脱字があったり、稚拙な文章になりがちだ。
落ち着いて書けるようになりたい。
