言葉を贈られる
先日は私宛に素敵なnoteの記事を届けてくださり、ありがとうございました。
お互いの顔を知らない間柄ではありますが、あなたの言葉が、静かに、でも確かに、私の胸の奥に届きました。
こちらに、記事を引用させていただこうかと考えましたが、それが良いのか分からず、手元に留めております。ですが、この場でお礼のお返事をしたいと思います。
僭越ながら、ぜひ往復書簡という形でお付き合いいただけたら光栄です。
なかでも、
「この薄くて美しい繋がりを、曇らせない自分でありたい。」
その一文を読んだとき、ふと亀井勝一郎の言葉を思い出したのです。
「人生には様々のふしぎがありますが、私は考え、迷い、一念形成の途上における邂逅を最も重視するのです。いついかなるとき、いかなる偶然によって、誰と出会ったか。」
あなたと言葉の中で出会ったのも、きっとそういう邂逅だったのだと思います。
というのも、亀井勝一郎の「人生は邂逅である」という言葉との出会いも、偶然出会った方が置いていってくださったものだからです。
その方は、ホテルの支配人をしている老紳士で、一度お話をしただけでしたが、別れ際に亀井勝一郎の言葉を紙に書いて、私に贈ってくださったのです。
そこで、言葉を贈られるというのは大変嬉しいことだと学びました。だからこそ、誰かに言葉を贈り、丁重に受け取る自分でありたいと願うようになりました。
たとえそれが、見知らぬ人でも。手渡しでなくても。
それは、薄くて美しい繋がりを曇らせない自分でありたいという、あなたと同じ感情ではないかと思うのです。
私はあなたのことをよく存じません。こちらもおそらくご覧になっているのではないかという推測で綴っています。けれど、こうして往復書簡をしていることを、薄くて美しい繋がりと呼びたいと思います。
