見返りばかり求めてないで。
今日の調子はどうかな?
ある若い20代新婚夫婦の事例
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毎週日曜日は、1人暮らしの夫の母のところに
夫婦で夕飯を食べに行くことになっている。
ある日、夫より先に義母の家に着いた嫁は
外で義母と立ち話をしていた。
そこに近所の奥さんが通りかかり義母と挨拶をする。
そこで義母はその奥さんに、こう言う。
「あなたはいつもキレイにしていて、えらいわねぇ」
「そのブラウス良く似合ってる」
「本当にあなたは、いつもちゃんとしていて尊敬するわ」
嫁は思った。
義母は人の良い所を見て話せる人なんだと。
素直に会話を聞いていた。
家に入ると義母は嫁に言った。
「あぁ言っとけばね、何かの時には助けてくれるでしょ?」
「あんなブラウス、いつの時代のものよねぇ」
「厚化粧して歳バレバレなのに」
・・・・・・・・え・・・・・・
嫁はショックを受けた。
もともと言葉をそのまま受け取る嫁だったから
かなりのショックを受けた。
義母の裏の顔。
自分の家に帰ってから嫁は、夫にそのことを話した。
すると夫は
「お前にそう言ったのは、おふくろの照れ隠しだよ」
「普通言うだろ? 他人にはそう言っとけばいいんだよ」
同じ思考か。
別の日、義母は言った。
「日曜日にご飯作ってあげるのは、嫁は仕事もしていて忙しいから、日曜日くらい休んでもらいたいからね」
そう言われたら何も言えない嫁。
外食も遠出もできない。
出かけても午後4時頃に嫁が
「歩いてお腹すいたから、ちょっと何か食べない?」
と言うと夫は
「おふくろが飯作ってくれてんだよ」
と持っていた雑誌で、嫁の頭を叩いた。
「我慢しろよ。おふくろに感謝しろよ」
また、
嫁は夫と一緒に自分の親や友達、周りの人に会う時
夫にいつも言われていた。
「余計なこと言うなよ」と。
あれ? と思う嘘を夫はつき続けていた。
自分の都合の良いように。
その後、嫁は気付いた。
何故、嫁は今まで気付かなかったのかと悔やんだ。
自分の性格を考えると、この親子にとっての自分は
扱いやすい「都合の良い嫁」なのだと。
それから全てが嘘に聞こえて来た。
この者たちと、家族でいて良いのか悩むことになる。
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夫と義母。
この親子、どう思う?
私は、どこでどんな嘘をつけばよいか、相手が喜ぶか、
瞬時に考えられるということは、頭が良いのだと思う。
本来の、機転の利く頭の良さはあるのではないか。
使い方を間違えているのではないか。
やがてこの若夫婦は離婚することになるのだが、
義母は自分の都合の良いように、常に見返りを求めているようだ。
そして夫はそれが普通。加えて感謝の強要。
「あれしてやったから、自分に感謝するのが当たり前」
こんな思考だ。
どんな生き方をしてきたのだろうか。
どういう育てられ方をしてきたのだろうか。
優しくされても「自分が前にこうしてやったからだ」と思うのだろうか。
成功したら「自分のおかげ」で
失敗したら「お前のせい」なのだろうか。
give-and-takeでもなんでもない。心がない。
悲しいね。
そういう考え方が悲しい。
(こういう人間のそばにいると、人間不信になることがある。
実際、嫁も離婚してしばらくは人が信じられなくなっていたという)
人生は自分の思うようになどならない。
「感謝」とは強要されてするものでもない。
見返りばかり求めていたら、嘘ばかりつくことになる。
染みついたその「見返り重視」の思考は
そう簡単に本当の「感謝」や「優しさ」に
たどり着くことはできないだろう。
つまり「本当の愛情」もわからない。
それは悲しいことだ。
夫は嫁に言っていたという。
「人間に一番大切なのは『愛』なんだよ」と。
でも夫のそれは受け取るだけの「愛」であって
心から与える「愛」ではなかった。嫁に対しても。
受け取るだけの「愛」しか求めていなかったのだ。
そのために「嘘の優しさ」を振りまいているのだ。
そういうことかと嫁は理解した。
そんなの詐欺師と一緒だと。
本当に優しくされたと思った時、
あの親子は気付くだろうか。
本当の「人間の愛」に気付くだろうか。
自分の愚かさに気付くだろうか。
今、生きづらくないか?
気付いて欲しい。
知らないうちに、たくさんの人の優しさに触れていたんだと。
自分の愚かさを知り、本当の「愛」を理解したら
心から人に感謝でき、人としての生を全うできるのだと思う。
その命が消える瞬間でも良いから。
そう願う。
気付くにはどうしたら良いかを
私自身も考えていきたい。
ってことで、あなたの今日の調子はどうかな?
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