📘 心理ショートショート#34「扉のむこうの、君とスイカ」ー風まかせ文芸部ー
その扉は、図書室の一番奥、誰も読まない百科事典の棚の裏にあった。
つや消しの黒。
触れたくなるほど無愛想で、だけど引き寄せられる何かがあった。
「このドア、さっきまではなかったよね?」
悠真の声に、私はうなずいた。
放課後の教室より静かな図書室で、私たちだけが違和感を抱えていた。
「開けたら、どうなると思う?」
私は答えない。
ただ、胸がどきどきしていた。
まるで、ここから先が物語の始まりみたいで。
悠真は笑って、何のためらいもなくドアノブを回した。
扉の向こうには、見知らぬ世界が広がっていた。
青すぎる空。
浮かぶ島。川辺をゆくスイカ色の舟。
夢とも幻ともつかない風景に、私たちはしばらく声を失った。
「なんか……スイカ、食べたくなってきたな」
悠真のその一言で、私は笑った。
その世界には、いくつもの“私たち”がいた。
ある世界の私は、悠真のことをただの友達だと思っていたし、
別の世界の私は、彼のことが好きでたまらない顔をしていた。
だけどどの世界でも、彼は必ずこう言った。
「スイカって、ちょっと切ない味がするよな」
現実に戻ると、扉は静かに消えていた。
「なあ、この世界の“俺たち”ってさ、どうなるんだろうな」
「たぶん、まだ何も始まってない」
私は言いながら、彼の差し出したスイカバーを受け取った。
夏の終わりにしては、やけに甘い日だった。

💬 神楽坂先生のひと言
世界がいくつあったとしても、
いま目の前にいる“誰か”を選ぶのは、自分の心。
未来も恋も、扉を開けた瞬間に動き始めるのよ。
ドアノブに手をかけたあなたの勇気に、拍手。
👩🏫 神楽坂先生について
学園で国語を教える、冷静で理知的な女性教師。
また、心理学のエキスパートでもある。
恋愛相談の名手としても知られ、的確な言葉とちょっとした毒舌で、
生徒たちの“心のモヤ”を言語化してくれる存在。
もうひとつの顔は、匿名作家 綾瀬 心葉(あやせ・ここは)。
心理学とショートショート文学を融合させた物語作家として、
読者の心を5分でほどくショート作品を連載中。
このシリーズは、そんな彼女が“もうひとつの顔”で描く、
心の機微をテーマにしたショートショート集。
曖昧な関係、言えなかったひとこと、読まれなかったメッセージ──
そんな誰にでもある“感情のほつれ”を、物語として静かにすくい取る。
物語の最後には、神楽坂先生からの“ひと言”も。
感情をことばにすることで、少しだけ心が軽くなる。
そんな時間を、あなたにも。
「感情に名前をつけると、心は少しだけ軽くなるのよ」
🔖 シリーズのご案内
この物語は、
📘 「神楽坂先生の心理ショートショート」 シリーズの一編です。
たった5分で、心が少しほどける話。
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