見出し画像

作品内外で物議を醸す、珠玉の映画『エミリア・ペレス』

作品外で評判を落としてしまう

◇文化芸術は既成の硬直した世の中にクサビを打ち込んで問いを投げかける。この『エミリア・ペレス』ほど作品の内外で波紋を及ぼすものはあまりないかもしれない。

◇昨年のアカデミー賞で最多13部門でノミネートされながら、助演女優賞と歌曲賞の2部門の受賞で終わった。主演女優賞にノミネートされたトランスジェンダー女優、カルラ・ソフィア・ガスコンは過去の人種差別発言が発掘されて授賞式前に糾弾された。また、人気歌手でもあり脇役を務めたセレーナ・ゴメスはトランプ政権の強制移民送還を嘆いた動画を公開。非難されて動画削除を強いられていた。さらに、メキシコを舞台にした作品の内容が、メキシコについて誤った認識を与えて新たな差別を生むと批判された。

◇作品が内容ではなく誰が関わったかで物議を醸すのは昨今よく起こること。日本でも映像作品に関わった俳優が性加害や薬物問題をしでかすことで映画の公開が延期されたり過去の作品が市場から締め出された。自分はある程度致し方ないと思っていたが、『エミリア・ペレス』に関しては行き過ぎもよくないと考えるようになった。

作品自体は大傑作そのもの

◇というのも、映画自体はアカデミー作品賞にノミネートされるだけあって傑作だった。作品賞を獲得しても不思議でなく、助演女優賞を獲ったゾーイ・サルダナは主役の1人と言え、トランスジェンダーを含む多くの女性の生き様が表現される、斬新でとても面白い内容だった。

◇あらすじは次のとおり。『メキシコシティの弁護士リタは、麻薬カルテルのボスであるマニタスから「女性としての新たな人生を用意してほしい」という極秘の依頼を受ける。リタは完璧な計画を立て、マニタスが性別適合手術を受けるにあたって生じるさまざまな問題をクリアし、マニタスは無事に過去を捨てて姿を消すことに成功する。それから数年後、イギリスで新たな人生を歩んでいたリタの前に、エミリア・ペレスという女性として生きるマニタスが現れる。それをきっかけに、彼女たちの人生が再び動き出す。』(映画.comより)。読むだけで興味をそそられる内容となっている。

◇自分には「欲望」がテーマとも思えた。麻薬カルテルのボス、マニタスが性転換したい、麻薬組織から抜け出して新たな人生を始めたいと言うのも欲、また、弁護士のリタがうだつが上がらない現状から立身したいと依頼を請けたのもまた欲の1つだ。でも物語はそれからが本番で、また新たな欲望、願いが登場人物たちの人生を翻弄させていくことになる。性転換しても、自分も家族も内面や心は変わらないし、過去も改変できない。映画はいくつも力強いミュージカル場面があって、140分を超える上映時間でも飽きることがないほど無駄がなく洗練されている。件のカルラ・ソフィア・ガスコンはトランスジェンダー女優で初のノミネート俳優となっていて、裸身の背中がなかなか大きくて印象に残った。絶対にオススメできる映画だ。

作品はある程度不祥事と切り離すべき

◇映画館で観たのち、レンタルされてからも視聴したが、『エミリア・ペレス』はレンタルショップで1つしか用意されていなかった。傑作が興行成績で伸びなかったり、たくさんの人に享受されないのは本当に惜しい。SNSなどによって一瞬で負の情報が拡散される現代は、せっかくの萌芽を焼き尽くす。ならば、そんな悲劇をなくすべく、表現作品を正当に評価する仕組みがあってしかるべきだ。私も拙い文章であるが、1つの発信元でありたい。