賞味期限切れのあなた
「あなた、賞味期限切れね」
その声と共に、私はポイッと捨てられた。
ビルの隙間は暗くて寒く、コンクリートの底冷えが、心の芯まで凍らせる。私はここで、誰にも見つからないように小さくなっていた。
「賞味期限切れの女」――それは、かつて私に浴びせられた言葉だ。
病気ではない。年をとり、可愛げがなくなった。ただ、それだけの理由で私はゴミのように放り出された。
空腹と恐怖で身が震える。
このままでは、凍え死ぬしかない。
生きることを諦めかけた時、影が差した。
見上げると、厳つい大男が立っていた。顔は険しく、全身は分厚い革のコートに包まれていた。
「ヒッ……」
喉の奥で、悲鳴のような、みっともない鳴き声が漏れた。逃げようとするが、身体に力が入らない。
大男は私を、乱暴に、しかし確実に私を拾い上げた。その手はゴツゴツと硬く、私の細い身体が折れてしまいそうだった。
連れて行かれた先は、高層マンションの一室。私はパニックになった。知らない場所。知らない匂い。そして、あの恐ろしい大男。
私は、本能のままに叫び続けた。歯を剥き出し、爪を立て、必死に逃げ出そうともがく。クローゼットの奥に逃げ込み、ベッドの下に隠れ、部屋の隅で唸り続けた。
何日も、何日も。私の抵抗は続いた。
大男は、私の叫び声にも、威嚇にも、決して怒らなかった。ただ静かに、私を捕まえ、温かなお風呂を用意し、程よい味つけの食べ物を用意した。
逃げ出そうとドアの隙間に向かって走れば、彼はすぐに私を捕まえ、暖炉のそばの柔らかい毛布の上に戻す。彼の力には、絶対に勝てない。
しかし、恐怖は徐々に奇妙な安堵に変わっていった。どんなに抵抗しても、彼は私を傷つけない。どんなに叫んでも、彼は私を飢えさせない。
彼は私のことを、「ツナ」と呼び始めた。
『ツナ』
それは、あのひもじい日々から、この温かい部屋へと私を仕立て上げる、新しい呪文だった。
数ヶ月後。
『ツナ』は、ソファの縁で、日向ぼっこをしていた。白く艶やかな毛並みはしっかりと手入れされ、ふさふさの尻尾は満足げにご主人様の肩を叩いている。
喉からは、規則正しいゴロゴロという音が鳴り響く。これこそが、ご主人様の部屋でぬくぬくと過ごす者の特権だ。
ご主人様――あの厳つい大男が、ソファで分厚い本を読んでいる。彼は時折、手を伸ばし、私の頭を撫でる。ツナはもう、その手に怯えない。彼の指の動きに合わせて、心地よさそうに目を細める。
「ツナ。今日のメシは特別だ。最高級のウェットフードだぞ」
ご主人様が立ち上がり、食器の準備を始めた。
私の目に映るご主人様は、あの時ビルの隙間にいた『賞味期限切れの女』を救い、新しい命を与えてくれた、世界で一番偉大な存在だ。
ウェットフードが皿に盛られ、ツナは夢中でそれを平らげた。
お腹がいっぱいになり、ツナは伸びをした。そして、自分の存在を確信するように、小さな鳴き声を上げた。
「ニャア」
ツナの声は、以前の、人間のような悲鳴や叫び声ではない。
それは、愛情と満足が詰まった、一匹の猫の鳴き声だった。
滑り込みセーフ!!
ということで、甘野さん主催の#アマノ文筆クラブの今回のテーマは、『賞味期限のあなた』
自分にゆとりがない事も相まって、なかなか案が思い浮かばず、ギリギリの応募となりました。しかも、ショートショートというより、短編作品になった気が…。
ショートショートと短編の文字数分からないけど🤣
賞味期限って、いつからできたものなんでしょうねぇ🤔
料理人の人達は、確かに賞味期限を気にすると思うんですよね。時間が経って冷めてしまったり伸びてしまった料理はやっぱり美味しくないですもんね。
でも……。
まぁ、これ以上書き進めると、作品からどんどんと離れてしまうので、ここらへんで止めときます(笑)
セラフィナが書く世界観がいいなって思ったら、是非是非メンバーシップのご利用を!
これまでの作品もこれからの作品もお得に読めちゃう!
