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🌹女風土記🌹 新潟県佐渡市 日本女性初の憲法学者・法学部教授 久保田 きぬ子 女史 / Japan’s First Female Constitutional Scholar and Law Professor, Ms. Kinuko Kubota

-「新潟の女 (新潟シリーズ ; 第3集)」(新潟日報事業社 / 文信堂書店 1968)

「人々がプライバシーを強く意識するようになるのに応じて人々は孤独の群衆となり疎外感が強まっていく。それが現代社会における多くの問題の原因となっていることについて考えなければならない。」
"As people become more acutely aware of privacy, they transform into a 'lonely crowd,' and their sense of alienation deepens. We must consider that this is a cause of many problems in modern society."

久保田 きぬ子 女史
Ms. Kinuko Kubota
1913 - 1985
新潟県佐渡市(旧相川町)生誕
Born in Sado-city, Nigata-ken

久保田 きぬ子 女史は日本女性初の憲法学者で法学部教授。専門はアメリカ憲法。日本初のプライバシー裁判を元外務大臣・有田八郎に提案。
Ms. Kinuko Kubota is the Kinuko Kubota is Japan's first female constitutional law scholar and law professor. She specializes in the American Constitution. She proposed the first privacy lawsuit in Japan to former Foreign Minister Hachiro Arita.

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「水平社運動」
 最新の削岩機や西洋式ポンプにロープウェーを導入し、鉱山学校が開設された佐渡、その中心地相川町には、日本各地から学びに来る技術者や観光客で賑わいます。第一次世界大戦がはじまる前年、きぬ子は醤油醸造業を営む父・久保田金五郎 と母・キクのもと誕生します。父母ともに東京外国語大学また日本女学校(現・相模女子大学)で学び教育熱心ながら、「少々ませていた」きぬ子は小学校に入学するまで文字を習うことを禁じられます。相川小学校入学当日の午後、海辺へ連れ出され砂浜を黒板代りにして、母から初めて文字を習います。そして水平社運動(同和問題)にお金をつぎこむ父親の教えのもと、きぬ子は被差別地区の人たちと机を並べて勉強します。

「母子家庭」
 「座布団持ってきて」母親に土蔵に閉じ込められても謝らないきぬ子は、東京の大塚に住む農商務省務めの叔父宅に預けられ、裁判官の娘である叔父の妻から厳しく躾られながら、本郷の真砂小学校に通います。神田三崎町の仏英和高女学校に通う矢先、叔父ならびに父親が急逝。きぬ子は、母親の知人で小学校校長を退いた老夫婦のもとから新潟高等女学校に通います。さらに母親の強い勧めで日本女子大学に通い始めてしばらくすると、相川の屋敷を知人に任せた母・祖母・弟・妹と東京本郷の小さな家で暮し始めます。2・26事件に太平洋戦争、ソ連侵攻、農地改革を、仏教に帰依する母のもと家族で無事乗り切った33歳のきぬ子は、弟の東京大学医学部進学、妹たちの結婚を見届け、家族の熱心な勧めで東京大学初の女子入学者選抜試験に挑戦して合格を果たします。

「日本女性初の憲法学者・法学部教授」
 「父兄は2階に」和服を着て臨んだ安田講堂での入学式で守衛に言われた言葉にショックを受けながらも、きぬ子は美しい文字で書かれた誤字脱字の無いノートを東大初代女仲間たちに貸し出しながら「婦人少年局へ、なんて群れるな。男の中で堂々とやっていきましょう。」卒業後は憲法学者・宮沢俊儀のもと特別研修生として在学、政治学者で東大総長・南原繁とロックフェラー財団の面談を経たきぬ子はプリンストン大学でアメリカ憲法を2年間学びます。帰国後、きぬ子は日本女性初の憲法学者として、東京大学法学部助手、立教大学法学部教授、国連総会政府代表代理、成蹊大学法学部教授、東北学院大学法学部教授、婦人少年問題審議会委員、国立教育研究所評議員、国連大学設立調査会委員、中央教育審議会委員、日本アメリカ学会会長、東京都知事顧問を歴任します。

「プライバシー裁判」
 「私と前妻との私生活に関するのぞき見に過ぎず、納得できない。」三島由紀夫の小説「宴のあと」を巡って裁判を起こしたのは、東京大学法学部から外交官を経て外務大臣を4回歴任、戦争の早期終結による国体維持を訴えた有田上奏文で有名な有田八郎。後妻で料亭「般若苑」の女将・畔上照井と東京都知事選挙に出馬するも敗れ離婚に至る経緯を描かれ抗議します。同郷のきぬ子が事前に提案します。「名誉棄損でなくプライバシー侵害で裁判する方が良い。」マスコミが大きく取り上げる中、東京地裁の石田哲一裁判長は損害賠償の支払いを三島と新潮社に命じる判決を下します。「言論、表現の自由は絶対的なものではなく、他の名誉、信用、プライバシー等の法益を侵害しないかぎりにおいてその自由が保障されているものである。」加えてきぬ子は警鐘を鳴らします。「プライバシーの意味が必ずしもはっきりしないまま広く使われている。」「人間の尊厳の自覚ならびに現代社会の成立を必要とするプライバシーは、私事すなはち私生活上の事柄をみだりに公開しないということに限った方が問題点がはっきりする。」「プライバシーは決して固定的にとらえてはならない。周囲の状況の変化によって従来は問題にならなかった所にも侵害の問題が発生する。」「人々がプライバシーを強く意識するようになるのに応じて人々は孤独の群衆となり疎外感が強まっていく。それが現代社会における多くの問題の原因となっていることについて考えなければならない。」

「佐渡は美しい島でしたけれど」
 きぬ子は母親と同じ敷地内に独立した家を2軒建てると、それぞれの生活を大切にし合い暮らしながら、超多忙な仕事をこなしつつ掃除・洗濯・炊事の面倒を全て見ます。「女性は女性であるということを認識する前に、一個の人間である自覚と責任を持たなければいけないんじゃないか。子供を産めば保育所に預けっぱなし、外に仕事を持てば家庭の仕事ができないのが当たり前という態度からは何の進歩も生まれはしない。」「佐渡は美しい島でしたけれど、人も自然もどんどん俗化し、個性を失い、主体性がなくなっていくのは忍び難いですね。その点、イタリアでもフランスでも古い良さを大切にしようとする心が強いのはうらやましく思います。」「最近の若い者は受動的でおしなべて過保護である。国民全体が戦後一貫して無意識にアメリカに依存し追随しその過保護に甘えている。」「我が国はアメリカを手本にして生きてきた。今では生まれながらの民主主義国家のような顔をして、ほとんどの人が中流意識を持っている。しかし全ては形の上だけのように思えてならない。戦前からの無知と独善は今ではこういう形で生き続けている。」豊かな現代社会の在り方を問いかけながらクリスマスイブに72歳で逝去。

-「献身の生涯 / 久保田きぬ子」(「母たちの世代」原ひろ子 編 / 駸々堂出版1981.7)
-「新潟の女 (新潟シリーズ ; 第3集)」(新潟日報事業社 / 文信堂書店 1968)
-「現代のプライバシーを考える / 久保田きぬ子」(「統計 22(1)」「統計」編集委員会 編 / 日本統計協会1971-01)
-「時の法令 2月3日(1063)」(雅粒社 編 / 朝陽会 全国官報販売協同組1980-02)
-「small is beautiful / 久保田きぬ子」(「公営企業 12(6)」地方財務協会 編 / 地方財務協会1980-09」
-「郷土の碩学 日米比較憲法の権威 国連などで多彩な活躍 久保田きぬ子」(佐渡日報平成9年11月25日)
-「佐渡雑楽⑭プライバシーを世に広めた佐渡人の話」(島の新聞2007/平成19年8月28日)
-新潟文化の記憶館
-「ETV特集シリーズ 日本人と東大 壁と翼~“女子学生2割”の問いかけ~」(NHK2025年3月29日放送)
-佐渡おけさ・選鉱場おけさ 新潟の民謡(NHK放送文化資産)

女風土記 Happywomen
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