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「短編小説」エモ狩り

私は軽率に「エモい」と言う人間がとことん嫌いだ。夕暮れを見ただけでエモい。昔の曲を聴いただけでエモい。あんな浅く薄っぺらい感情に、なんの意味があるのか。仮に複雑な感情を抱いたとしても、口から出るのは一言「エモい」だけ。言語化の労を惜しみ、誰もが使う凡庸な言葉で終わらせてしまう。これは日本人として大変嘆かわしいことである。

だから私は、人々からエモを奪うことにした。

奪うといっても、超常の力を持ち合わせているわけではない。私にできるのは、現場に踏み込み、エモがりの邪魔をすることだけである。

私はこの活動を「エモ狩り」と呼ぶことにした。

初出動は五月、鴨川の三条から四条にかけての西岸であった。

あの一帯は日没の三十分前から一時間が危険帯である。河川敷は「鴨川等間隔の法則」と呼ばれるカップルが並んで座るスポットとして有名であり、川面には対岸の灯りが伸び、東山の方角から風が来る。あまりにも条件が揃いすぎている。
私は堤の上を歩いて標的を探した。と言っても、探すまでもないのだ。等間隔にうじゃうじゃといる。

早速、一組見つけた。大学生と思しき男女。女のほうが「なんかさ」と言った。なんかさのあとに続く言葉は「エモ」しかない。

私は階段を下り、彼らの正面三メートルの位置に立ち、踊った。

ひたすら踊った。

音楽はかけない。

音を鳴らすと、その場に音楽祭のような趣が生じ、かえってエモへ転化する危険がある。

無音で、全力で踊る。

肘を高く上げ、膝を交互に突き上げ、首を鶴のように前後させる。事前に自室の鏡の前で三十分かけて確認した「エモ」とは正反対の動きである。

羞恥は考慮しない。羞恥は任務の障害でしかない。

女は笑った。男はずっと私を睨みつけていた。

これで任務完了である。

私はこのエモ狩りの記録をつけた。日付、天候、日没時刻、標的の人数、使用した妨害手段、そして自己採点。ノートは半年で二冊目に入った。以下は抜粋である。

六月十四日、曇天。木屋町の中古レコード店。棚の前で四十代とおぼしき男が一枚のジャケットを手に取り、そのまま動かなくなった。危険である。私は隣に並び、店内に流れていた曲を半音ずらして口笛で吹いた。男は曲を思い出せなくなったのか盤を棚に戻して出ていった。自己採点八十点。どう妨害すればいいのか一瞬悩んでしまったため、危うくエモがられるところだったからやや減点だ。

八月、花火大会。大規模会場は失敗であった。一発上がるたびに数千人が同時に発症する。私一人では全く手が足りない。以後、当日は自宅で待機し、翌朝の河川敷でボランティアでごみを拾う人々を妨害する方針に切り替えた。ただ、ボランティア活動を邪魔するのは、少しばかり心が痛んだ。

十二月二十四日、京都駅の大階段。点灯を待つ行列の前で紅白の着物を纏い正月のように太鼓を叩いた。途中、警備員に呼び止められた。事情を説明したが理解は得られず、家族の連絡先を尋ねられた。

三月、卒業式。校門前は最激戦区である。私は朝から張り込み、第二ボタンを渡そうとしている男子学生からボタンを奪い取り、生徒たちに四百メートルほど追いかけられた。心拍数は上がったが、悔いはない。

半年が過ぎたころ、私は自分の変化に気づいた。

私は町でいちばん「エモ」に詳しい男になっていた。

任務のために、日没時刻を月ごとに暗記した。雲の量と発症率の相関を体で覚えた。名曲と呼ばれる曲の前奏を諳んじ、その曲を流す店を把握した。桜については、開花より一週間早く、散る場所を予測できるようになった。標的に先回りするには、標的より先にその景色を見ていなければならない。

つまり私は、誰よりも多くの夕暮れを見ていた。

年が明けて、いちばん寒い時期のことである。

夕方の鴨川に、男が一人で座っていた。三十前後、膝の上に紙袋を抱えている。夏なら見送る標的だが、冬の川べりに一人でいる人間はエモがり発症率が高い。私は階段を下り、正面に立ち、いつもどおり踊った。

男は微動だにしなかった。笑いもせず、目も逸らさず、私を正面から見ていた。三分ほど踊って、息が上がったので手を止めた。

「もう少し踊って欲しい」と男は言った。

意味はわからなかったが、断る理由もなかった。私はもう一度踊った。今度は五分ほど踊った。

男は笑った。それから泣いた。意味が分からない。

私は尋ねるべきであった。今あなたが感じているものはなんという名前なのか、言語化してみせろと、いつも胸の内で叫んでいたとおりに。

しかし口は動かなかった。

男は立ち上がり、「君は誰よりもエモい」とだけ言って、三条のほうへ歩いていった。

その夜、ノートを開いたが、自己採点の欄が埋められなかった。

三月の終わり、私はひさしぶりに鴨川へ出た。

標的を探すつもりだった。ところがその日は風が強く、川べりに人がいない。等間隔のカップルもいない。私は誰の邪魔もせずに堤に立っていた。

日が落ちた。

西の空が順に色を変えていった。半年かけて誰よりも見慣れたはずの景色である。にもかかわらず、胸の奥がざわついた。

言語化を試みた。茜、では色の名前でしかない。荘厳、では硬すぎる。名残惜しい、では嘘になる。私は自分の語彙の棚を上から下まで探した。半年ぶんの夕暮れの記録が、どの言葉にも収まらずに散らばっていた。

私は踊りだした。標的はいない。誰の邪魔にもならない。それでも体が動いた。

何故だかは自分でも分からない。でも、踊らなければならなかった。

上流の橋から、学生らしい二人組がこちらを見ていた。風に乗って声が届いた。

「なにあれ」

「知らん。でも、なんかエモいな」

私は動きを止め、顔を上げ、口を開いた。

だが、声は出なかった。

二人は笑いながら向こう岸へ渡っていった。

私は堤に立ったまま、空が暮れきるまでそこにいた。

ノートは、その日から白いままである。

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