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第7話|母なのに迷った日 診てもらえる場所を探し続けた日

ゴールデンウィーク。
お出かけの予定を立てている方も多いと思います。

私も、そんなひとりでした。



ただ――
ひとつだけ、知っておいてほしいことがあります。


もし、この時期に子どもが怪我をしたら。
思っているように、すぐには診てもらえないことがあります。




これは、脅したいわけではありません。

でも実際に、
私は怪我からすぐに処置してもらうことができず、
いくつかの病院を回ることになりました。




その結果、
処置までにかかった時間は、8時間。

最終的には、
全身麻酔での手術になりました。



あのとき、
「まさか自分が」と思っていました。



だからこそ今、
これから出かける方にだけ、伝えたいことがあります。


その日は、特別な日ではありませんでした。

ママ友親子とイベントで遊んだ帰り、
「このあとどうする?」と話していた、いつもの夕方。



前日に、自転車の後ろに付けていた雨よけカバーを夫がなくしてしまい、
このままだと幼稚園の送り迎えで寒い思いをさせてしまう。

そう思って、
近くのスーパーに買いに行くことにしました。

ママ友も「一緒に行くよ」とついてきてくれて、
買い物を済ませたあと、
子どもたちはそのまま遊び場へ向かいました。



すべり台で遊ぶ子どもたち。

他の子がミニカーを滑らせているのを見て、
我が子も真似をして、持ってきていたミニカーで遊び始めました。



そのときでした。



ほんの一瞬、
私とママ友がチラシに目を向けた間に――

我が子は、すべり台から落ちていました。



腕に、まったく力が入らない状態。

最初は、脱臼だと思いました。
でも、違いました。
その日は、土曜日の夕方16時。
すでに外来を終えている病院も多く、
このまま、どこにも診てもらえなかったらどうしよう。
そんな不安が、頭をよぎりました。

ママ友が、
「近くに救急外来のある病院があるから行こう」と言ってくれて、
急いで向かいました。



でも、受付で言われたのは、
「ここでは診られません」という一言でした。

紹介もなく、そのまま断られてしまいました。



仕方なく、近くの病院に電話をかけると、
「17時までに来てもらえれば診ます」と言われ、
慌てて向かいました。



到着は、17時ぎりぎり。

診てくれた先生は、
静かにこう言いました。



「これは脱臼ではなく、骨折です。

ここでは対応できません」




その言葉を聞いた瞬間、
痛みに耐えている我が子の姿が目に入り、
頭が真っ白になりました。


「それなら、救急車を呼んでください」


思わず、強い口調で伝えていました。



乗ってきた自転車はその病院に置き、
付き添ってくれたママ友にお礼を伝えて、別れました。



次に運ばれた病院でも、
すぐに処置してもらえるわけではありませんでした。



「小児の麻酔ができる医師が、今いません。
ここでは治療できません」



その言葉に、
正直、目の前が暗くなるような気持ちになりました。



それでも、立ち止まっている時間はありませんでした。

鎮痛剤の処置と、次の病院の手配をお願いしました。



そして、ひとつだけ、伝えました。

「小児麻酔科医の方が今いないことが
分かっているなら、
そもそも受け入れなんて難しかったのではないですか」




責めたいわけではありませんでした。

ただ、目の前で痛みに耐えている我が子を見て、
どうしても、言わずにはいられませんでした。

次に運ばれた病院では、
ようやく診てもらうことができました。



ただ、ひとつ問題がありました。

小児の麻酔ができる医師がいなければ、
手術は3日後になると言われたのです。



正直、その言葉を聞いたとき、
また時間がかかるのかと、気が遠くなるような思いでした。



それでも、すぐに連絡を取ってくださり、
医師が来てくれることになりました。



この時、夜の22時。

手術は23時から始まり、
およそ1時間で無事に終わりました。



夜の病棟は、静かな暗闇に包まれていて、
昼間とはまったく違う空気が流れていました。



その中で働く方々の姿を見て、
これが日常なのだと感じました。



私たちが安心して過ごせている裏側には、
こうして支えてくれている人がいる。



あの夜の光景は、
今でも忘れられません。

そして、心から感謝しています。

手術後、看護師さんからこう言われました。

「全身麻酔が切れる頃に、嘔吐することがあります。
血圧が安定するまで、そばで見ていてあげてください」



私は、そのまま眠らずに、
ベッドの横で育児本を開いていました。

ページをめくっていても、
内容はほとんど頭に入っていなかったと思います。

ただ、そばにいることしかできませんでした。



夜の病棟は冷え込んでいて、
看護師さんが電気毛布を貸してくれました。

そのあたたかさに、
少しだけ気持ちがほどけたのを覚えています。



やがて、明け方。

血圧が安定したことを確認して、
「もう少し休んで大丈夫ですよ」と声をかけてもらいました。



我が子の隣で、
ようやく目を閉じることができました。

遊びに夢中になっていると、
気づかないうちに疲れがたまり、
注意力が落ちてしまうことがあります。



あの日も、
用事を詰め込まずに、
夕方の時点で自宅に戻っていればよかったと感じています。



どれだけ気をつけていても、
防ぎきれないことはあります。

それでも、
少し余白を持たせることで、
防げる場面もあったのかもしれません。



手術後、ギプスをつけると、
今までの服がそのままでは着られなくなりました。



前開きの服でも、
ボタンが閉まらなかったり、
お腹が冷えてしまったり。



そこで、簡単にできる工夫をいくつか試しました。



・タオルで腹巻きを作る
 →お腹に巻いて、マジックテープで留めるだけ



・長袖の服をアレンジする
 →ギプス側の袖だけ半袖にカット
 →脇のラインを少し開いて、スナップボタンで留める



どれも小さな工夫ですが、
日常を少し過ごしやすくしてくれました。



完璧にやろうとしなくても、
できる範囲で整えていく。



👉ギプス生活で困ったこと、
        こうやって乗り切りました。

   👉誰かの役に立てば嬉しいです





それだけでも、
気持ちは少し楽になると感じました。


だからこそ、

少し余裕を持つこと。
ひとりで抱え込まないこと。
できる範囲で整えていくこと。



それだけでも、
守れるものがあるのだと感じました。



もし今、同じように不安を抱えている方がいたら、
この記事が、ほんの少しでも役に立てば嬉しいです。



これからも、
子どもとの関わりの中で迷ったこと、学んだことを
正直に書いていきます。




月曜日、幼稚園へ連絡し
怪我の経緯をお伝えしました。

医師からは「火曜日から登園して大丈夫」と言われていたため、
その旨もあわせてお願いしました。



これで、ひとまず安心できると思っていました。



でも、その日の夕方。

思いがけないことが起こります。



幼稚園の園長先生が、
自宅まで来られたのです。

「担任の先生が腰を痛めてしまって…
トイレの介助が難しくて、来ていただけませんか」



一瞬、何を言われているのか分かりませんでした。



まさか、
自分が幼稚園に行くことになるなんて。



でも、断るという選択は、
そのときの私にはありませんでした。
一緒に登園するにあたって、ひとつだけお伝えしました。

「私が見られるのは、怪我をしている我が子だけです。
他のお子さんまでは、責任を持てません」



その条件であれば、ということで、
一緒に登園することになりました。



正直に言えば、
仕事をしていなかった私には、
断るはっきりとした理由もありませんでした。



それに、
園での様子を自分の目で見てみたいという気持ちもありました。



そしてもうひとつ。

12月に予定されていた親子イベントのこともあり、
今のうちに関わっておきたい、と思ったのです。



こうして私は、
我が子と一緒に幼稚園へ通うことになりました。

あの日から始まった、我が子と一緒に通う幼稚園生活。
思っていたよりも、ずっと濃い1ヶ月になりました。

※現在は大きな後遺症もなく、元気に過ごしています。あの時支えてくださった方々には、今でも感謝しています。

よければフォローして、
続きも読んでいただけたら嬉しいです。



▶はじめての方へ
この話はシリーズで書いています。
・第0話 母親なのに迷った日
・第1話:菓子折りを断られた日
・第2話:懇談会で限界だった日
・第3話:子どもの発達相談に行くまで
     迷いながら決めた一歩
・第4話:あの日、言葉で傷つけた
・第5話:声かけを変えた日 ペアトレで学んだこと
・第6話:できない、ばかり見ていた でも、このままでいいと思えた


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