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【2分で読めるエッセイ】ニンジン畑でみつけたもの


–––高三の春休み–––
 
 見渡す限り、ニンジン畑が広がっている。
何列にも規則正しく並んだニンジンを一列、また一列と掘り進めていく。
三列目に差し掛かったところで
「休憩しようか」と、遠くから声がかかった。
その一言を待っていたかのように、「はい!」と元気よく返事をする。
腰を落として作業していたせいで、腰から背中にかけて痛みが走り、
おもわず顔がゆがむ。
「けっこう体力使いますね」と弱音を漏らすと
僕の顔を見てSさんは「そうなんだよ」とやさしい笑顔でこたえた。
 
 春休みの間、友達の紹介で農家Sさんの手伝いをすることになった。
Sさんは温厚で、笑顔がやわらかい。送り迎えの車の中では、楽しい話をしてくれて、帰りにはたくさんの野菜をお土産としてもたせてくれる。
 Sさんは僕が手伝いに来てくれたことを、とても喜んでくれた。
期待に応えたくて張り切ってニンジン収穫にのぞんだけど、実際にやってみると、とても重労働で、すぐにヘトヘトになった。普段なに気なく食べている野菜に、こんなにも農家さんの手がかかっているなんて思ってもみなかった。
 
「疲れたでしょ」
Sさんがコーヒーを飲みながら言う。
「こんなに手間がかかるなんて知りませんでした」
「無理しない程度に頑張ろうね」
 
そのとき、コーヒーを持つSさんの手がふと目に入った。
 
(お、おおきい……)
 
 まるでゴーレムみたいに大きくてごつごつとした手。おもわず笑いが込み上げてきて、笑いが止まらなくなってしまう。
「何で笑ってるの」とSさんは不思議そうに笑いながら聞いてくる。
ついに僕は笑い崩れて
「いや、その……手が、すごく……」
 

失礼を承知で、思い切ってお願いしてみた。
「よければ触ってみてもいいですか」
 

 興奮をおさえながら骨董品をながめるようにじっくりと観察する。
Sさんの手はやわらかくて厚みがあり、たくさんのシワが刻まれていた。そして不思議なほどあたたかかった。
 その手はまさに”ベスト・オブ・ザ・ハンド”である。
これまで見てきた手の中でいちばん想像力をかきたてられる手だった。
 その日から僕はSさんの手を見ることが密かな楽しみになった。
まるで、手に隠された秘密を探ろうといている探偵のような気分で。
 
 

 「当時はかなり落ち込んでいたんだよ」
ある日、農場で一緒に働いている女性のNさんが運転をしながら助手席の僕に話してくれた。
Sさんの奥さんが数年前に病気で亡くなったのだという。
 僕は何も言えないまま、ただ車窓から見える景色を眺めていた。
Sさんの手が、不思議なほどあたたかい理由が、なんとなくわかった気がした。
 母がいつも「手が乾燥する〜」と嘆きながら、ハンドクリームをぬっていたことを思い出した。朝も夜も、季節を問わず毎日、洗濯やら皿洗いで手を酷使する。母の手は家事を頑張っている人の手だった。そして家族を守っている手でもあった。
 長く生きるうちに、手に生きてきた歴史が刻まれていくのかもしれない。
 
今はまだ、
僕の手は何も語らない。
でもいつか、誰かを優しく包めるようなおおきな手になりたいと思った。
ニンジン畑で、そんな気持ちを見つけた。
 
 
 休憩はほどほどに、ニンジンの収穫を再開した。
ニンジンを掘り起こす手の感触を、ゆっくりと確かめながら。

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