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FabCafe Osakaを、都市のインターフェースとして考えてみる|大阪・南森町のカフェから、人とまちが出会う場所の役割を考える

カフェという場所は、少し不思議です。

ちゃんと目的があるようで、なくても入れる。

誰かと会うために行くこともあれば、ひとりになるために行くこともある。仕事をしている人がいて、ただぼんやりしている人もいて、打ち合わせをしている人もいる。

同じ空間にいるのに、みんな違う時間を過ごしている。

オフィスほど閉じていない。
ギャラリーほど緊張しない。
イベント会場ほど目的が決まっていない。
でも、ただの通り道でもない。

この中途半端さが、けっこう大事なのではないかと思っています。

FabCafe Osakaを「カフェ」と呼ぶとき、たぶんこの中途半端さも含めて呼んでいる。

撮影:norico uemura

大阪・南森町にあるカフェ。
天満のまちからも近い場所。
コーヒーが飲めて、ランチもできて、作業もできる。

でも同時に、イベントがあり、展示があり、ワークショップがあり、企業の相談があり、アートやテクノロジーやものづくりの話が立ち上がる場所でもある。

FabCafe Osakaについてはこちらにまとまっています。

カフェは、目的がなくても入れる場所

イベントに行くには、少し目的がいる。

このテーマに興味がある。
この人の話を聞きたい。
何かを学びたい。
誰かに会いたい。

そういう理由があって、はじめて申し込む。

ギャラリーに入るときにも、少しだけ構えがいる。何かを見に行く場所だからです。オフィスに入るには、もっと明確な用件がいる。誰に会うのか。何の打ち合わせなのか。何時から何時までなのか。

でもカフェは、少し違う。

コーヒーを飲む。
少し休む。
誰かを待つ。
パソコンを開く。
外を歩いていて、ちょっと入る。

そのくらいの小さな理由で入ることができる。

FabCafe Osakaも、最初から「プロジェクトやりましょう!」と言われる場所ではありません。もちろん、そういう相談もできます。でも入口はもっと低くていい。

普通にコーヒーを飲みに来る。
ランチを食べに来る。
南森町で少し時間が空いたから寄ってみる。
イベントの前に様子を見に来る。

そのくらいでいい。

この低さが、実は強いのだと思います。

都市の中で、新しい人や活動に出会う場所が、最初から気合いのいる場所ばかりになると、人はなかなか入れない。興味はあるけれど、自分が行っていい場所なのかわからない。そう感じる人は多いはずです。

だから、カフェという形式には意味がある。

コーヒーを飲むという小さな理由が、人と場所のあいだに最初の接点をつくってくれる。

日常の横で、何かが始まっている

FabCafe Osakaでは、日常のすぐ横で、何かが始まっていることがあります。

撮影:norico uemura

コーヒーを飲んでいる横で、イベントの準備が進んでいる。

展示を見に来た人が、帰りにカウンターで少し話している。

企業の人とクリエイターが、まだ企画書になる前の話をしている。

蒸留器のまわりに人が集まって、これは何の香りだろうと話している。

まち感性ラボのような活動が、カフェの空気の中で少しずつ立ち上がっていく。

まちの感性を観察し、言葉にしていく活動として、まち感性ラボも始めています。

https://fabcafe.com/jp/labs/osaka/machi-sensibility-lab

ここで大事なのは、「すごいことをやっています」と言いたいわけではないことです。

むしろ、日常の中に、少しだけ出来事が差し込まれている。

その感じが大事なのだと思っています。

何かの展示があるからといって、全員がそれを真剣に見なければいけないわけではない。イベントがあるからといって、カフェにいる全員が参加者になるわけでもない。

でも、そこに何かがあることは感じている。

あれは何だろう。
今日は何かやっているのかな。
この人たちは何を話しているんだろう。
ちょっと面白そうだな。

そのくらいの薄い関心が、都市にはけっこう大事なのではないかと思います。

都市の文化は、いつも強い参加意識だけでできているわけではありません。むしろ、なんとなく見かける。少しだけ気になる。次に来たときに話しかけてみる。そういう弱い接点の積み重ねで、少しずつ場所の意味が変わっていく。

FabCafe Osakaでは、イベントや展示やワークショップが、日常から切り離された特別な時間としてだけ存在しているわけではありません。

カフェの時間の横に、少し混ざっている。

イベント情報はこちらから見ることができます。

https://fabcafe.com/jp/events/osaka/

都市には、用途になる前の場所が必要なのではないか

都市には、用途がはっきりした場所がたくさんあります。

働く場所。
買う場所。
学ぶ場所。
見る場所。
住む場所。

それぞれに役割があり、機能があり、管理があり、効率があります。それはもちろん大事です。都市は、ある程度用途が整理されていないと動かない。

でも一方で、何かが始まる前には、まだ用途になっていない時間があります。

雑談する。
違和感を話す。
誰かに偶然会う。
試しに見せてみる。
まだ企画書にならないことを考える。
名前のついていない関心を、誰かに少し話してみる。

こういう時間は、どこに置けばいいのだろうか。

会議室だと、少し固い。
イベントだと、少し目的が強い。
オフィスだと、関係者の場所になりやすい。
路上だと、立ち止まるには少し難しい。

だから、カフェが効いてくる。

カフェは、何かを始めるための場所というより、何かが始まる前の状態を受け止める場所なのかもしれません。

まだプロジェクトではない。
まだ企画ではない。
まだ作品ではない。
まだ事業ではない。
でも、何かになりそうな気配はある。

FabCafe Osakaは、その「用途になる前」の時間を受け止める場所でもあると思っています。

都市のインターフェースとしてのFabCafe Osaka

インターフェースとは、何かと何かが出会う接面です。

コンピューターの画面だけの話ではなく、人とシステム、人と道具、人と環境が出会う場所もインターフェースだと考えることができます。

都市にも、インターフェースが必要です。

人とまち。
日常と創造。
企業と地域。
アーティストと生活者。
大阪と世界。
南森町と未来。

それらがいきなり深く接続することは、あまりありません。

まずは、少し触れる。
少し話す。
少し見る。
少し居合わせる。
少し気になる。

その接面が必要になる。

FabCafe Osakaは、それらをカフェという形式でつないでいる場所です。

だからここは、大阪・南森町のカフェでありながら、都市のインターフェースでもある。

大きな言葉に聞こえるかもしれません。

でも、実際にはとても小さなことから始まります。

コーヒーを飲む。
展示を見る。
隣の会話が少し気になる。
イベントのチラシを見る。
スタッフに話しかける。
帰り道に、南森町や天満のまちが少し違って見える。

撮影:norico uemura

そのくらいの変化です。

でも都市体験は、たぶんそのくらいの小さな変化から始まる。

カフェから都市体験が始まる

都市の価値は、建物や人流だけで決まるわけではありません。

どれだけ人が来たか。
どれだけ売上があったか。
どれだけ効率よく使われたか。

そうした指標はもちろん必要です。

でも、それだけでは測れないものもある。

その場所で人が何を感じたのか。
誰と出会ったのか。
どんな会話が生まれたのか。
帰り道に、まちの見え方が少し変わったのか。
次に何かをしてみようと思ったのか。

僕は、そういうものも都市の価値だと思っています。

この考え方は、僕が進めている感性都市論にも少しつながっています。

感性都市論というと少し大きな話に聞こえるかもしれません。

でも、出発点はとても素朴です。

ある場所に行ったあと、なぜか少し気分が変わる。
いつも通っていたまちが、少し違って見える。
知らない活動に触れて、自分の中の関心が動く。
その場所で出会った人の言葉が、あとから効いてくる。

そういう経験は、都市の中に確かにあります。

FabCafe Osakaでコーヒーを飲むことも、その入口になり得る。

展示を見る。
イベントに参加する。
ワークショップに出る。
誰かの話を聞く。
まだ知らない活動に少し触れる。

そのあとで、南森町や天満のまちを歩くと、来る前とは少しだけ違って見えるかもしれない。

それはとても小さなことです。

でも、都市と人の関係は、そういう小さな変化の積み重ねでできているのではないかと思います。

まずは、普通に来てもらえたらいい

FabCafe Osakaは、都市のインターフェースです。

と言い切ることもできます。

でも、それだけだと少し硬い。

なので、まずは普通にコーヒーを飲みに来てもらえたらいいと思っています。

撮影:norico uemura

南森町でカフェを探している。
天満の近くで少し作業できる場所を探している。
大阪でイベントや展示ができる場所を探している。
クリエイティブな人や活動に少し触れてみたい。
でも、いきなり深く関わるのは少し緊張する。

そんな人に、まず来てもらえたらうれしいです。

その横で、何かの展示があるかもしれない。
イベントの準備をしているかもしれない。
誰かの会話が少し聞こえるかもしれない。
見たことのない道具や素材が置かれているかもしれない。
スタッフに聞いてみたら、思っていたより話が広がるかもしれない。

そのくらいの小さな入口から、まちの見え方が変わることもある。

カフェは、都市の入口になる。

というよりも、もう少し普通に言えば、

街を知るために、まずカフェに行ってみる。

それくらいの感覚でいいのだと思います。

FabCafe Osakaへのアクセスはこちらです。

大阪・南森町のカフェとして。
天満のまちに近い場所として。
イベントや展示やワークショップがある場所として。
そして、まだ名前のついていない何かが始まる前の場所として。

FabCafe Osakaを、少しずつ使ってもらえたらと思っています。

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