怒りの解放
〜ため込まず、健やかに手放すという選択〜
はじめに
2025年4月。
私はどうしても我慢できない怒りを経験しました。
それは、自分の新たな挑戦を、初対面で全否定してきた相手の言葉。
一見、流せそうな出来事でしたが、時間が経てば経つほど腹が立つ。
「そんなやつ、言わせておけばいい」と頭では分かっていても、感情がついてこない。
そして――
この出来事を通して、怒りとどう向き合うか、どう扱えば心を守れるのかを、身をもって体験しました。
今回はその体験と、学校現場で感じていた「怒り」との向き合い方について書いていきます。
1.きっかけは「否定された悔しさ」
今年の4月、初めて会った人から自分の挑戦を全否定されました。
その場では「はいはい」と流したものの、じわじわと怒りが込み上げてきました。
一晩寝ても消えないモヤモヤ。
「どうしてあんな言い方をされなきゃいけないんだ」
「なぜ、あの人に自分の思いを否定されなきゃいけないんだ」
そして気づけば、その怒りはどんどん大きくなっていったのです。
2.段ボールと叫びで怒りを放つ
そんなある日、妻に怒りの気持ちがおさまらないことを打ち明けたところ――
「何か物にぶつけよう」と提案されました。
最初は「そんなことで…」と内心思っていましたが、
家にあった捨てずに残していた段ボールを潰して殴ってみると――
思った以上にスッキリ!!
最後には渾身のグーパンチ。
想像の何倍もスッキリした自分がいました。
数日後、また怒りがこみ上げてきた時は、車の中で大声で叫んでみることに。
通行人がいないのを確認して、叫ぶ!
「※文字には表せません(笑)」
これも、心の奥に溜まっていたものがスーッと抜けていくような感覚でした。
3.怒りは「ためずに出す」ことで解放される
段ボールを殴る、大声で叫ぶ――
一見、原始的で単純な行動に思えるかもしれません。
でも、この2つの体験を通して感じたのは、
怒りを外に出すためには、実はかなりのエネルギーが必要だということ。
そして、もしもこれらの怒りをため込んだままだったとしたら――
その強力なエネルギーが、自分の心の奥に居座り続けていたかもしれないと思うと、
ゾッとするほど恐ろしくなりました。
「ためずに出す」こと。
これは、心を守るうえでとても大切なことなんだと改めて実感しました。
私自身、よく人に「ため込まずに吐き出すといいよ」とアドバイスしてきましたが、
いざ自分のこととなると、意外とため込むタイプだと気づかされました。
怒りは悪者ではありません。
でも、無視したり抑え込みすぎたりすると、自分を苦しめるものになってしまう。
※もちろん、人や家具、公共の物にあたるのではなく、
大声を出しても周囲に迷惑をかけない「安全な場所・方法」で行うことが大前提です。
4.学校現場で感じていた違和感
〜「怒らないの!」に隠れたメッセージ〜
学校現場にいた頃、怒りを抑えきれない子に対して、
「怒らないの!」「落ち着きなさい」と注意する場面を何度も見てきました。
でも、当時から私はその言葉に違和感を覚えていました。
怒るという感情そのものは、自然な反応です。
人間だからこそ、理不尽さや悔しさ、悲しさから怒りが湧いてくる。
それをただ「ダメ」と否定するのは、感情の存在を否定することにもなりかねません。
私は心理学を学ぶ前から、こう思っていました。
「怒ること自体は仕方がない。大切なのは、その怒りをどう扱うかだ」
たとえば、誰かを殴ったり、暴言を吐いたりすれば、もちろん許されない行動になります。
でも、安全な方法で感情を放出することまで否定する必要はないはずです。
誰もいない教室で思い切り叫ぶ
クッションを叩く
紙をビリビリに破る
そういった方法が、心を壊さずに怒りを外へ出す方法としてあってもいいのではないでしょうか。
特に子どもたちは、感情のコントロールが未熟です。
「怒るな!」と言い聞かせるだけでは、気持ちを押し殺すしかなくなってしまいます。
やがて、自分の思いを言葉にできない子になってしまうかもしれません。
だからこそ、感情を押さえつけるのではなく、上手に出す方法を教えてあげること。
それが、感情との付き合い方を学ぶ、第一歩になると思うのです。
おわりに
〜怒りと向き合うことは、自分を大切にすること〜
怒りを感じること、それ自体は悪いことではありません。
それだけ本気で生きている、何かを大切にしている証拠です。
でも、その怒りに飲み込まれないこと。
自分の心を壊さないように、「出す場所」と「出し方」をもつこと。
それが、自分自身を守るということにつながります。
そしてこれは、子どもにも大人にも共通して言えること。
「ちゃんと怒ってもいいよ。でも、それをどう扱うか、一緒に考えよう」
そんな言葉を、私自身これからも大切にしていきたいと思います。
