日記小説『桜片時の追憶』
春風を含んだ空気が揺れると、街角の小さな公園で桜がほころびる。
淡桃の花びらは木漏れ日に瞬きながら舞い、空がそっと息をつくようだった。
ベンチに腰掛け、わたしはひらり、ひらりと降る一片を見つめる。
積もる花びらの数だけ、世界は春の音色に満ちていく。
父親に手を引かれた子どもが、桜のシャワーにはしゃいでいる。
その声もまた、この春色の世界を踊らせているのだろう。
背に触れた木製ベンチの温もりが、この場所に刻まれた時間を知らせる。
かつて誰かと重ねた足音も、確かにこの地に息づいているのだろう。
夕暮れの縹色(はなだいろ)が影を伸ばすと、
桜の翳(かげ)は消えゆく定めを帯びながら、
やさしい詩の一節となってわたしを誘う。
掌の中の花びらをそっと解き放ち、
わたしはまた、淡い季節を胸にひとつ重ねた。
【あとがき】
突然、この世界から1人取り残されたような気持ちになることがある。
長い道のりを一歩ずつ重ねたはずの足跡も風化して、自分はどこにいるのか、どこに向かっていたのかもわからない。
それでも、そこに降るわずかひとひらの花の色さえ感じることができたなら、それが次の一歩への合図なのだろう。
