光のねこ、トラジロウ
こんにちは、菜花あさとです。
創作をされている方なら、その中で、自分の運命を変える幸福な出会いを、経験されたことがあるかと思います。
わたしがそのねこに出会ったのは、2021年の夏の終わり。
ある日、通勤中に信号待ちをしていたら、一ぴきのねこが、わたしの頭の中にふいと現れてきて、こう名乗りました。
「わたくし、せんたく屋トラジロウと申します。」
まるであの柴又の寅さんのように、愛嬌たっぷりに。
「あなたのカナシミ、クルシミ、どんなシミも落としてさしあげますよ」
わたしはバス停まで来ると、あわてて、ねこのことばをスマホに入力しました。
そのころのわたしは、完全に行き詰まっていました。
心身ともに不調は続いていましたし、一人で続ける創作は、ふわふわぼんやりした感覚頼み。
全く成長しないし、当然結果は出ません。
だからといって、創作教室に通うのも添削講座に出してみるのも、人がこわくて、自分の書くものを否定されるのもこわくて、何にもできませんでした。
できないできないと言い続ける。
やめたいやめたいと思い続ける。
でも、もうわたしにはこれしかないのに、と思い詰める。
その繰り返しを、何十回、何百回やったか分かりません。
そこへ、トラジロウというねこがやってきたのです。
ねこのことばに、びびっと来ました。
「カナシミ、クルシミ・・」
それまでは、ほんわかあたたかい話を書けばいいんでしょ? 童話なんだから、といういい加減な態度で書いてきました。
でも、そうじゃない。
かなしみ、くるしみ、おかしみ、さびしみ・・。
生きることには、必ず影がつきまとう。
その影によって、こころについた様々なシミ。
それを子どもの目線で、子どもの日常の中で書けたら。
トラジロウというねこに、少年たちのこころを託してみたら・・。
感じたことのない興奮の火が、胸にぽおっと灯りました。
この話は、わたしが書く。
童話賞の過去の受賞作を十年分読み込み、外してはならないエッセンスを胸に刻み、トラジロウの物語を書き始めました。
必ず入賞する。
作品集に掲載してもらう。
より多くの人に読んでもらいたい。
これでダメなら何があるんだ、と思えるまで、推敲を繰り返しました。
トラジロウと主人公の男の子に真正面から向き合う、必死で楽しい時間でした。
「あとは頼むよ、トラジロウ。」
郵便局を出た後、秋の空につぶやきました。
年明けの発表の日、郵便通知は間に合わず、先にHPを見ました。
佳作 せんたく屋トラジロウ
・・あった。
これ、わたしのトラジロウ、だよね?
あの、ばあっと全身に血が走っていく感覚を忘れません。
信じて、力を尽くしたことが通じた。
もう価値はないと思っていた自分に、やれることがあった。
この得難い経験が、不調に悩んでいたわたしの再出発につながっていきました。
一人きりの闘いをやめ、通信添削を始め、書くことの基本から教えていただくようになりました。
日本児童文芸家協会の門をたたき、何でも話せる友人や先輩方と出会うことができました。
だから、トラジロウはわたしにとって、光の道を示してくれたねこです。
書くということの楽しさを教えてくれた、とくべつなねこ。
もちろん、創作は大変。でも、ああ、きっついなぁと感じることはあっても、苦しくはないのです。
わたしの中で、本物の苦しさというのは別のところに分類分けされています。
その区別は、忘れずにいたいです。
トラジロウはいま、入賞作品集の中で生きているけれど、わたしの中でもずっと生きています。
そろそろ、続きを書いてみたい気持ちです。
