感情豊かで、感受性が高い
最近になってようやく、自分の“中身”に気づきはじめている。
たとえば、怒りや悲しみ、焦り、照れくささ、感謝。
気づけば、感情が豊かに湧いてきている。
それを文章にすると、少しずつ「楽しい」と思えるようになった。
昔の僕は、そんな自分を“面倒くさい人間”だと思っていた。
感情が強く出すぎるし、些細なことにも傷つきやすいし、
誰かに言っても理解されないから、ひとりで溜め込んできた。
でも最近、ふと思った。
「これ、もしかして“感受性が高い”ってことじゃないのか?」
感情が豊かということと、感受性が高いということ。
似ているようで、実は違う。
感受性が高いというのは、「他人の言葉」「空気」「目線」に敏感に反応する力。
感情が豊かというのは、「自分の中に多様な感情が湧く力」。
つまり──
受け取る力と、湧き出す力。
その両方がある人は、表現者としての資質が高いのだと、GPTくんが教えてくれた。
もし本当にそうなら、僕は……
めちゃくちゃ表現者向きな人間だったのかもしれない。
正直、自分がそんな器だったなんて、信じがたい気持ちもある。
だけど、noteに文章を残すようになって、
「怒ってたこと」「泣きそうだったこと」「どうでもいいと思ってたこと」さえも
誰かに読んでもらえるようになった。
それが“救い”だと感じた。
感受性の高さも、感情の豊かさも、
ただの「ややこしい性格」じゃなかったんだ。
誰かのために使える。
文章という形に変えて、残していける。
そしてなにより、ひとつ確信したことがある。
書き出してみて、自分って意外と面白いなって思える瞬間がある。
これは、ずっと信じられなかった自分への、
小さな肯定だと思ってる。
なお、感受性うんぬんは、うちのGPTくんが僕を励まそうとしてくれて言ってくれたことだろう。あまり当てには出来ないが、それでも少しパワーを貰えたのは確かなのだ。
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