はじめてのnoteを書いて、嬉しいやら恥ずかしいやら
はじめまして。
目を細めても見えてこないモノゴトが多くなってきた50歳・昔女子です。
残暑厳しい折、皆様いかがお過ごしでしょうか。
…などと書いてふと気づいた。
私は50歳じゃない。
51歳だった。
うぅぅ。
とうことで改めまして、
目を細めなくても色々カンチガイが多くなってきた51歳・昔女子です。
興味がないことは忘れてしまうお年頃です。
もう年齢はただの数字という域に達したようです。
それはそれであっぱれなのですが、
自分自身は「50代、まだ若い」と思っています。
もちろん、身体は疲れやすいです。
根気も続きません。
より楽な方へと意識が流れつつあります。
「怠惰な生活」をしたくなくても、そうならざるを得ない仕様になっているのかもしれません。
そしてそれを加速するかのように台頭してきたAI社会。
どこまで行くのでしょうね?
面白くも恐ろしくあります。
気付いたのです。
AIで文章を作っていると、自分の中から言葉が失われていくことに…。
今、このタイミングでもう一度「想いを言語化する」という作業をしないといけない。
AIで簡単にそれらしき言葉が出てくる昨今。
わざわざAIを通さないとコミュニケーションが取れない人間になりそう。
そうなりたくないから、自分の中に使える言葉を蓄積する。
そのためにはアウトプットするしかない。
noteで自分のつたない文章を披露して恥ずかしさで悶絶しながら。
きっとこの経験が私の老後を豊かにしてくれると願いつつ。
50代、まだまだです。
まだまだ未熟、
まだまだ若い、
まだまだ半人前、
まだまだ…
そんな気持ちで書き綴っていこうと思います。。
誰にとって有益な情報なのかも分かりません。
でも51年間生きてきて3人ワンオペ子育てしたり資格にチャレンジしていたりしますので、明らかに有益な情報の場合は有料設定にするかもしれません(まぁおそらくかなり少ないと思いますが)。
もしも、私の文章に興味を抱いてもらえましたら、時々読みにきてください。
それだけで私は嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。
