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noteは自動販売機にはならない|誤解と過去記事が読まれない実態

こんにちは、エイトです✌️☺️


「noteは自動販売機」


こんな言葉を見かけたこと、
ありませんか。


一度作ってしまえば、
あとは寝ている間も、
仕事をしている間も、
勝手にお金が入ってくる。


そんなイメージで
語られることが多い表現です。


正直、
私はこの例えに、
ずっと違和感を持っていました😓


もちろん、
目的は人それぞれです。


副業として結果を出したい人もいれば、
書くこと自体を楽しみたい人もいます。
そこに口を出すつもりはありません。


ただ、
9ヶ月以上、
毎日note を書き続けてきた身として、
どうしても実感と合わない部分があったんです。


今日はその違和感の正体を、
私なりに言葉にしてみようと思います。



自動販売機と、noteの購入は根本的に違う


自動販売機って、
目の前を通りかかった人が、
喉が渇いていて、
小銭があれば、
反射的にボタンを押す装置ですよね。


そこに、
深い判断はほとんど要りません。


でも、
noteの購入って、
どうでしょうか。


タイトルを見て、
記事を開いて、
中身を読んで、
「これは自分に必要だ」と感じて、
ようやく購入というボタンが押されます。


その間には、
何段階もの人の心の動きが挟まっています。


一般的に言われる
「自動販売機」のイメージとは、
実はまったく逆の構造なんです。


無条件で、
反射的に売れていくものではなく、
読む人の納得があって、
はじめて成立するもの。


そう考えると、
あの例えは、
noteという場所の実態から、
少しずれているように感じます。



実際にやってみて、わかったこと


私は今、
9ヶ月以上、
毎日欠かさずnoteを書き続けています。


その中で、
過去に書いた記事へのリンクを、
新しい記事の途中や最後にコツコツと
貼るという工夫を続けてきました。


読者が過去の記事にもたどり着けるように、
いわば自分だけの導線づくりです。


これを続けたことで、
実際に過去記事が読まれる回数は、
少しずつ増えていきました😌


正直、
うれしい変化でした。


でも、
ここで一つ、
素直に言っておきたいことがあります。


ダッシュボードを開いて数字を見ても、
それは決して大きな数字ではありません。


微々たるもの
というのが率直な感覚です💦


9ヶ月間、
毎日書きながら、
地道にリンクを貼り続けて、
それでもこの結果です。


もしnoteが本当に自動販売機のようなものなら、
こんなに苦労しているはずがないんですよね。



反応が伸び悩む時期に、
実際に試してきたことは
こちらにまとめています👇️



過去記事は、放置すれば埋もれていく


これは私の感覚だけの話ではなさそうです。


noteに関するいくつかの分析記事を
調べてみると、
記事への反応(ビューやスキ)は、
投稿から数日でピークを迎え、
1週間もすれば大きく落ち込んでいく、
という声が多く見られました。


2〜3ヶ月も経つころには、
ほとんどスキがつかなくなる、
という体感を語るクリエイターもいます。


一方で、
noteという場所は
「投稿が積み重なって、
資産のように残っていく」
と説明されることもあります。


でも、
その「資産として読まれ続ける」ためには、
条件があるようです。


検索に引っかかりやすいテーマであることや、
後から見返されやすい構成であることなど、
いくつかの条件が揃って、
はじめて過去記事が生き続けます。


つまり、
ただ置いておくだけでは、
記事は静かに埋もれていく
ということです😰


これは、
自動販売機のイメージとは真逆です。


自動販売機は
「置いておけば、誰かが買ってくれる」
ことが前提の装置です。


でも実際のnoteは、
放置すればするほど、
誰の目にも留まらなくなっていく
場所なんです。




あの例えを使う人たちの、ちょっとした矛盾


ここで、
少し視点を変えてみます。


「noteは自動販売機」という言葉を
積極的に使っている人たちを見てみると、
その多くが、
副業やマーケティング系のジャンルに
偏っている印象があります。


そして面白いことに、
その人たちの多くが売っているのは、
まさに「自動販売機の作り方」そのもの
だったりします。


もし本当に、
簡単に自動で売れる仕組みが
完成しているなら、
わざわざその作り方を、
教材として切り売りする必要は
ないはずです。


「あたかも簡単に売れるように見せて、
結局は自分の商品を買ってもらう」という、
ある意味では、
それ自体がひとつの販売の工夫になっています。


そう考えると、
あの例えの持つ軽さが、
少し見えてくる気がします。


もちろん、
これは特定のジャンル全体を
否定する話ではありません。


エッセイや専門知識の記事、
創作系のnoteにも、
売上を意識している
クリエイターはたくさんいます。


私自身も、
その両方に片足ずつ突っ込んでいる立場です。


だからこそ
「楽ができるなら、楽をしたい」
という気持ちも、
正直よくわかります。


ただ、
それでも実感としてどうしても、
あの例えは、
書くという行為そのものへの敬意が、
少し足りていないように感じてしまうんです。



まとめ


自動販売機は、
一度設置してしまえば、
あとは待つだけの装置です。


でも、
noteという場所は、
待っているだけでは、
記事がどんどん埋もれていく場所でした。


9ヶ月間、
毎日書きながら、
地道にリンクを貼り続けても、
結果は微々たるもの。


それでも、
その積み重ねをやめずに続けているのは、
待つだけの装置には、
決してなれない
という現実を、
身をもって知っているからです。


もし本当に、
簡単に売れる装置があるのなら、
こんなに多くの人が、
途中でnoteをやめていくはずがありません。


結果が出ないことに焦る必要はなくて、
ただ、
noteを機械のように
扱わなくていいんだと思います。


読む人の心が動いて、
はじめて何かが届く。


その手触りを大事にしながら、
これからも自分の足で、
地道に動き続けていきたいと思います☺️



あわせて読みたい


「資産になる」という言葉にも、
同じような違和感を感じていました👇️


このnoteについて、
詳しく知りたい方はこちら👇



📷️ 今日の一枚


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