長年発信活動をしてきた私が今さら気づいた「致命的なミス」|発信者はアルゴリズム頼みではいけない
こんにちは、エイトです。
noteを再開して数週間が経ちました。再開当初は多くの温かいフォローをいただき、感謝しています。
しかし最近、スキやビューが減り、フォロワー数も増えるどころか、残念ながら減少傾向にあることに気づきました。
「なぜ、これほど記事を書いているのに、読者に届かないのでしょうか?」
焦りや不安を感じながら原因を探ったとき、私は自分の発信活動における、ある「決定的な欠陥」に気づき、愕然としました。
私は、完全に「受け身」だったのです。
アルゴリズム依存という名の「孤立」
私は記事を出すことだけに集中し、「良い記事さえ書いていれば、いつか報われる」と信じていました。
自分から誰かの記事に「スキ」を押すこともなく、完全に受け身の状態でした。
つまり、私はアルゴリズムに頼り切りで、画面の向こうにいる「人」との交流を、意図的に避けていたのです。
この姿勢は、過去に私が何年もブログを続けても結果が出なかった理由と、全く同じでした。発信活動が、「相互関係から成り立つもの」であるという、あまりにも当たり前の事実に、私は今さら気づいたのです。
🌟 集客活動における「心の摩擦」の正体
この失敗を深く掘り下げたとき、私はまたもや「心の摩擦」を生み出していることに気づきました。
私はミニマリズムを通じて、効率だけを追求すると、必ず心に欠落が生じることを学んできました。頭では正しい行動でも、心がついてこないという現象です。
たとえば、物を減らす行為もそうでした。
服を制服化したとき、合理性という目的の裏側で、「今日は何を着よう?」という小さな楽しみや、変化へのワクワク感を失っていました。
家具を最小化したとき、部屋は広くなっても、心のどこかに「安心してくつろげる場所を失った」という心理的な負荷を感じていました。
これと同じことを、私は集客活動でも繰り返していたのです。
「記事を書く(効率)」という合理性だけを追求し、
「交流する(感情)」という手間を省いた。
その結果、私は誰とも繋がれない巨大な「摩擦」を生み、読者との「コミュニティ」という居場所を失っていました。待っているだけの弱小発信者が成功するはずがないのは、明確な事実です。
もっと早くに気づいていれば、と今さらながら後悔しています。ですが、今回noteでこの失敗を経験できたことは、私にとって最高の学びとなりました。
「自分よがり」から「感謝」の行動へ
今後はコメントは苦手ですが、「自分が良いと思った記事」には、感謝の気持ちを込めて、積極的にスキやいいねを押していくと決めました。
自分の記事だって、誰かに気づいてもらわなければ、せっかく良い記事を書いても意味がありません。
もし、私と同じように「頑張って更新しているのに届かない」と悩んでいる方がいたら、ぜひ今日から「能動的なアクション」を始めてみませんか?
そこに隠されていたのは、アルゴリズムではなく、温かい「人」との繋がりでした。
私も今日から心を入れ替えて、発信を続けます。この記事を読んで、もし「気づきがあった」と思っていただけたら、スキを押していただけると、大変励みになります。
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