「枯葉」 (小説)
第一章 『温泉街へ』
誰でも構わない、たわいもないものでいい、人間と話がしたい。
私の枯渇しきった心に一滴の潤いを与えて欲しい。晩夏のある日私はそんなことを思いながら、またもう一本煙草に火をつけた。火曜日の深夜2時、トンネルを抜けた先にある人通りの少ない細道、美しい街灯が駐輪場に散乱した自転車を照らし、その後ろのフェンスの奥には静まりかえった大阪駅の線路が眺望できる。その日も一晩中、ただ呆然とその景色を眺めていた。気づけばかれこれ3ヶ月が経った。
夕方に起床し、深夜になると外に出て呆然と静まり返った夜の街を眺める、そして朝方には帰宅し眠りにつく。無職になってからはほぼ毎日こんな調子の生活を送っていた。
そんな憂鬱な日々にも別れを告げる時がきた。
長い間、人間とまともに会話をしていない私は接客の無い裏方の仕事を探し、この旅館にたどり着いた。
地元からはそれほど遠くない、有名な温泉街だが、僕はその日初めてこの地に足を踏み入れた。待ち合わせ場所で旅館のスタッフが迎えてくれ、いくつもの無造作に立ち並ぶ旅館やホテルの中で一際存在感のある建物に案内された。
並の人間なら感じるはずの新しい職場への期待や不安などは一切なかった。ただ、旅館の従業員という共同体に属すことで、人間たちと関わりをもち、それによって私の枯渇し切った心に少しでも生気が戻るかもしれないという、そんな期待はあった。
翌日から早速仕事が始まった、私は、主に皿洗いや食器の片付け、配膳などを行う内務課という部署に配置されることになった。
「はじめまして、上田です、今日からよろしくお願いします。」この類の文言を述べるのは久々だからなのか、どこか新鮮さを感じる。
「上田くん、よろしくね。内務課の統括をしてます柿田と言います。じゃあ早速だけど、案内しますね。」
黒縁メガネに短めのパーマ、なんとも言えないおかしなガニ股歩きが特徴の彼が、幼稚園児を諭すような口調で私を出迎えてくれた。
洗浄室では数人の若い日本人男性と、三十代くらいの大柄な日本人女性、さらに、おそらく発展途上国からの出稼ぎ労働者であろう外国人たちが黙々と皿洗いなどの作業を行なっている。
「よろしくお願いします。玉那覇です。」
これもまた黒縁メガネをかけた、オタクっぽい雰囲気の彼がとても丁寧にマニュアル通りの挨拶をしてくれた。後で彼の年齢が三五歳と聞いたとき、せいぜい五つぐらい年上なのかと思っていた分かなり衝撃を受けた。
その日は玉さん(玉那覇さん)が一通りの作業手順などを教えてくれ、22時になると全体の作業が終了し、ゾロゾロと皆が帰路につきはじめた。
いかにも陽気で人気者な雰囲気を身にまとった、最近流行のセンター分けパーマが特徴的なリーダー格の木下くん、彼の相棒であり内務課きってのおしゃべり番長で、ヤンキー風の言葉遣いが特徴的な後藤くん、それと玉さん、私、の四人で旅館から徒歩5分のところに建つ古びた寮まで一緒に帰宅した。
昼間とは裏腹に静けさに包まれた薄暗い夜の温泉街、閉店後の露店や、縁側の草木をいくつもの街頭が美しい橙色に装飾する様はそれはそれは美しく感じた。
帰宅途中では、若い男の集まりには欠かせない女性に関する話題をきっかけに様々な話で盛り上がり、木下君と後藤君から女性関係に関する様々な武勇伝を聞かせてもらった。
35歳で地味な見た目の玉さんに関しては、意外なことに休日には決まって1時間ほど電車に揺られながら三宮まで向かい、夜中まで駅周辺でナンパを行うことが習慣化しているらしい。
ここに来る以前、彼女すらできたことがなかった彼は、生粋のナンパ師である木下君にコツを教えてもらい最近ではなんの躊躇もなく声をかけまくれるようになるほどに成長したそうだ。
その後も会話は弾んだ。他人の感情など少なくとも一生覗くことはできなさそうなので彼らの私に対する第一印象などわからないし、わざわざ考察する気もないが、私に関しては初日から彼らの輪に、少しだが馴染めたことが嬉しかった。
帰宅後はすぐに寮の一階にある大浴場につかり、さっぱりした後、談話室に設置されている自動販売機でコーラを購入し、そのまま部屋まで戻った。
先ほど購入したコーラの信じられないほどの美味に驚いてるうちに眠気が襲ってきたので、歯磨きを適当に済ましベットに横たわる。その瞬間、なんとも言えない安堵の感情に全身が包まれた。
その晩は今までの不眠症が幻だったかのようにぐっすり眠りにつくことができた。
三日目の勤務を終えたその日、僕は初めてスバスと会話をした。旅館での勤務から帰宅し入浴後、自分の部屋のある六階に行くためにエレベータに乗るのだが、その手前にある談話室でソファーに座っている彼と目が合った。
「上田さん、ジュース買ってください」
職場で軽く挨拶は交わしていたので初対面ではないが、いきなりの要求に少しとまどった。しかし特に断る理由もなかったのでコーラとメロンソーダを一本ずつ購入し、彼の座っている同じソファーに腰掛けた。
「スバスさん、どっちがいい?」
「わたし、どちらでも大丈夫ですよ」
「じゃあ、はい、メロンソーダ」
24歳とは思えないくらい綺麗に光り輝く後頭部と、まるで力士のように立派なお腹を持つ彼は、話によると約6年前、出稼ぎのためにネパールから単身で来日し、つい一ヶ月前にこの旅館にやってきたそうだ。
その日はお互いが好きなサッカーの話や彼が最近手をつけているらしいFXの話などで盛り上がった。彼はもともとネパールでドクターを目指していたが、試験に落ち、その後来日を決断したそう。
彼の日本語の習熟度や会話の内容からしても彼の賢明さはすぐに感じ取ることができた。
この地に足を踏み入れて早くも一週間がたった。旅館の従業員という共同体の一部になったことで、私の枯渇しきっていた心に潤いが生じ始めると同時に、以前の不規則な生活習慣により荒れきった肌も徐々に本来の状態に戻っていくのが見えた。
「上田くん、山田さんと一緒ねー。」
相変わらず幼稚園児を諭すような口調の柿田さんの声が待機室に響く。
「上田くん、よろしくね。」
「お願いします。」
宿泊客が夕食や入浴のために部屋を空けるタイミングで、就寝の準備として布団を敷く作業があるのだが私たちも毎日1時間ほどこの作業を手伝うことになっている。その日初めてペアを組んだ彼女は三十代くらいのそれはそれは親切な女性で、とても好印象だった。ただ一点、表情とは裏腹に笑みのない目に何とも言えない違和感を感じてしまった。
その日は、木下くんや後藤くんが休みだったので玉さんと二人で寮まで帰ることになった。お互いの趣味が読書であることなどから、年齢こそ離れているが彼とはとても気が合い出会って一週間足らずの間にもかかわらず、かなりいろいろな話題について会話した。
どうやら彼は、並の人間には到底不可能なほど急な角度から世の中を見ているらしく、そこから飛び出す突拍子もない解釈が私にはかなり面白かった。
「玉さん、山田さんのことどう思います?」
「いきなりどうしたんですか?」
「いや、すごく優しい人なんですけど、なんか目が笑ってないなと思って、なんかそれが違和感で」
「あー。サタンに恐怖してるんじゃないですか?」
「えっ?」
「世の中がサタンに支配されてしまってるとしたら、それはちょっと笑えないよね。」
初めは何を言ってるのかよくわからなかったが、彼の言うに山田さんは本当にサタンに怯えているらしい。キリスト教から派生した某宗教団体があり彼女はそこの信仰者らしい。その某宗教団体の教えによると、現存する世界は神の天敵であるサタンに支配されているが、まもなく始まる神とサタンとの大戦争によって世界が神の手に戻るという、そして信仰者のみがこの大戦争を生き残れるのであり、彼らのみがその後のパラダイス(楽園)に辿り着けるという。信仰の邪魔になるような事象を全てサタンの誘惑だとみなす彼らは、サタンに惑わされないよう常に気を張っていなければならないらしい。「上田くんがサタンの化身である可能性もあるから、それは挙動不審にもなりますよね。ただ、これだけ科学が発展した時代に、神による創造論を信じることができるその精神力には驚きです。いや、むしろ科学こそがサタンにより創造された虚像である可能性も考えられるのか。」
「なんか複雑ですね。神様ってなんなんですかね。あ、ところで玉さんってここに来る前は何してたんですか?」
「水道系の仕事しながらヒソヒソと小説書いたりもしてました。」
「小説書いてるんですか?すげー。なんでここにきたんですか?」
「前職で上司とトラブルを起こしてしまって、勢いでやめてしまって、その前にもいろいろあって人生に疲れてしまったので山奥でのんびり過ごそうかなと思っていろいろ探してたらここにたどり着きました。」
その後も、物書きであるという新事実が発覚した玉さんと、彼の書いた作品の話などをで盛り上がった。
机と椅子とベットのみが備え付けられた10畳ほどの広さの部屋に帰宅し、入浴や歯磨きを終えて、眠りにつこうとするとふと先程玉さんから聞いたサタンと神様の話が頭の中をちらついた。彼女たちがどこまで神の存在を信じているかは私にはわからないが、少なくとも神という存在に大きな影響を受けているのは確かだろう。神とは一体何者なのか。仮に人類の創造物だとすれば、一体なぜ神は創造されたのか。
封建主義時代の下級民達にとっての神や宗教の存在感とはどれほどのものだったのだろうか。逆にそれをうまく利用して利益を享受していた人々にとっては、どうだろうか。
そして科学の発展によりその存在が、公に否定されている今、人類は何を信じ何の為にこの理不尽な世の中を生き抜いていくのか。
孤独になってまでも経済的な成功や世の中の真理を追求する道に進むのか、それとも平凡だが友情や愛に満ちた生涯を理想とするのか。
人生に大義などあればここまで苦悩せずに生きれるのか。
この世は、人間が理解するには複雑すぎたのかも知れない。理解不能な現象を理解しようとすること自体が愚かなことなのか。急な虚無感に心が支配された私は、それを断ち切るようにyoutubeを開き、Kーpopアイドルの動画をむさぼり観た。
少しすると先ほどの虚無感は消え去り気づけば意識を失っていた。
第二章 『不穏』
あっと言う間に二週間が過ぎ去った。
その日もいつものように旅館へと向かう。街の至る所に生茂る木々が綺麗な紅葉に色づく一方で、この頃から彼との関係は徐々に暗雲に覆われはじめていた。
きっかけは些細なことだった。
職場での休憩時間、スバスはいつものように笑顔で私に話しかけてきた。
「ウエダサン、タバコカイタイ、センエンチョウダイネ」
「頂戴?」
「はい、わたしお金ないです」
「返さないってこと?」
「いえ、給料日にかえします」
「わかった。今、財布ないからあとでね」
結局、その日彼にお金を貸すタイミングはなかった。いや、仮にタイミングがあったとしても私は先ほどの約束を忘れたふりして、素通りをしただろう。
遭遇するなり挨拶も交わさずに金銭要求をされ、さらにその理由が煙草の購入である。
何か私の中の直感的なものが彼を拒絶するのをその時に感じた。
数日後の夜、お風呂から上がり歯を磨いていると突然LINEの着信がなった。
画面を確認すると、それは彼からの着信であった。
「もしもし、どうしたん?」
「上田さんあさっては休み?」
「うん」
「あさって、ハイキング行きましょう」
「その日は行かれへん」
「行きましょう、わたし、あさって休みですので行きましょう」
「いやごめん、明後日は予定がある」
「おねがいします」
「予定あるから無理って言ってるやん」
「ファッキュー」
「は?」
その瞬間、突発的に怒りがこみ上げてきた私は何も言わずに通話終了のボタンを押し、二度と誘いのこないように彼のLINEアカウントをブロックした。
少し時間が経過し怒りが鎮まってきた頃に、先ほどの彼の暴言に関して再考をしてみることにしたが、やはり私には彼のその行為に関して正当性があると証明できるとは思えず、私の即座にとった対処は適切であったと自分の中で結論付けた。
翌日の仕事終わり、少し肌寒くなった外気に涼みながら、旅館の目の前にある坂道を皆で下りながら話をしていると、どうやらスバスに違和感を覚えていたのは私だけではないらしいことが判明する。
「木下くんと後藤くんもスバスにお金要求されたんですか?」
「うん、ちなみに俺今日あいつに昼飯代貸したで。四百円。しかも、帰りに返すって言ってたのに普通に先帰って行った。やばくない?」怒りからか少し興奮している様子の後藤君。
「え、後藤くん優しいね、俺も今日食堂で言われたけど、お金ないって言ったよ。今日も俺が仕事の指示したら返事もせずに、むしろふてくされた態度とるから、俺あいつとこれからかかわらんよ。」木下君も表情こそ笑っているがやはり彼に対する不満を述べている。
噂をすればやってくるとはよくいったものだ。坂道を下ったところにある温泉街で唯一のファミリーマートの前に彼の姿が見えた。
「後藤くん、返してもらいなよ。」木下君が後藤君の肩に手を置く。
「うん、ちょっと行ってくる」
私と木下君は少し早歩きをしながら、後藤君のそばに駆けて行った。
「スバス、さっきのお金。」後藤くんが話しかける。
彼は無表情のままポケットから小銭を取り出しおもむろに数えはじめた。
どうやら小銭を合計しても350円ほどしかないように見える。
「今少し足りないので後でわたすね」明るく振る舞ってはいるが、やはり表情の硬いスバス。
「今ある分だけででいいよ。残りはいらんから。」
「わかりました」
そう言うと彼は、少し不機嫌そうな表情で、手に持っていた10枚ほどの硬貨を後藤くんに手渡した。そして何も言わずそそくさとその場を去っていった。
なぜ、借りた側の彼が不機嫌そうな顔をしていたのか、なぜ借りたことに対する礼を言わなかったのか。
その場にいた私たちは、満場一致で、彼への不信感を募らした。
休みが開けた次の日、彼は笑顔で私に話しかけてきた。
「おはようございます、上田さんげんき?」
「おはよう。うん、元気。」
先日の出来事が幻だったのかと一瞬考えたくらいさっぱりした様子で話しかけてきたので、私は少し戸惑ってしまった。
だがやはり彼とは距離を置きたいという思いは変わらなかったので少々冷たい対応をしてその場を去った。
その日以降、私の変貌した態度に気が付いたからなのか彼の方から距離を詰めてくるようなことは少なくなった。
それも私自身に対してというよりは旅館の全従業員に対して接し方を考え直している様子にも見えた。
第三章 『夢』
徐々に枯れ始める紅葉と、朝の肌寒さが秋の終わりを知らせに来る。
聴き慣れたiPhone のアラーム音で、目が覚めた。
いつもなら憂鬱な朝も、今日は少しテンションが高い。
カーテン越しに、微量の光が部屋に差し込んでいる。
携帯を手に取りニュースを見ながら、ベットの横に置いてある2リットルのペットボトル天然水を飲む。
まだわずかに眠気が残っているので、毛布の中にくるまり再び目を閉じる。どんな世の中のシステムに起床を急かされることもなく、少し冷えた部屋の中で自分の体温で程よく温まった毛布に好きなだけ包まっていられる今に勝る瞬間がこの世の中に存在するのだろうか。
などと、いつの間私はこんな社畜の戯言みたいなセリフを思い浮かべるようになったのだろう。
孤独のみが存在する以前の日々に戻るくらいなら、なんでもないただの休日に幸せを感じれる社畜でいる方が、断然いい人生なのかもしれない。
朦朧とする意識の中でそんなことを考えていた。
10分ほどすると、2度寝から目が覚めた。
体を起こし、ベットのすぐ横に設置されたカーテンと窓を同時に開ける。
10畳ほどの狭く薄暗い部屋の中が眩い日光によって照らされるのと同時に、エアコンのおかげですっかり乾燥し切った室内が、一瞬で澄み切った朝の外気で満たされる。
もう一度ベットに寝転び10分くらいボーッとスマホをいじった後、映画にもなった有名な歴史小説『海賊と呼ばれた男』の下巻を床から拾い上げた。
近頃は、人類の歩みの描かれた歴史小説的なものを好んで読んでいる。
この本では第二次世界大戦後の日本の復興に命をかける孤独なビジネスマンが描かれている。
資本主義社会の猛者たちの熾烈な戦いによって享受される豊かさや利便性、一方で人間の飽くなき欲望によって生まれる争いや破壊。
ただ、こんな本を読んで私が何か思ったところで、人類の進んで行く方向に変化などあるわけがなく、ましてや人類の歩み方として何が正解かなんて今の私には考え付くはずもない。全ての安心と安全がそこに存在すると錯覚するほど居心地の良い寮の一室で、危険な時代に危険な場所で奮闘する人々を描いた歴史小説を読みながら、時代を超越し人類規模の妄想をしている自分に酔っていると、気がつけば正午を回っていた。
さっと歯磨きを済ませ、寝巻きのまま分厚いジャンバーを羽織りそのまま自分の部屋をでた。
寮を出てすぐのところに、お土産屋やご飯屋の密接するメインストリートっぽい道があり、国内からの客やアジア系の観光客で賑わっている。
メインストリートをひとつ外れると、この日の目当ての建物が見えた。
この温泉街には、温泉と宿泊の両方を楽しむための旅館が数多く存在するのだが、日帰りの客用に温泉のみを利用できる施設が二つほど存在している。
休日の前夜にシャワーも浴びずにそのまま寝むりにつき、翌日昼間から優雅にこれらの温泉に浸かりに行くのが私の密かな楽しみになっていた。
清潔感のあるエントランスを抜け、男湯と描かれた暖簾をくぐり脱衣所に着くと、同じ内務課に所属しているベトナム人のアン君の姿があった。
目が合い、会釈だけを済ますと、私は服を脱いで浴場に向かった。
先ほど歩いたメインストリートの客層とは異なり、おじいちゃん世代の人達が多く、静寂な落ち着きのある雰囲気によって私の心が一層安らぐのを感じた。
綺麗に体を洗い終えると、この温泉の特徴である黄金色に染まった湯に浸かる。
家の目の前にある温泉街で、昼間から何も考えずに優雅に温泉に浸かる。贅沢すぎる心情と、心地よい温度の金泉に癒される体、刹那に押し寄せる二つの安らぎは言葉にできないほどのものであった。
目を瞑って安らぎに浸っていると、ポンと肩を叩かれた。
横を見ると、アン君が笑顔でこちらを見ている。
「おお、アン君、いきなりびっくりした。あれ?今日休み?」
「うん、上田さんは?」
「俺も休み、そういえば就労ビザはもう届いたん?」
「うーん、今れんらくしてて、一ヶ月でくるかな」
せっかくの贅沢な一人時間を失いつつあることにショックを隠せないでいながらも、隣にやってきた彼との会話を続けた。
アン君はベトナム人で私がここに来た少し後にやってきた。いかにも陽気なキャラで、会話を求めて皆に近づこうとするのだが、初対面でもかなりプライベートな部分まで踏み込もうとする彼の性格は、日本のシステムに乗っかり続けた生粋の日本人達にはどうも受け入れ難そうであった。
ここに来る以前彼は某有名居酒屋チェーン店で勤務をしていた。
居酒屋での勤務は多忙を極めたが、職場の賑やかな雰囲気は彼に合っていたようで楽しく働いていた、しかしそんな日々も長くは続かなかった。
その居酒屋にはよく彼の友人のベトナム人達が頻繁に来店していた。彼らも日本に出稼ぎに来ている仲間、少しでもお会計を安くしてあげようと勝手に値段を割引して料理を提供していたのだが、それが上司の耳に入ってしまい翌日クビになってしまった。
その後ここにたどり着くのだが、黙々と食器を洗浄する仕事は彼の性格には合わないようで、初対面のときに感じた彼の活気は、日が経つにつれ薄れていくように見えた。
「一ヶ月かー。まだ結構かかるんやな。ビザとったらすぐにやめるんやろ?次の仕事は決まってるん?」
「うん、大阪にともだちいてるからそこに行く」
「それはよかった。てかアン君って彼女おるん?」
「いない、いつもお母さんに結婚はやくしてね言われる」
ベトナムでは二十代前半で結婚をするのが一般的で、政府の推進もあるのだが、それよりも皆それぞれの親から結婚に関する圧力をかけられるそうだ。彼も例外ではなく、あと数年は日本で働き、お金を稼いだ後、ベトナムに帰国し妻を見つけて家庭を作る、そのような人生プランがあるのを語ってくれた。
「そっかー。結婚ねー。俺、体洗うから先上がるわ。」
誰にも干渉されずに優雅な休日を満喫したい私は、適当に会話を打ち切って浴槽をあとにした。
温泉から上がると、少し寄り道をしてコンビニでカツ丼と缶コーヒーを購入し、そのまま温泉街の端にある寮へと帰宅した。
部屋に着き、すぐに、さきほど購入したばかりのカツ丼をたいらげると、ポケットに煙草とライターと缶コーヒーを忍ばせもう一度部屋を出た。
廊下の終点に向かい、室外に接続された非常階段口専用の扉を開け外に出る。下のフロアへと繋がる階段の踊り場に腰を下ろしポケットから先ほどの煙草とライターを取り出す。
目線を上げるとそこには悠然とした景色が広がっている。温泉街の隅に存在する、血色の無い死人を彷彿させるほど荒廃し色彩が失われた廃墟旅館群、そのすぐ奥にはこの小さな温泉街を覆い囲む六甲山がそびえ立っている。
ボーッと景色を眺めながら一服を終えると、ポケットから缶コーヒーを取り出し、一口だけ飲んだ。
微小の眠気がやってきたので、飲みかけの缶コーヒーを片手に持ったまま部屋まで戻ることにした。
読みかけの小説や、何か書かれた形跡のあるノートやペンなどが散乱しているテーブルに飲みかけの缶コーヒーを置くと、そのままベットに横になる。
すぐに意識を失ってしまった。
すると、なぜか私は、静まり返った大阪駅の線路がフェンス越しに眺望できるあの場所に座っている。
1分ほどその場で膠着状態におちいった後に、理屈はさっぱりわからないが、なんとか今いる状況を把握することができるまでに落ち着いた。
これは、間違いなくあの日だ。二ヶ月前、晩夏のあの夜だ。
トンネルを抜けた先にあるほとんど人通りのない細道。
あの時と同じように、駐車場に散乱する自転車を美しい街頭が照らす。
足元には無数に散乱した煙草の吸殻と飲みかけの缶コーヒー。
そして、枯れ葉のように枯渇し切って今にも消滅してしまいそうな心が私の胸のあたりに存在している。
ふと、目の前を一人の人間が通りかかる。
ネクタイが緩まりよれよれのスーツを着たその千鳥足の中年男性の目線が一瞬私を捉えた。
「こんばんは。」
彼は何も言わずに会釈だけをしてそのまま歩みを進めた。
「一緒に一服します?」
「大丈夫、」
ほろ酔いの中年男性は、虚ろな目を前にむけたまま私をの誘いを一蹴するとすぐに暗闇に消えていった。その後も、仕事帰りのおばさんや、大学生っぽい若者など数人が私の目の前を通りかかったが誰も私と目を合わせないどころか、まるで野良犬を見るかのような目で私を一瞬見て逃げるように遠ざかって行った。その時、一人のアジア系の外国人が通りかかった。
どこかで見覚えのあるが全く思い出せないその外国人と目があった。
「Hey, What’s up.」
「Good, And you.」
「I’m not good. Do you smoke cigarette?」
私は、ポケットに入った煙草を取り出し彼に見せた。
「Yes . Thank you bro.」私の横に座った彼は私の差し出す煙草を受け取る。
私は自分の煙草に火をつけた後、彼のものにも火をつけた。
「Do you want coffee?」
「Thank you.」
私達の座っているすぐ横に設置された自動販売機でホットコーヒーを二本購入すると、ひとつを彼に手渡して再び地面に腰を下ろす。
二人の間に会話と言えるような会話はなかったが、ただ隣に座ってくれるだけで、煙草と缶コーヒーを受け取ってくれて同じ時間を共有してくれるだけで嬉しかった。そんな気持ちに浸りながら、少し冷め始めた缶コーヒーを飲んでいると、急な尿意がおそってきたのでその場で立ち上がろうとした。
その時、パッと目が覚めるような感覚と共に、一気に夢のなかから現実へと引き戻された。
同時に、安心感という名の私たちの心にとって必要不可欠な、私たちの体における酸素のようなものが、急激に私の中に帰還してきたようにも感じた。
携帯を見ると、時刻は午後の1時を回っていた。
第四章 『過去』
次の日の晩、いつものように寮に備ついた大浴場に向かうとそこに、玉さんがいた。
ピラミットのように積み重なった共用の風呂椅子から一つを手に取り、彼のいる横にいくとその場に座る。
「玉さんお疲れ様です。」
「あ、お疲れさまです」
「玉さん、僕昨日、夢を見たんですよ。その夢がめちゃくちゃ鮮明で、もしかしたらタイムスリップしたのかもしれないです。」
「うそ、どんな夢だったの。気になります。」
「内容自体はそんなに面白くないんですけど。」
タオルで体を洗いながら、昨日みた不思議な夢の話をできるかぎり詳細に伝えた。
「ふーーん。その話が、現実と間違えるほどすっごいリアルだったってことなんですか。ところで、夢の中で鬱状態で道端に座り込んでたって言ってたんですけど、この旅館に来る前になにがあったんですか?言いたくなかったら無理に言わなくてもいいですけど。」
私は、この旅館で出会った人たちに自分の過去について話をしたことがなかった。内向的で変人と揶揄されることの多い性格の私はそもそも地元にすら仲のいい友達は少なく、このような短期間でプライベートな話をする間柄の人間が見つかるはずもなかった。
ただ、彼は少し他と異なった。
見るからに堕落し切った風貌をし、今にもこの世から消滅してしまいそうな雰囲気を身に纏った彼に対して、謎の安心感を感じていた。彼だったら私の存在や過去を否定することはないだろうという謎の自信が私にはあった。そんな無言の優しさをそのレンズの曇った黒縁メガネの奥のつぶらな瞳がかもち出していた。
「別に隠してた訳じゃないんですけど、仕事辞めてから実は三ヶ月くらい空白の期間があったんですよ。あ、ちょっと長くなるんで湯につかりましょ」風呂椅子を再び手に取り、積み重なったピラミットの最上部に戻すと、湯船に向かった。
清潔感のある透き通ったお湯にゆっくり足を踏み入れ、肩の下から全身が隠れるまで湯船につかると程よい熱さのお湯が全身の血液を温めるのを感じる。
「ふーー。気持ちいー。で、どっから話そうかな。以前塾の先生として働いてた話はしましたよね。」
私はここに来る以前、地元の小さな学習塾でアルバイトをしていた。
その仕事を辞めてから、およそ三ヶ月後にこの温泉街にたどり着くことになる。それまでは至って平均的な人生を送ってきた。多少内向的な性格ではあったが友達もそれなりにいたし、スポーツや学業に関してもそれなりに頑張っていた。
きっかけは大学受験。
高校時代、私には仲のいい友達が3人いて、偶然にも私を含めたその4人が皆、同じ大学を受験することになった。結果的には友達は3人とも第一志望の大学に受かり、私だけが不合格だった。
浪人する選択も考えたが、悩んだ挙句、最終的に滑り止めで受けた大学に入学することにした。
屈辱を果たすために、誰よりも勉学に励むと決めた私は、大学生になってからというもの毎日のように図書館にこもって歴史や科学系の本を読みあさり、世の中の真理を追求することに時間を費やした。正確にはそういったことに時間を費やしている人間のふりをしていた。
そうすることによってのみ、自尊心という名の、当時の自分にとっては友情や愛情なんかよりもよっぽど大切な感情を満足させてあげることができた。
この頃くらいから、自らの意思で孤独の沼に足を踏み入れることによる快感を覚え始めていた。一方で、心の奥では、遊びや恋愛をして楽しそうに学生生活を送っている周りの学生を羨むこともあった。
だが当時の私は、彼らを卑下することで、そのいかにも大学生風の大学生達とは一線を画した場所に自分が存在すると自分自身に言い聞かせることによって、自分自身を黒く染まった優越感に浸らせ、そうすることによって、心の奥に存在していた彼らへの羨望の感情を無理やり消滅させていた。
少なくとも数年間、周りの人間との関わりをできる限り絶ち、自分の殻のなかに閉じこもっていた私は、気がつけば人とのコミュニュケーションが上手く取れない人間に変化してしまっていた。
大学四年になり、周りの人間が次々に会社への内定を決める中、私は内定どころか就職活動すら始めていなかった。そもそも私にはどこかの会社に就職したいという欲求がなく、仮に就職活動をして企業から内定をもらえたとしても会社の一員として協調性のある行動を取れる自信もなかった。
将来に対する何のビジョンもない私はとりあえず大学院試験に向けて準備をしていた。とはいえ、就職活動とはどのようなものかという好奇心があった私は一社だけ面接を受けてみることにした。面接会場に入ると、そこには驚くべき光景があった。普段は、大学生風の大学生達が、面接会場では見事に社会人風の大学生に変装しているのだ。いち早くこの空間から抜け出したかったが、社会人風に変装した大学生達が何を語るのか興味があった私は、とりあえずその場に残ることにした。
しかし彼らは期待を裏切ってはくれなかった。おそらく事前に準備したであろう返答文を丁寧な言葉遣いで味付けして話す社会人風の大学生に対して、目の前に座る面接官という名の社会人風の社会人が見事につまらない相槌を返し続けている空間がそこにあった。
そうこうしているうちに、私に質問が飛んできた。
「上田さんが、御社で働きたいと考える理由を教えてください。」
「あー、特に理由はないんですけど。」
「はい?」履歴書に目を向けていた面接官が驚いた表情で勢いよくこちらに顔を向けた。
「え?」私はとぼけたフリをする。
「あのー、あなた弊社に入りたくてここに面接を受けにきているんですよね?」
「はい。」
「入りたい理由もなくここにきたの?」
面接官が突然のことに困惑している。彼の隣に座る人間に関しては明らかに憤慨した顔色を見せている。
彼らに対して特別な感情はなく、彼らと口論をするためにこの場にやってきたわけでもないのだが、私の中の悪戯心をついに止めることができなかった。
「うーん、逆に世の中にこれだけ多くの会社が存在してるなかで、特に変哲のないこの会社に入りたいと思う特別な理由が何かあると思いますか?まあしいて挙げるとすれば僕に合ってそうな事業内容で、給料もそこそこ良いからですかね。」
「なんでそれを初めから答えないんですか?まあ良いです、不採用なので帰っていただいて結構です。」そう言い終えた彼は、目線を使い私を出口の扉の方へと誘導してきた。
私の方も負けじと最後のセリフを放つ。
「特別な理由はないから、特に理由はないと言いましたよね?帰ります。」
久しぶりに、他人と論争っぽいことをしたからなのか、異常に心拍数の上昇していた私は、できるだけ彼らにそのことが気づかれないように冷静を装って面接会場をを後にした。駅までの帰り道、小さな公園を見かけたので自動販売機でコーヒーを購入し公園のベンチに腰掛けた。目の前の遊具で幼稚園児らしき子供たちが無邪気に遊んでいる。私にもこんな時代があったのか。一体いつからこんな偏屈な人間に変わってしまったのだろうか。
大学受験失敗の劣等感を払拭するために、何者かになるためにここまで孤独になりながらもがいてきたが、蓋を開ければ目の前は真っ暗で、なにもないところに私だけがぽつんと一人立っていた。
大学入学と同時に人生で初めて始めたアルバイト。インターネットを使って親に探してもらった接客業のアルバイトだった。周りが笑顔で接客をする中うまく笑顔を作れなかった私は、3ヶ月ほどでバイトをやめた。
接客業の仕事は諦めて、工場でのアルバイトを始めてみたが、今度は単純に作業がつまらなすぎて、二ヶ月ほど経った頃、上司に連絡もせずに辞めてしまった。
以降もいくつかアルバイトをしてみたがどれも長続きはせず、この頃から自分のこの社会に対する適合性のなさを自覚し始めていた。
その現実を認めたくなかったがゆえにそれ以降の私は、あえて偏屈な人間を演じ、あたかも自らの意思で枠組みから外れているように見せかけることで、自分の本来の姿を隠すようになり、気がつけばとうとう自分の本当の姿がどこに存在するのか自分自身でもわからないようになってしまった。院試験の結果は不合格だった。準備不足なのは私が一番理解していたので仕方がなかった。さらに言えば大学という組織に属すのもいい加減飽きてきてしまっていたので少しほっとする自分もいた。
何の当てもなくなった私は、四年生の春から始めていた、人生で唯一長続きした学習塾でのアルバイトを卒業後も続けることにした。
大学卒業後も実家を出ず週に4日だけ夕方くらいからバイトに行き、それ以外はほとんど全ての時間を自分の部屋に引きこもっている22歳男性に対して良い思いを抱く人間がいるはずもなく、一緒に暮らしていた母と姉からは完全に邪魔者扱いをされるようになり、その頃には私は家族とすら全くコミュニケーションを取らない人間になってしまっていた。
中学や高校時代の同級生からは稀にだがLINEで連絡が来ることがあった。
最低限の返事くらいは返したが、彼らからの誘いは、必ず何か言い訳をつけて避けるようにしていた。
かつての同級生や友人達に、今の偏屈して変わり果てた私の姿をまじまじと見つめられる勇気がなかった。
自分の道を見つけてそこに向かって進んでいる人間や、ある程度の社会的評価を得られるような仕事をしている人間達の話など聞きたくもなかった。
ましてやかつて切磋琢磨した友人達からそんな立派な話を聞いて今の私にどんな返答ができると言うのだ。
気がついたころには、アルバイトの業務連絡以外のLINE追知が私の携帯に入ることはなくなっていた。
生活習慣は荒れ果てた。深夜になると家を出て、近所の河川敷まで歩き、河川敷と堤防を結ぶ階段に座りながら、川を跨いだ先に見えるビルやマンションから発せられる光をボーッと眺め、何本も煙草に火をつける。そして始発の電車が動き出すくらいの時間になると、日光を恐れて洞窟に帰るコウモリのようにせっせと家に帰っていく。
卒業から三ヶ月後、何故だろうか、生きることに関する全ての気力がなくなった私はアルバイトを無断で休み、その翌日には塾長に辞職の連絡を入れた。突発的にバイトを辞めたは良いが、その後のプランなど何もなかった私は、夕方に起床し、家族が寝静まるまで自分の部屋に引きこもり、深夜になると静まり返った街をフラフラ闊歩する生活を毎日続けた。
一ヶ月も経てば流石に親にも見放され実家から追い出されることになった。
貯金もなく、居候のあてもない私は消費者金融から30万円を借り、そのお金で一ヶ月分の宿を借りた。
その宿に移り住んでからは、毎日のように悲劇的な結末の描かれる小説を読み漁った。今私が立っているこの場所には、このそびえ立つ崖の上には私以外にも似たような人間が存在するのだと、孤独の中をさまよう仲間がいるのだと、そして見切りをつけて身を投げ出したもの達が、海の底で静かに眠っているのだと思うと心が穏やかになった。
無職になってから二ヶ月が経った頃、久しぶりにLINEの通知がなった。
(上田久しぶり。元気?)
LINEの送り主は、私だけが不合格通知を受け取ったあの日以降、一度も顔を合わしていなかった高校時代の親友だった。
高校を卒業し、別々になったあとも彼は幾度か私に連絡をくれていた。だがあの時から続く彼に対する劣等感に加えて、変わり果ててしまった自分の姿をさらけ出す勇気がなかった私は彼の誘いを断り続けていた。
それなのにも関わらず、まだ私を見捨てないでいてくれたことが素直に嬉しかった。
地元の駅の近くにある店主夫婦が二人で営むこじんまりした居酒屋で約四年半ぶりに彼と再開した。
「おう。久しぶり」久々の人間との会話のせいか少し吃り気味の挨拶をした。
「めっちゃ久しぶりやな。元気してた?」
彼の見せる相変わらずの人懐っこい笑顔に少し心が和む。
「まあまあかな。」
「なんやねんそれ、まあ良いや何飲む?」
「カルピスチューハイで、あ、てかあいつら元気してるん?」
「あー、うん元気やと思うけど大学入ってからはあんま会ってないなー。」
「そーなんや。みんな進路どうなったん?」
「俺とよしきは就職してたくは大学院いった。あ、上田は?てかそもそも卒業したん?」
「まあ一応卒業したけど、全然やりたいこと分からんくて最近は毎晩、道端でフラフラしてる」自分が無職であることを冗談っぽく打ち明けてみた。
「何それめっちゃおもろいやん。あんま意味わからんけど。でも一応卒業したんや、俺上田のことやから一年くらいで辞めた思ってたわ。」
「なんで?」
「だって、昔から興味あることしかやらんやん。しかも我は強すぎるし、凄かったで、本間によく卒業できたな上田」
「ちょっと言い過ぎ(笑)」
「てか覚えてるあの事件。あれは上田至上一番おもろかった。」
「何なに?」
「数学の授業中に上田がなんかの小説を読んどって、それが先生にバレてめっちゃ怒鳴られて、そこで謝れば済む話やったのに上田が謎の反論し出して、停学になりかけた話。」
「あれはやばかった。あんなに怒鳴る意味がわからんくない?」
「まあ確かに先生も怒りすぎやけど、お前の反論の屁理屈も凄かったで。先生びっくりしすぎて10秒くらい固まってたもん(笑)」
その後も高校時代の懐かしい思い出話は続き、楽しくてついついアルコールを摂取するペースが進んだせいか四年ぶりに再開したことによる緊張はすっかり溶けていた。
「てかさ、ちょっと話題変わるねんけどさ、なんで今まで俺のこと避けてたん。」
突然の彼の質問に、今までの会話が準備運動で急に本番が始まるかのような感覚になった。
「んー避けてたというよりかは、会う勇気がなかったという感じかな。」
「どういうこと。」
私は彼に全てを打ち明けた。
大学受験の失敗をきっかけに彼らに対して大きな劣等感を抱いてしまったこと。その後、何者かにになりたいという欲望のせいで、周りが見えなくなり孤独な人間になってしまったこと。
うまくいかない現実を隠すために、偏屈な人間を演じ、そうすることによって現実から逃避しながら生きてきたこと。そんな自分の姿をかつての友人達に見せれるわけもなく、さらに暗闇へとさらに偏屈な人間へと、そしてさらに深い孤独の沼へハマってしまったことを話した。
「ふーーん。でも大体そのようなことやろうなとは思ってた。ほんまに変わらへんな(笑)俺なんか、周りに言われたとうりに生きてきたら、気がついたらスーツ着て毎日社会人演じてるし。お金の為とか言い訳して、楽しくもない価値があるかもわからん仕事にほとんどの時間費やしてるし、そういうのに抗って生きていこうとしてるのは上田らしいやん。なかなかおらんでそんな人」
「そうかな。人間に肯定されたのなんか何年ぶりやろ」
「そりゃお前みたいな社会不適合者のことなんか、誰も肯定せえへんやろうな。まあ、とりあえず久々に会えてよかったわ。」
店主さんが閉店の旨を伝えにやってきた。気がつけば居酒屋に入店してから3時間も経過していた。
「これでお願いします。」
彼が店クレジットカードを財布から取り出したので、私は会計の半額である4000円を彼に差し出した。
「はい」
「良いよ」
「え?なんで」
「これが社会人ってもんよ」
そういうと、彼は手に持っているクレジットカードを店員へと差し出した。
「まじで?ありがとう、社会人」
店を出ると、明日も早いからと言い彼はそそくさと家に帰っていった。少し酔いが回ったのと、久々に人間と楽しい会話をして上気分になっていた私は、少し散歩をしてから帰ることにした。
散歩途中の私の心情は明らかにいつもの憂鬱なそれとは異なるものだった。
ああ、これが答えだったのかもしれない。
結局、私は本当の孤独の中では生きていけない。
やり直そう。
温泉街にたどり着いたのはそれから三週間後のことだった。
「こんな感じです。どうですか、小説家の玉那覇さんから見てこの物語は面白いですか?」
「うんー。なかなかいい味出てていいと思いますけね。だけど俺の人生に比べたらちょっと薄いかなー。」
「何それ。確かに玉さんめっちゃ闇抱えてそうやけど。その歳で一人でナンパとかしてるし。」
すると、急に玉さんの表情が真剣なものに変わる。
「まあ、僕もやりたくてこんなことしてるわけじゃないんですけどね。僕が本気でナンパを楽しんでいると思いますか?」
やはり見た目相応に、彼はナンパを好んでするような性格ではないらしい。
むしろ苦悩しながらも休日になるたびに三宮まで出向いているという。
そしてその矛盾の原因となるような大きな悩みを、彼は抱えて生きているという。
ただ、悩みの内容を聞くとそこだけ頑なに教えてはくれない。
「わかりました。じゃあ僕のさっきの話を聞いた上で、玉さんの抱えている悩みは僕の悩みの何倍くらい深いですか。」
「そうですね。僕の悩みの大きさが日本列島やとしたら上田くんのはミトコンドリアくらいの大きさかな。」
「やば。どんな悩みかめっちゃ気になる。やっぱり教えてください。」
「本当に今は言えないけど、上田くんにはいずれちゃんと教えますよ。ほんとに。」
「マジな悩みなんですね。了解です。また時がきたら教えてください。」
風呂からあがると長湯をしすぎたからだろう、両手の指の皮が白くふやけてしまっていた。
第五章 『葛藤』
二ヶ月が過ぎた。あっという間に秋の役目も終わり、私の大好きな冬が到来した。
旅館の従業員という共同体に属したことで徐々に潤いを取り戻していく心、人間達と戯れることがどんなに幸福なものだったのかを思い出すのにそれほど多くの時間は必要ではなかった。
一方で、ここに来た当初こそ新鮮な気持ちで取り組めていた皿洗いの仕事に関しては、ただの単純作業の繰り返しであるがゆえに多少の飽きを感じていた。その日もいつもと変わらず洗い場での作業が始まった。木下君、後藤君、玉さん、私、それとスバス、アン君、そしてその他にも新しく入った元消防士の50代日本人男性や、これまた新入りの数人の外国人が各自のポジションにつく。客室やレストランから下がってきた食器類を軽く洗い、洗浄機にかけられ綺麗になった皿を片付けるために倉庫に入ろうとした、その時だった。
「どういうつもりなん。おちょくってるん?」
倉庫の中から後藤くんの声が聞こえてきた。
「ゴメンナサイ。」
アン君が何かに対して謝罪をしている。
「おちょくってるように感じるからこれからやめときや。」
「ゴメンナサイ」
扉が開き後藤君が倉庫から出てくる。
「なんか、声聞こえてきたけど、大丈夫ですか?」
「アンがおちょくった目でずっと見てくるから注意しただけやで。」
「ああ、そんなことがあったんですね。」
「上田君もアンに対して同じようなこと思わんの?」
「確かにずっと目線を合わそうとしてくるっていうのはわかります。」
「そうやろ。今回俺が注意したからもう治ると思うけど。」
そう言い残すと後藤君は洗浄機の方向に戻っていった。
彼と入れ違いで倉庫の中に入るとアン君の背中が見えた。
「アン君、大丈夫?」
「ウン」
振り向きざまの彼は、完全に虚ろな遠い目をしていた。
またすぐに私から背を向ける彼にこれ以上かける言葉が出てこなかった私は、手に持った食器を定位置に戻すと、すぐに倉庫を後にした。
私がこの一連の出来事にそれほど驚かなかったのも仕方がない。日常茶飯事とまでは言えないがよくあることだった。
一部の外国人従業員が身だしなみや態度、仕事でのミスなどで注意を受けている光景をこの短期間で私は幾度か目撃することがあった。
この旅館には多数の外国人労働者が在籍している。
特にこの旅館ではベトナムやネパール、中国出身の人が多くいわゆる発展途上国と言われる国々から出稼ぎを目的に来日している場合がほとんどである。
彼らの性格や日本に対する適応度合いはもちろん様々で、日本語を流暢に使いこなして仲居さん達と一緒に接客をこなす強者たちや、強者たちに比べると日本語習熟度は少し劣るが真面目で明るい性格の裏方スタッフ、来日して間もないからなのか常に緊張した面持ちの者や、嫌な仕事でも稼ぐためならと感情を殺して無心に作業をしているように見える者、スバスやアン君のようにかなり自由奔放で初対面でも構わずプライベートな領域まで距離を縮めていこうとする者など様々な個性であふれている。
ちなみに先ほどの頻繁に注意を受ける外国人労働者というのは決まって彼らのような、スバスやアン君のようなタイプの人たちだった。
なぜ、決まって彼らのような人間が注意される対象になるのかに関しては、日本の義務教育を受けてきて日本風の組織に属したことがある人間なら言わずもがな察することができるだろう。
純製の日本人である私にとって、さっき見た倉庫での光景は、特に変哲のない至って自然な現象であった。彼らの生まれ持った個性を消し去って会社にとって都合の良い製品に改良することがこの会社の正義であって、後藤君は正義感を持ってその正義を実行したに過ぎない。
そんなことを考えていると、ふとあの時の見た夢を思い出した。
道端に座り込む私。
逃げるように通り過ぎて行く通行人。
彼だけだった。どこかで見覚えのある顔をした外国人の彼だけが私のことを避けなかった。
あの時の私にとって、あの時の外国人の彼は正真正銘の英雄だった。
なぜこの瞬間にあの夢を思い出したのだろう。
もしかすると、あの夢の中の彼はアン君だったのかもしれないという妄想を膨らます。
仮に彼の正体がアンくんなのであれば、どうしたものか、なんて不思議な世界に私は生まれてきてしまったのだろう。
あの時の私にとっての英雄が、会社や後藤君にとっての悪党であり、彼の正義は、会社にとっての悪である。
見る場所や角度次第でこんなにも見え方が変わってしまうのか。この世界もまだ捨てたものではないのかもしれない。
新しい発見に興奮気味になっていると、あっという間に22時になった。
「じゃあみんな10時で上がってねー。」
社員の掛け声と同時に、皆が帰宅の準備を始める。
木下君と後藤君と一緒にエレベーターの方向に向かうと、エレベーターの前にアン君が立っていた。
先ほどの出来事があったからだろう、明らかに元気のない様子が見て取れた。1階まで降りると、来月に向けてシフト調整の作業をしている柿田さんを見かけたので四人で少し雑談をした後に旅館を出た。
それからいつものように坂道を降りながらこの温泉街で唯一のファミリーマートに向かう。
「今日、アン全然元気なかったよね。」と木下くんが切り出した。
「俺に注意されたからへこんでるんやろ。」後藤くんが少し興奮した様子で答える。
「後藤君注意したの?何を注意したの?」
「あいついっつもニヤニヤしながらこっち見てくるやろ?こっちからしたらおちょくられてるように感じるからやめときやって注意しただけ。」
「あー、確かに分かるわ。俺もずっと気になってた。」
「やろ?でももう今日注意したしこれからはなくなるんちゃうかな。」
「もしかしたらアン君的には仲良くなりたくて目合わせてるだけなのかもしれないですけどね。」
普段ならこういった類の会話に自分の意見を述べるような行動はめんどくさくて控えているが、さっき思い出した夢のせいなのかついつい自分の見解を吐き出してしまった。
「やとしたら仲良くなるためのアピールの仕方が間違ってるやろ。普通にしとけばこっちも普通に接するし。」後藤くんがさらに興奮した様子で言葉を吐き出す。
「文化の違いとかもあるやろうし、少なくとも彼に悪気はないと思いますけどね。」
「確かに悪気はないんかもせんけど、ここは日本やねんから日本の文化に合わせるべきちゃう?てか上田君さっきからめっちゃアンのこと庇うやん。アンに恋でもしてるん?まさかのゲイやったっん?」
「いや、別に庇ってるわけではないし。ゲイでもないし。」理解してもらえないことに対する葛藤と、侮辱されたことに対する怒りで心が支配されてしまったからなのかそれ以上の言葉は出てこなかった。
少し沈黙が続いた後、気を利かせてなのか木下君が別の話題を切り出してくれた。
寮の自室に帰ってからもモヤモヤが消えることはなかった。アン君の事情に対して少しも理解を示そうとしない彼の姿勢、それを説明しようとした私に対して侮辱したような文言を投げつけてきたことに対しての怒りの感情をどう処理するべきかに関して少しの間苦悩していたがやがてこういう時のために用意している特効薬を使用することによって静寂な感情を取り戻すことに成功した。
仮に彼が常に何かに対して怒っていないと正常な精神を保てない難病にかかっていて、誰かにその怒りの内容に関して意見でもされるようなら余計に症状が悪化してしまうと知っていたならば、彼に対して意見をして考えを改めさせてやろうなんて愚行を思いつくことなど決してなかったに違いない。
彼だったら私の意見を理解してくれて冷静に考え直してくれるだろうという過剰過ぎる期待を勝手にして彼に意見をしてしまった私に全ての問題があるのであって、大き過ぎる期待をかけてしまったことに対してむしろこちら側が土下座でもして謝るべきなのだ。
そう。人間への期待値を下げることで結果に対する感情を安定させるというのがこの場合の特効薬である。
今回も効き目は抜群であった。あとはコーヒーでも飲んで煙草を吹かせばもう完治したと言っても過言ではない。
大浴場の更衣室に入ると、おそらく玉さんのものであろうスリッパが吐き捨てられていた。
不思議なことに口外したくなるような出来事が起こった日に限って、浴場に向かうと玉さんに遭遇する。
「お疲れ様です。いきなりなんですけど、今日の出来事聞いてもらっても良いですか。」
「お疲れっす。どうしたんですか。また変な夢でも見たんですか?」
「残念ながら今回は夢じゃなくて現実の話なんですけど。」
浴場を利用中の人間が私たち以外にも数人いたので少し声のトーンを落としながら今日の倉庫での出来事、それから旅館からの帰り道の後藤君との会話内容などを端的に説明した。
玉さんはいつものように、なぜか辛辣そうな表情で私の話を聞き終えた後に、少し考え込む様子の沈黙を見せると、重い上顎を持ち上げるようにして話し始めた。
「アンの件に関しては異国で働くとなれば文化の違いで苦労するのは容易に想像できるというか、仕方がない気もしますよね。上田君的にはその後の後藤君の態度というかアンの抱えてる事情に対して少しでも理解してあげようという姿勢がなかったことに不満がある感じですか?」
「そうですね。一応、自己完結はしたつもりなんですけど。玉さんにわざわざ話すってことはまだモヤモヤしてるってことなのかもしれないですね。」
「んー、人間の心を持って生まれるっていうことはモヤモヤを抱えて生きていくってことなのかもしれないですよね。智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ。これ今とっさに思いついた文章なんですけどどうです?」
「いや、それ夏目漱石が考えた文章」
「バレたか。俺この文章かなりお気に入りなんですよ。人間なら誰もが抱える、心でありモヤモヤであるものも正体をかなり正確に端的に説明できてるあたりがすごくないですか」
「確かに。」
モヤモヤという言葉を聞いてふと、以前彼に聞いた、彼が大きな悩みを抱えながら生きているという話を思い出したのでその話を自然に振ってみることにした。
「じゃあ玉さんも勿論モヤモヤを抱えながら生きてるんですね。」
「抱えてるに決まってるでしょ。夏目漱石には申し訳ないけど、彼のこの文章の解釈では捉えられない程大きなモヤモヤというか悩みというか。これがなければどれだけ穏やかに生きてこれたのかって毎日考えてますよ。」
「ちなみにどんな悩みを抱えてるんですか」
「それは、今は言えないです。」
普段、仕事中も仕事外でもどこか抜けている様子の彼だがこの悩みの話をしたとたんに見せる対局中の棋士かのような真剣そのもの表情によって一層この悩みの話への興味が深くなってしまう。
「いつだったら教えてくれるんですか。なんで今はダメなんですか。そこまで焦らされたら逆にめっちゃ気になってきますよ」
「なんだろう、んー。このことを上田君が知ったときの反応を見るのが怖いというか、恥ずかしさもあるというか。なので俺がここを辞めるときもしくは上田君がここを辞めるときだったら、もう顔を合わすことがないと思うんで、そのときに聞いてくれれば教えることはできますけど。」
いろいろヒントは教えてもらったが結局、核心の部分は全く見えてこなかったので約一ヶ月後である玉さんのの退職日に悩みの内容を教えてもらうという約束を取り付けて、その日は解散した。
第六章 『心の声』
旅館が大盛況する年末年始。
連勤が終わり、久しぶりの休日に心が踊っている。
寮の外に出ると、パラパラと雨が降っている。
いつものコンビニで昼ごはんの昆布おにぎりと醤油味のカップラーメンを購入し店を出る。
少し早歩きで寮へと向かっていると、傘もささずに、雨の中を闊歩しているスバスと遭遇し、目があった。
「傘入る?」彼の体の方に傘を近づける。
「いえ、大丈夫です。」
ふりしきる雨の中、パーカーのフードを傘がわりにして早歩きで寮まで向かう彼にペースを合わせるようにして、私も少し早歩きで寮まで向かった。
このころの彼は以前とはまるで別人のようであった。仕事中も常に物憂げな表情で、人と話しているところもほとんど見かけなくなり、仕事が終われば一人で即座に職場をあとにするといった様子である。
同じネパール出身で彼と仲の良かった人物も、およそ一週間前にこの温泉街を出て行き、一人ぼっちになってしまった彼は、話し相手がいないことが原因なのか、うつ状態になってしまっている様子に見えた。
彼と一悶着あって以降、私は彼と関わりをもたないようにしてきたが、私の天邪鬼な性格のせいからのか、彼がおとなしくなり始めてからは私の方から話しかけることが増えていった。
話すとは言っても挨拶に毛が生えた程度のもので、最後に会話をしたのも一週間ほど前のこと。
道中でで突然、傘に入る許可を出す私に対して彼は少し警戒心を抱いているいる様子だった。
しかし、ふりしきる雨の中、歩幅を合わせながら会話をしているうちにだんだん彼の方も心を開き始めたようで、久しぶりの生身の人間との長尺の会話に興奮し今度は躁状態になってしまった様子にも見える。
寮に到着してからもまだ話し足りない様子なのと、私の方も予定の時間まで少し余裕があったのでとりあえず彼を一服に誘った。
いつものように野外にある非常階段に腰を下ろしポケットから煙草を取り出す。
先に彼に一本渡した後自分の分を口にくわえ火を付ける。それから彼にライターを手渡した。
「スバス最近、めっちゃおとなしくなってるやん。」
「はい。これからは大人しくすることにしました。もう迷惑はかけたくありませんので」とスバスが真剣な表情で答える。
「うーん。迷惑ねー」私は吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出した。
「あの、ここの会社の人や日本人は何か問題があったらすぐに、例えば上司の人とかに報告しますか?」スバスが少し気まずそうな顔でこちらを覗き込んでいる。
「内容によるとは思うけど、なんか言われたん?」
少々の沈黙をした後に、彼はあるものを取りに行くと言って自分の部屋に行ってしまった。
すぐに彼は戻ってきた。
彼の手には一枚のA4サイズほどの大きさの紙が握られている。
私の横にまでくると気まずそうな表情のまま、手に握っている紙をこちらに差し出す。
「誰にも言わないでほしいですけど、こんなものをもらいました。みんなが私のことを悪い人だと思っています。」
いきなり何を言い出すのかと思いながらも、紙に書かれている内容に目を通してみる。
すると、中にはこんなことが書かれてあった。
(他の従業員の人たちから多数のクレームが入っています。 1.会社で人とすれ違う時は必ず挨拶をする。 2.出勤する時は髭をそった状態にしておく。 3.他の従業員にお金の話などのプライベートな話を聞かない。 4.何か間違いがあった場合はきちんと謝罪をする。
今回は注意だけですが、もし以上のことが守れてないともう一度報告があった場合、即解雇するので気をつけてください。)
日本語の会話は得意だが読み書きの苦手な彼は、書かれている内容をある程度しか理解できていなかった様子だったので、私の方から詳しく内容を説明をしてあげた。
すると、書かれていた内容に関しては自分自身も心当たりがあったようですんなりと受け入れている様子だった。
ただ、納得はしたのと同時に悲しそうな表情も見せていたので、私はとりあえず慰めの言葉をかけた。
すると、彼は悲しそうな表情のままこんな言葉をポロリとこぼした。
「もう日本は無理です。」
そして、少しの沈黙の後に、彼はさらに続ける。
「誰も私のいいところを見てくれない。いつも悪い人だと思われます。6年間日本で生活していますが何も変わりません。外国人だからといって、いつも無能かのように扱われます。」
「んー。」
私には返す言葉が見つからなかった。慰めてあげたい気持ちはあるがどうしても適切な言葉が思い浮かばない。
なぜなら、どうしても今の彼の現状は彼自身が生み出したものでしかないように思えてしまうからだ。
この旅館の中だけのことを切り取ってみても、彼の主張は当てはまらないように思えた。外国人スタッフの中には彼のように日常的に問題を起こす人もいる一方、きちんとルールや礼儀を守り、高い評価を得ている者も多数在籍している。
その点では、彼自身に非があると私は思う。
ただ一方で、この国に蔓延する暗黙のルールや常識などに対してどうしても嫌悪感を抱かずにはいられない私としては、彼の心の中の渇望も多少は理解できるとも思った。
「難しいなー。日本の社会って色々と大変よな」私はとりあえず適当な相槌程度の言葉を返し、短くなった煙草の火をその場で消した。
「上田さん、まだ時間ありますか?」
「時間?あ、さっき買った昼ごはんまだ食べてなかったわ。あと、もうちょっとしたら予定ある。」
「わかりました。今日の話は誰にもしないでくださいね。」
「なんで?」
「いえいえ、特に理由はないんですけど内緒でお願いします。」
「うん、わかった。じゃあまたね。」
この話を内緒にしたがる理由はよくわからなかったが、そんなことよりお腹が空いていたので非常階段を後にし、そそくさと部屋に戻った。
第七章 『デート』
先ほどコンビニで購入したおにぎりとカップラーメンを食べ終え、少しの昼寝をし、目が覚めた頃には13時をまわっていた。
携帯のに一件のLINE通知が入っている。
(今から準備するね、今日楽しみだね)
待ち合わせの時刻までまだ少し時間があったので本でも読もうと思い、KINDLEの電子書籍端末を手に取ったもののなかなか内容が頭に入ってこない。
どうやら人生で初めての本格的なデートを目前に気分が高揚してしまっているようだ。
仕方ないので、Amazon Prime Video のアプリを開き『鬼滅の刃』のアニメを2話ほど見進めた。
視聴を終えると、ちょうどいい時間だったのでデート用に身なりの準備を始める。
持ってる服の中で一番綺麗めな紺色のトレーナーと黒のパンツをチョイスしその上にいつもの黒色のジャンパーを羽織り、少々のワックスを髪につけると、最後に歯磨きをして準備が完了した。
駅について10分ほど待っているとサキちゃんが小走りでこちらに向かってくる。
彼女の耳元でゆらゆらと揺れるピアスに目を奪われていると、彼女の顔がすぐそこまで近づいていた。
「ごめん、遅くなったー」だいぶ長い距離を走ってきたのか、かなり息が上がっている。
「全然やで、いこっか」
二人で駅の切符売り場まで向かい大阪駅行の切符を購入し、改札口の中に入っていった。
サキちゃんとは2ヶ月ほど前の旅館の従業員たちが集まった飲み会で出会った。
旅館に備え付けられたうどん屋の従業員で、仕事場で顔を合わせることはなかったのでその日初めてサキちゃんの存在を知った。
彼女は私よりも14個年上で中学生の息子を持つシングルマザーである。
今思い返せば、人間経験の豊富な彼女の人を喜ばせるコミュニケーション術に勝手に舞い上がってしまい、完全に図に乗ってしまった私がLINEを聞き出したところからが私達の関係の始まりだった。
整った容姿と、大人の色気を兼ね備える彼女にはいい意味で高貴さはなく、誰でも周囲の者を近づけてしまう活発な小学生のような雰囲気を身に纏っている。
そのせいなのか、自分が偏屈だと自覚しているからこそ人と接することに抵抗のある私が、彼女にはすぐに心を開いてしまっていた。
彼女の方も、得意の愛嬌で言っているのか、本音なのかわからないが私のことを気に入ってくれているらしい。
出会ってから約2ヶ月の間に二人で夜ご飯を食べに行ったり、夜景を見に行ったり、夜道を散歩したり、一晩も共にしたこともある私たちはすでに恋人と呼べるほどの関係にまで仲を深めていた。
乗り継ぎも含めて1時間ほど電車に揺られていただろうか、ようやく目的地の大阪駅に到着した。
まだ映画の開演時間まではかなり時間があったので、二人で手をつなぎながら雰囲気の良さそうなカフェを探し歩く。
以前の私なら、街中によく出現する幸せそうな顔をしたカップルたちが放つ異様に熱い空気感にかなりの抵抗感を抱いていた。
そんな私が今は満更でもない顔をしてサキちゃんと手をつなぎながら梅田の街中を闊歩している。
しばらくすると目的地のオーガニックカフェに到着した。
静寂な雰囲気の木製の内装の店内に入り、一番端の少し広めのテーブルに腰をかける。
それからおすすめメニューのオーガニックハンバーガーセットとオーガニックビールを二人分、注文した。
しばらくすると店員さんが料理を運んできてくれた。
大豆ミートとピクルスを挟んだハンバーガー、コンソメスープ、そして大きなグラスに注がれたオーガニックビールがテーブルに並ぶ。
「うわー、美味しそー!」サキちゃんが、遠足にやってきた小学生の様なウキウキした表情でこちらを見ている。
「うん、美味しそう、ビール全部飲まれへんと思うから余ったら飲んでな?」
「いいよー、上田くんは赤ちゃんでちゅからねー」
30分ほどで食事を終え、お会計をするためにレジに向かう。
いつもの様に割り勘で料金を支払い、店を後にした。
店を出てすぐ左側にある駐車場で一服をすると、そろそろいい時間になってきたので映画館の方向に歩き始める。
「なあなあ、俺らってさ、ちゃんとデートするの今日が初めてよな」
「ほんまや。」サキちゃんが目と口を大きく開きながらいつものオーバーリアクションをとっている。
「今日みたいに昼間からデートするんが一番好きかも俺」
「うんうん、これから毎日昼間からデートしようね」
「サキちゃん、びっくりすること言ってもいい?」
「いいよ」
「俺、人生で初めてやと思う、こんなちゃんとしたデートするの。」
「サキもやで?サキも人生で初めてのデート」
そう言うと、真顔でこちらを覗き込む様に凝視してくるので思わず笑いを吹き出してしまった。
「じゃあほんまに初めてのデートかどうかAIに聞いてみるで?」
今度はこちらが真顔でそんなことをいうのでサキちゃんの方が爆笑する。
「AIはだめ、怖いからだめ。」
「じゃあバイデン大統領に聞いてみるで?」
バイデン大統領AI搭載ロボット説がtiktokから流れてくるという話をいつもサキちゃんから聞かされている。
「バイデンもダーメ。プーチンはいいよ。」
現在進行中のロシアによるウクライナ侵攻。NATO諸国や世界の大半の国から見るとプーチンは極悪人だが、サキちゃんによるとゼレンスキーやバイデンこそが真の悪党で、プーチンは彼らに争う正義のヒーロー説が濃厚らしい。
そんな話で盛り上がっているいるうちに映画館のある建物に到着した。
エレベーターで8階まで登り、券売機で『鬼滅の刃』の上映チケットを2枚購入する。
フードカウンターに行き、ポップコーンとドリンクを購入し、時計を見るとまだ10分ほど入場まで時間があるので、すぐそこに設置されているガチャガチャコーナーで時間を潰すことにした。
一通り見回してみると、『コトリクン』という名前のガチャガチャを見つけた。
「サキちゃん、玉那覇さんってわかる?」
「うん」ガチャガチャ選びに夢中なサキちゃんが、空返事を返す。
「玉さん、インコめっちゃ好きやからさこのインコクンってやつ回してみよ」
「え、いいやん可愛いインコクン、玉さんにあげよー」サキちゃんがこちらの方に近寄ってくる。
目当てのセキセイインコが当たるまで何度か回していると、入場の時間が来たので鬼滅の刃が上映されるシアター8の部屋まで向かい、指定した最後列の座席に座る。
ポップコーンを二人の座席の間にある肘掛の上に置き、着ていたジャンパーを脱いだ。
その時。
(バシャーンッ)
横を向くと先ほど購入したばかりのポップコーンが足元の床に上下逆さになって綺麗に着地していた。
とっさにサキちゃんがしゃがみ込み床に山積みになったポップコーンを箱の中にかき集める。。
「やばいー」焦りと、面白さの感情が混同している様子のサキちゃん。
私も椅子に座ったまま腰をまげて一緒に落ちたポップコーンをかき集める。
「何があったん?」
「わからんー」サキちゃんが照れながら私の目を見てくる。
私は彼女のあまりの可愛さについつい微笑んでしまった。
静かな映画館の中で二人、笑いを堪えながらなんとかポップコーンを拾い終え、再び席についた。
「どうする?もっかい買いにいこっか」
「いいよー。今回は諦める。」手足をバタバタさせて、拗ねている様子を表現するサキちゃん。
映画を見終え、同じ建物の中の服屋さんをぶらりと一周してから、再び街中に出た。
少し歩くと、大きなボウリングのピンが視界に入り込んできたのでその建物の近くまで向かう。
その建物の中に入り、ゲームセンターのコインゲームコーナーの前に着いた。
中学生ぶりくらいに見るこの目の前の光景と耳から感じる音響に、この日一番の興奮状態に陥る私。
「サキちゃんコインゲーム好き?」私は遊ぶ気満々だが、一応サキちゃんにも確認してみる。
「うん、コインゲームしよっ」即答で大きく頷き、目を見開いて、いかにも乗り気な表情をしている。本心でその表情をしているのか、それともサキちゃんの洗練された愛嬌術が炸裂しているだけなのかは私には詳しく判別できなかったが、私としてはコインゲームを目前にしてサキちゃんの本心を探っている余裕などなかったので、即座にコイン購入機の前に向かった。
大当たりを出すなどの幸運もあり、夢中になりすぎた結果、2時間近く時間が過ぎさってしまっていた。
「ねえ、もうそろそろでよー、お腹すいたー」流石に飽きてきたのか退屈そうな表情のサキちゃん。
「うん、最後これだけやらして、今チャンスやから」再び到来した大当たりのチャンスに興奮していた私はサキちゃんには目もくれずにコインゲームを続行した。
結局、惜しいところまで行ったが大当たりは出なかった。
建物から出ると、すっかりあたりは暗くなっている。
「めっちゃ暗くなってるな、夜ご飯どこ行く?」
サキちゃんからの返答がこない。
「あれ、どうしたん?」
「なんもないよ、お腹空いてないし帰ろー。」サキちゃんの声にはいつもの穏やかさがない。むしろ怒りのの色が見える。
私はとっさに、自分の行動を振り返った。
「ごめん、ゲーム長くやりすぎた」
サキちゃんは沈黙したまま、前を見つめている。
「ごめんなさい、夢中になりすぎてた」
「もういい、今日は帰ろ。」そう言うと、サキちゃんが駅の方向に歩き始める。
何度か謝罪して引き留めたが結局、ふたりで温泉街の近くの駅まで帰ることになった。
無言のまま1時間ほど電車に揺られ、温泉街の最寄り駅に到着した。
あれだけ謝罪しても怒りが治らないサキちゃんに対し、私の方も諦めの感情が出てきてしまっていたので改札を出たらそこで解散しようと考えていた。
すると、改札を先に出たサキちゃんが急にこちらに向かって振り返った。
「ねえ、お腹すいた」表情では怒りを演出しているが、声質によると、もう機嫌が治っているのがわかる。
「三四郎いこ、さっきはごめんね。気をつけます」私はとっさに言葉を紡ぎ出した。
「ふんっ、許さんっ」
彼女の中でどんな風に折り合いがついたのかはわからないが、どうやら電車に揺られている間に怒りが鎮まったらしく、私は安堵したのと同時に彼女の感情の起伏の激しさに少し驚いた。
私たちは駅のロータリーを抜けてすぐ左に曲がり、線路沿いの道にポツンと立っている『三四郎』という文字の書かれた暖簾をくぐり店の中に入った。
第八章 『恋愛』
梅田デートの日から、二週間ほどたった頃。
その日もいつものように、仕事終わりに旅館の駐車場でサキちゃんと合流した。
近くのラーメン屋までサキちゃんの運転で向かい、店のおすすめ肉ラーメンを平らげて、店を出た。
温泉街に戻り、綺麗なオレンジ色の街頭に照らされた静まりかえった道路脇に車を止め、コンビニで購入したカフェオレを一口飲み込んでから、沈黙を破るようにサキちゃんに話しかけた。
「サキちゃん、そろそろ教えてよ」
前回会った日の別れ際から、どうもサキちゃんの私に対する様子がおかしく、不安になってしまった私が理由を聞き出そうと今日ご飯に誘ったのだが、サキちゃんの方はなかなか肝心な理由を教えてくれない。
「教えてもいいねんけど、理由がしょーもなすぎて逆にサキのこと嫌いになるかもせんで?」サキちゃんは真剣な表情をしている。
「うん、嫌いにならんから教えて。」
少し間を置いてから、おそらく怒りからだろう多少震えた声でサキちゃんがあの日の気持ちを語ってくれた。
あの日、シャワーから先に上がった私がふと時計を見ると、深夜の2時半をすぎていた。次の日も二人とも朝から出勤だったためシャワー中のサキちゃんにも時刻を伝えて、私だけさっさと服をきて帰る準備をした。
シャワーから上がったサキちゃんは、私があまりに急いでいるので、髪は家で乾かすと言い、濡れた髪のままホテルを出て私を寮まで送り、その日は解散した。
結論を言うと、その日、髪を乾かしたいと言い出せないくらい私に急かされたことに対して彼女はかなり機嫌を悪くしたそうだ。
理由を聞いた瞬間、私は正直ほっとした。
女性経験が少ないから気づいてあげられなかったなどといい感じの言い訳をした後に謝罪をすると、多少の時間は要したが、サキちゃんも納得してくれた様子で、機嫌を取り戻してくれた。
そこからは、普段のように内容の濃いような薄いような会話で盛り上がり、その日も結局寮に帰った頃には深夜の3時半をまわっていた。
梅田でのデート以降のサキちゃんは少しだけ人格が変わってしまった。
というよりは、自分の素の姿を私に対してさらけ出すようになった。
私の口から発せられた何気ない一言を、軽く受け流すことができずに、癇癪を起こしてしまうといった出来事が何度か起きた。
大抵の場合は、マジシャンがひん曲げたスプーンのように綺麗に曲がった性格をした私の方に原因があるので、その度に謝罪をするのだが、彼女の怒りがその日中に収まることは珍しかった。
そして、その翌日にもう一度サキちゃんに謝罪の連絡をして、会って彼女の機嫌が戻るまで話し、結局帰宅する時間は毎回深夜になってしまう。
起動哀楽の表現者であるサキちゃんと一緒にいることに対して中毒になってしまっている私、一方で連日の睡眠不足によって疲弊していく体。
これだけの時間を恋愛に、サキちゃんに費やすことが果たしてどんな意味をもたらすのか、今までほとんど恋愛をしてこなかった私にはうまく想像ができないでいた。
第九章 『失踪』
山の中に存在する温泉街、冬は想像以上に冷え込む。
先日、母親から郵送で送ってもらった手袋を装着し、いつものように旅館まで向かった。
旅館に到着し、朝礼の時間の14時になっても、まだアンくんの姿が現れない。
「誰かアンくんと連絡取れる人いる?」柿田さんが困った表情で皆に尋ねている。
アンくんと同じベトナム出身の人が彼の連絡先を知っていたので、電話をかけてもらったもののアンくんは出ない。
「アン何してんねん、まあいいやとりあえず朝礼はじめよっか。」
作業の変更点や注意点などの確認し終えると、皆それぞれの配置に向かっていく。
作業が始まって、2時間がたってもアンくんの姿は現れず、会社にも連絡はまだ入っていないらしい。
流石に何かがおかしいと思った私は、ちょうど近くにスバスがいたので何か知っていることはないか尋ねてみた。
すると、
「後で話しましょう。」と周りに聞こえないように小さな声で彼が私にささやいた。
「え、あ、わかった」まさかの返事に少し驚いたのと同時に、今この場では言えない話に対して大きく興味が湧いてしまった。
結局、終業時間の22時になっても、アンくんが職場に姿を表すことはなかった。アン君に何が起こったのか気になって仕方がない私たちは、旅館を出ると真っ先に寮の5階にあるアンくんの部屋へと向かった。
部屋の前まで到着し、扉をノックをする。
(トントン)
返事がない。
「アンー。大丈夫ー。」
「……..」
木下くんが呼びかけるもまたもや返事がない。
私はふと、ドアノブに手をかけて回してみた。
すると、鍵がかかっていない。
(ガチャッ)
部屋の中が見えてしまった私は一瞬どきっとした。
人が住んでいる痕跡がまるでない。
「え、何これ」木下くんが唖然とした表情で呟く。
「これ完全に飛んでるやつやん」後藤くんも驚いた様子で部屋の中を見渡している。
綺麗に片付けられた部屋と無断欠勤、私たちは即座に彼が失踪したことを悟った。
それから10分ほど失踪の原因を皆であれこれ推測するものの、結局、うまい具合に推理が着地することはなく、とりあえずその場は解散することになった。
職場でスバスが呟いた一言が頭から離れなかった私は、自分の部屋には戻らずに、そのままスバスの部屋の前まで向かうことにした。
(トントン)
「スバスー、俺ー」
(ガチャッ)
「どうぞ、中に入ってください」
私は彼の部屋の中に入り、その場に腰を下ろした。
何故だろうか、スバスの様子に落ち着きがない。
「アンくんやめたん?」早速私の方から会話を切り出す。
「昨日の夜に出て行きました。」
「なんでいきなり出ていったん?」
「まあ、それは一言で言うのは難しいですけど」
少し考え込む様子を見せた後で、彼はさらに続ける。
「この気持ちははもしかしたら私たち外国人にしかわからないかもしれないです。
何か訴えかけたそうな目でこちらを見る彼。
「うん。」
「上田さんはどこでもいいですけど外国で住んだことはありますか?」
「住んだことはないかな。でも来年から一年間くらいオーストラリア行く予定はあるで」
「それは働きにいくのですか?」
「うん。ワーキングホリデー ビザっていうのがあってそれ使って働きに行く予定」
「そうですか。頑張ってください。タバコ持ってますか?」
さっきまで下の方を向いて話していた彼が急きこちらに目線を合わせてくる。
「うん、急やな。」
ポケットからタバコを取り出して彼に一本手渡した。自分も一本口にくわえその場で火をつける。
「それでアンくんが辞めた理由はなんやったん?」
「まあ、そうですね、外国で働くということは簡単なことではないですし、日本以外の国で働いたことはないのでわからないですけど、日本人はみんなロボットのように黙って働きますね。仕事中に少し話をしているだけで怒られます。それと日本人は周りの人にどう見られているのかをすごく気にしますよね。だから髭が少し生えているだけで怒られます。そのほかにもまだたくさんあります。私たちは母国では自由にして良いと教えられてきたので、それが正しいと思って日本で生活をしていると、怒る人はいますけど、私たちと仲良くしようとする人はほとんどいません。」
「んーー。」
うまく考えを整理することができない。
私はアン君の失踪の原因を知りたかっただけで、彼に同情する気は始めからなかった。最近の幸福色の強い私に、他人の人生に干渉している余裕はもはやない。
ただ、社会からのはみ出しもの同士なだけあってスバスの主張は無意識に心に突き刺さってくる。
「だったらさ、日本がそんなに辛かったらベトナムとかネパールに帰ったら良くない?」
「私たちも帰れるなら帰りたいです。でも、基本的に私たちは日本で働くために多くの借金をしてきている場合がほとんどなので、返し終えるまでは帰れない。」
「どれくらいの借金してるん?言いたくなかったら言わんでも良いけど。」
「私の場合は200万円くらいです。ネパールだと平均の年収が10万円くらいがなので、帰ってしまったらもう借金は返せないです。」
「なるほど、なんで日本で働くのに200万もお金が必要なん?」
「日本での在留資格を得るために、私たちは学校に通わなければならないんです。日本語学校と専門学校の学費だけで200万円は払いました」
「んー。」
色々と気になったのでその場でGoogleを使い少し調べてみたところ日本で外国人が就労可能な在留資格を得るためには主に三種類の方法があり、医師免許やコンピュータサイエンスの博士号などの高度な専門技術を要する資格を得てそれを利用する方法、日本の永住権を保持している者か日本人の配偶者となる方法、そしてそのどちらでもないほとんどの者は留学生として日本語学校などに通うことで週28時間まで労働可能な在留資格を得ることができる。
日本語学校をでた後、ホテル、IT、自動車などの専門学校に通い、卒業資格を取得できれば、医師免許を持っている者や、博士過程を終了したコンピュータサイエンティストたちと同じように労働時間の制限なく取得した資格に合った分野で働くことができる。
そのほかにも複雑な制度、決まりが多く存在し日本人ならまだしも読み書きもままならない状態で来日した外国人の彼らにとってそれらの制度を理解することは困難を極める。
そのため、ネパールやベトナムでは街中の至る所に外国への出稼ぎ斡旋業者が乱立しており、出稼ぎ希望者は彼らに複雑な手続きを任せる代わりに高額な手数料を搾取されるといった、そんなビジネスも蔓延しているそう。
想像より遥かに闇が深そうな外国人労働者市場、そしてその世界で生きているスバスやアン君のような人々、こんなに近くに存在しているにも関わらず私には全く見えていなかった世界だった。
安定した生活、安心できる環境、恋人の存在、満たされ過ぎている私の心。
一方でスバスやアン君の心の中には、一体どんな感情が渦巻いているのだろうか。
彼らの歩んできた物語、その断片に刻まれた心情、その一つ一つを見てみたい、そんな心持ちになった。
「スバスって日本に住んで何年目やったっけ?」
「4年ほど経ちます。」
「その4年間でいろんなことあった?」
「はい。それはもう一冊の本が書けるくらい色々ありましたよ。」
確かにその4年間は壮絶だったと言うことを今の彼の表情と頭皮が物語っている。
「そんなに大変やったんか、じゃあさ、スバスのその4年間の話聞かせて。俺が本書くから。」
私は冗談半分で言ったつもりだたったが、彼の方は意外にも乗り気な表情を見せている。
「どんな本を書くのですか?」
「んー、とりあえずスバスの物語聞いてから考えようと思う、」
「わかりました。」
元を辿ればアン君の失踪理由を聞くためにここにきたが、気がつけばスバスに、彼の人生物語を聞かせてもらうという少しトリッキーな展開になってしまったが、おそらく私自身、初めて出会うことになるであろうその彼の物語に興味津々で仕方がない。
「てかさ、その4年間の物語の前に、なんで日本で出稼ぎをしようと思ったん?」
「わかりました。今から、出稼ぎの理由も含めて、全部上田さんに話しますね。そして上田さんがその話を本にして、その本を読んだ人が私やアンのような外国人の人たちの気持ちを少しでも知ってくれたら私は嬉しいです。」
そう言い終えた後、彼は、外国人特有の訛りのある日本語を使いこなしながら、彼自身の人生の物語を話し始めた。
第十章 『スバスの過去』
私は20歳の頃、夢と希望をを持って中国とインドの辺境にある小国から憧れだった日本へとやってきた。
ただこの島国に夢や希望など抱くべきではないということに気がつくのにそれほど多くの時間は必要ではなかった。
ネパールという発展途上の長閑な国で育った私にとって、日本の先進的で冷徹なシステムはあまりにも窮屈に感じてしまう。
4年前に来日してからというものこの窮屈さから解放される瞬間などほとんど存在しなかった。
教師として働く両親のもとで生まれ育った私は小さい頃から学業に精を出し、高校生のとき、両親の期待に答えるためにも医者の道に進むことに決めた。
だが、医学生になるための試験に落選することになる。
浪人生になったものの、初めての挫折と両親からの過度な期待に耐えられなくなった私は悪行に走ってしまった。
ほとんど自宅には帰らず、アルコールや大麻による快楽だけがその頃の救いだった。
一年ほど浮浪したのち、最後は親の説得もあり、もう一度真面目にやり直すことに決めた。
勉強はもう懲り懲りだったのと、学費の支払いなどでこれ以上は親に迷惑をかけられないと考えた私は外国へ出稼ぎに行くことに決めた。
ヒマラヤ山脈などの山岳と、陸領地が国土のほとんどを占め、さらに北は中国、南はインドに囲まれ海と面さないネパールは、世界中の最も貧しい国のうちの一つであり、労働人口の大半が農業で生計を立てているのが現実である。
それゆえに国内では仕事を見つけることが難しく、また見つけたとしても十分な給料をもらえない場合が多い。
そうした理由がこの国が出稼ぎ大国である所以である。
ネパール政府が英語教育に力を入れていたおかげもあり、私は英語をかなり上手に使いこなせる。
当初はアメリカやオーストラリアなどの英語圏を出稼先として考えていたが、どちらもビザの申請が通らなかったため断念することになった。
父親の兄弟が過去に日本で出稼ぎをしていたことや、私自身アニメや漫画、さらにはTOYOTAなどの日本製品などから日本に親しみを持っていたことから、次の出稼ぎ先候補を日本に決めた。
早速、話を聞きに行くため、母の運転する車に3時間ほど揺られて首都のカトマンズまで向かった。
街の中には、至る所に出稼ぎ斡旋業者の店が建っており、そのなかの『YOUKOSO JAPAN』と書かれた店舗の中に足を踏み入れた。
そこでは日本での先進的な生活や、ネパールとは比にならないほど高額な給料の話などを店のスタッフに教えてもらった。
世界の最貧国として位置付けられているネパールで育ってきた私にとってはどれも興奮するよう話ばかりだった。
私自身、挨拶程度の日本語しか話せないことが大きな不安点だったが、彼によると他の出稼ぎ希望者も皆同じ状況で日本へ渡航するらしく、現地で通う日本語学校で読み書きや会話などを教わることができるので現時点では問題はないとのことだった。
再び3時間ほど車に揺られて家に帰宅し、さっそく店舗でもらった資料を父親に見せた。
その資料を見ている時の父親の表情がエベレストの山道のように険しいものだったことは今でも良く覚えている。
結局、父は反対こそしなかったが、もし行くなら何があっても途中で諦めるなと、それだけ言うとその場を去っていった。
渡航費、日本語学校の学費、在留資格の手続き代行料、その他手数料含めて、約200万円。
ネパールの平均月収が約10万円だということを考慮すると、私の出稼ぎは両親にとって、とてつもなく大きな投資であった。
出国日、母が空港まで送ってくれた。
出発の1時間前、出国ゲートを通る前に母が手作りの小さなキーホルダーをプレゼントしてくれた。
潤い出す母の目、私もつられそうになったが彼女に心配をかけないためにも笑顔で別れを告げた。
ゲートを通り一人になった瞬間、いろいろな感情が一気に私の中に押し寄せてくる。
大国である日本での生活に心が踊る一方で、20歳にして突然背負ってしまった重圧、それらを同時に考えると心がはち切れそうになった。
「少し機内が揺れるのでシートベルトを着用してください。」
機内アナウンスの音で目が覚める。
即座に窓の外に目をやった。
広大な海の先に見える日本列島、辺り一面に敷き詰められた建造物と、所々に生茂る緑。
ついに日本での生活が始まる。寝起きの目を擦りながら、心の中で静かに覚悟を決めた。
空港に到着してからは圧巻の連続だった。
ホスピタリティー溢れる空港スタッフ、見渡す限り一面、清潔感の漂う館内、どこに注目しても新しい発見だらけで先進国の凄さを目の当たりにした。
英語表記の案内版のおかげでなんとか成田空港駅の改札口まで辿り着いた。
少しホームで待機した後、やってきた東京方面行の電車に乗り込む。
驚くほど綺麗に清掃が行き届いている車内、スマホに夢中だからなのか、会話をするものはほとんどいない。
あまりに整然とした車内に、少し窮屈さを感じてしまった。
途中、乗り継ぎで苦戦し、そばにいた日本人に訪ねてみようと試みたが、皆急いでいるのか早々とその場を通り過ぎていくので、なかなか声をかけることができない。
ようやく若い男性二人組が立ち止まってくれたが、どうやら英語を話せないようだったので、携帯の翻訳機能を使ってなんとか乗り継ぎ方法を聞き出すことに成功した。
1時間半ほど電車に揺られ、ようやく目的地の高田馬場駅に到着した。
あたりはすっかり暗くなっており、立ち並ぶ店の看板や照明が赤オレンジ色に街路を装飾している。
迎えにきてくれたスタッフに案内されたのは、日本語学校から徒歩10分の場所にある1kのアパート。部屋の中は所々汚れが目立ってはいるが、その他は特に問題なはなさそう。
翌朝、指定された時刻の15分ほど前に寮を出て、日本語学校に向かった。
『東京日本語学校』と書かれた看板が目印の、縦長のビルの前に到着し、透明な分厚い扉を開け中に入っていく。
受付のスタッフに名前を伝えると、5階にある教室へと案内された。
四方を白に塗装された広い教室の中に入ると、おそらく私と同期であろう入学生達が40人ほど、綺麗に並べられたテーブル席に着席している。
白髪で柔和な表情をした先生らしき人物が私に気がつきこちらに近づいてくる。
挨拶程度しか日本語の話せない私は、緊張しながらもなんとか自己紹介をすると、その先生らしき人物は、笑顔で「森です、よろしくね」とだけ言い私の背中をポンと軽く叩いてくれた。
肩の力がスッと抜けていく感覚になった。この瞬間が森先生との初めての出会いである。
肉の加工工場で冷凍された肉を箱に詰める仕事を学校から紹介してもらい、入学してから一週間後には早速、勤務が始まった。
出勤初日、同じ作業場の若い日本人男性たちに何か話しかけられたが、その言葉を理解できなかった私は少し挙動不審になってしまった。 その様子を見て、おかしな奴がきたと言わんばかりの表情を見せる彼ら。言葉のわからない私はその場でどうすることもできなかった。
仕事に関しては、上司達の言っていることはまるで理解できなかったが、作業自体は単純だったので見様見真似でなんとか覚えることができた。
氷点下の冷凍庫の中に何時間も立ちっぱなしのこの仕事、温暖な気候のネパールで生まれ育った私にとっては、今まで経験したことのないほど過酷な経験だった。
バイトと学校での勉強に追われていると、すぐに2ヶ月が過ぎ去った。
今の仕事の給料だけでは仕送りはおろか、生活費や寮費の支払いだけで精一杯だったので、もう一つバイトを掛け持つことに決めた。
留学生の間は就労時間の上限が週に28時間までと定められている規定も、もはや形式だけで、周りの学生も皆、手取りで給料を受け取れる仕事を探すなどして、法の穴をかいくぐっているのが現実だった。
私も同様に手取りで給料を受け取れるアルバイトを始めることにした。
それからは、昼間は学校で勉強、夕方は肉工場でバイト、深夜に玉ねぎ加工のバイトをする生活がはじまった。
涙を流しながら玉ねぎをひたすらカットするその時間は、想像以上に過酷なものだった。
半年が経った頃には、いろいろな要領を掴み始めたおかげで、授業にも最低限しか出席しなくなった。
その結果、学校の成績は悪化する一方で、大事なテストに何度も落第した。
その度に、私を励ましてくれたのが森先生だった。 ある時は暗くなるまで私のテスト勉強を手伝ってくれ、その日の帰り道に自動販売機でコーヒーを買ってくれた。
そして、がんばれスバス、と先生は優しくそう言ってくれた。
日本語の読み書きはまだまだ苦手だが、一年も経てば日本語の会話に関してはかなり上達していた。
ただ、どれだけ日本語が上達しようと、ここは異郷の地、心の中の寂しさが薄まることはなく、むしろどんどん濃くなっていく。
これまでも何度か両親と連絡を取り合ってはいたが、大国である日本で生活している私を誇りに思い、私に全ての期待を託した両親のことを想像すると彼らに弱音は吐けなかった。
異郷の地で孤独に包まれた心、日々の過酷な労働で疲弊し切った体。
何度、帰国を夢見たか。何度、あのネパールの長閑な生活を羨望したか、何度あの秩序立っていない自由な空間に戻りたいと思ったか。
確かに理論的にはいつでも帰国できる。仕事もいつでもを辞めることができる。
だが、お金という悪魔と契約を結んでしまった私には、それを実践することなどもはやできない。
玉ねぎカットの仕事終わりの帰り道、朝焼けに包まれる空をぼんやりと眺めながら缶ビールの蓋を開ける。
この薬を使って、この孤独な心を麻痺させることしか、もはや私自身を正常に保つ方法はなかった。
来日してから一年半の月日が経過した。
森先生のサポートのおかげもあり、なんとか日本語学校を卒業することができた私は、就労時間に上限のない専門的な仕事に就くための資格を得るために専門学校に通うことになる。
第一志望としてコンピュータグラフィックの専門学校を希望したが、学費の問題や日本語レベルの問題で諦めることになった。
幼い頃から憧れだったあの大企業TOYOTAの自動車学校にも応募したが、これもまた日本語レベルの問題で落選。
結局、東京都の中野区にある、ホテル業の専門学校に入学した。
簡単な試験を受けるだけで容易に入学出来ることに加えて、授業料が他業界の専門学校と比べて安い。
日本語の読み書きもまだ未熟で、かつ資金の乏しい私にはこの他に、選択肢はなかった。
引越しの日の朝、少し早起きをして寮の周辺を散歩することにした。
白や茶色、グレーと様々な色をそれぞれの外壁に塗装されたマンション群。
夜中、バイト帰りに缶ビール片手に何度も立ち寄った、ブランコとベンチのみが設置された小さな公園。マンションや家の立ち並ぶ住宅街からひとつ横に抜けた先の大道路沿いにある、激安中華弁当屋。
目的もなくふらふらとこれらの思い出の場所を散歩しながら、この地での思い出を堪能していると、なんだか穏やかな心持ちがする。
バイトと学校で、ほとんど自由時間など存在しなかった一年半だったが、それらの思い出が、今は達成感として私を癒してくれる。
無意識の間に頬を伝う涙、私はその涙を、その感情を気が済むまで味わい続けた。
東京の中野区にあるホテル専門学校に入学してからも、相変わらず過密な日々を過ごすことになる。
高田馬場にいた頃と比べて、変わった事といえば仲の良い友達ができたことくらいだ。
入学式の一週間前に中野区東中野にある専門学校から徒歩15分の距離にある家賃5万円のワンルームアパートへと引っ越した。
新しいアルバイトもすぐに始めた。家から電車で30分ほどの距離にあるヤマト運輸の工場で、配送される荷物を地域ごとに仕分ける仕事だ。
レーンの上を高速で流れる荷物を、配送先の各地域ごとに仕分ける作業を何時間も行うのだが、これほど自分の身体と精神をロボット風に変異させる経験は未来永劫できないだろう思えるほど、無機質で窮屈に感じる仕事内容だった。
ただ、どれだけ無機質で窮屈でも辞める理由にはならない。
奨学金制度を利用して、専門学校の授業料である80万円を支払ったばかりの私には、もはやアルバイトを辞める選択肢など存在しなかった。
一方で、第二章の始まりに相応しいサプライズな展開も巻き起こる。
一人暮らしを始めてから三ヶ月も経たないうちに、新しく出会った仲間たちとシェアハウスをすることになったのだ。
ハウスメイトとなる同じネパール人の彼らとの出会いは工場の屋上にある喫煙スペースだった。
ヤマト運輸で働き始めてから一ヶ月が経った頃、いつものように20時の休憩時間のチャイムとともに、作業のためのロボットモードを解除し、作業場を後にする。
人間と大量の台車とそれらを支配する機械の混在するこのどんよりとした工場内をさっさと抜け出し、屋上に喫煙スペースの備え付けられた建物の方向へと向かう。
外はもうすっかり暗くなっており、梅雨のせいなのか曇り空が無気味なほど近く感じる。
建物の中に入り、すぐに左折して、エレベーターへと向かう。
傷一つ無い真っ白な天井と壁に囲まれた廊下が、私にも同じように統一された乱れのない秩序を要求しているようで、ここを通るたびに窮屈な心持ちになる。
エレベーターで屋上まで上がり、外に出て、喫煙スペースのすぐ横に設置してある自動販売機でコーヒーを購入する。
喫煙スペースでは、大学生っぽい男集団や、ぽっちゃりしたおばさん、いつも険しい顔をしている高身長のおじさんなどの顔なじみのレギュラーメンバーが既にニコチン摂取を開始している。
無言で無アイコンタクトなまま少し頭を下げて周囲に新しい客の存在を知らしめ、自分の喫煙スペースを確保するという、日本に来て初めて習得した煙草マナーをスマートに実践し、煙草に火をつけた。
どんより曇った夜空や夜景を眺めながら何度か煙を吐き出していると、なぜか親近感の沸く雰囲気を身に纏った二人組がこちらの方向に向かって歩いてきた。
すぐここまで来た時に、謎の親近感の理由がすぐにわかった。
二人ともネパール人特有の天然パーマに少しこんがり焼けた顔色、そしてなんと言ってもその秩序破りの楽観的な雰囲気。
私は嬉しさのあまりすぐに彼らに話しかけた。
「私もネパール人です、よろしく」
「おー、初めまして、私はクマル。こっちはニケス。よろしくね」
年は私より少し上で目つきのキリッとした細身のクマルが笑顔で私に応じてくれた。
私と同い年くらいで少しおっとりした様子のぽっちゃり体型のニケスも左手の親指を上の方に突き上げながら私に笑顔を向けて、歓迎を表現してくれている。
話を聞くと、彼らは杉並区にあるホテルの専門学校の入学式で知り合ったらしく、仲良くなった彼らは一緒にここのアルバイトに応募して、今日が初出勤日だそう。
クマルは高校を卒業した後、家の畑仕事を継いで、妻と二人の子供と幸せな生活を送っていたが、畑仕事だけでは将来の生活への不安をかき消すほどの収入を得ることは難しかったため、妻子や両親のためにも出稼ぎに行くことを決心した。
「見て、これが私のネパールにいる家族」
今年で27歳になる彼とその妻子が写った写真を私に嬉しそうに見せてくれた。
ニケスの方は高校卒業後、大学受験に失敗して、それによって都市部での給料の良い仕事につくことはできないと悟ったため、出稼ぎをすることに決めたそう。
私と似たような人生を歩んできていることもあり、私より一つだけ年上の彼との出会いは、私に安心感を与えた。
煙草を二本吸い終えると、彼らとともに工場の二階にある休憩所へと向かった。
「スバスはどこに住んでるの?」クマルがエレベーターを待ちながら、私に質問をした。
「学校が東中野にあるので、東中野に住んでる」
「え、私たちと近いよ、私とニケスは別のマンションだけどお互い杉並に住んでて、でも家賃が高いから私とBでシェアハウス しようと思ってる。スバスも一緒に住もうよ」
「いいよ、私も家賃が高くて生活が厳しいなと思っていたから、一緒に住もう」
「じゃあ、決まりね」
そう言うと同時にクマルが私の右肩に勢いよく彼の左手を乗せた。
22時に作業が終わり、クマルとニケスと合流し、ともに工場をあとにした。
小雨が降りしきる中、3人とも平然と傘を差さずに、ガードレールで仕切られた道路の、自動車側を歩いた。
少し先にある横断歩道を渡ったところにあるファミリーマートへと立ち寄り、それぞれビールを購入し、再び駅の方へと向かう。
缶ビールの蓋を開けた後、クマルが、歩きながら私達の方を向いて話し始める。
「日本に来て、いろいろしんどいことあるし、ここの工場の仕事をしていたらロボットになったみたいで辛いけど、みんなで力を合わせて乗り越えていっぱいお金を稼いでネパールに戻ってそれぞれの家族とか、子供とかを喜ばせてあげよう。じゃあ、スバスが仲間になった記念に乾杯」
「頑張りましょう」
「よろしくね、スバス」
突然溢れそうになった涙がこぼれ落ちないように、上を向きながらビールを飲んだ。
それから、約一ヶ月後には彼らとの共同生活が始まり、高円寺と中野のおよそ中間地点にある家賃8万円の3DKのアパートが私たちの住処になった。
それぞれの誕生日に、3人で小さな誕生日パーティーを開いたり、何もない日でもお酒を飲みながら朝まで語り合ったり、休みの日には3人で東京観光に出かけたり、時が経つにつれて私たちの仲もどんどん深まっていった。
ただ、相変わらず、金銭面に関してはシビアな状況が続いた。
週に28時間の就労時間制限があるなか、二年目の授業料の約80万円を支払うために貯金をしなければならなかった。
もちろん奨学金も受け取ってはいるが、それだけでは足りない。
皆で楽しく過ごす時間でさえ、金銭面の不安が頭の中をぐるぐると渦のようにかけまわり続けた。
とある冬の日、突然、ニケスが深刻そうな表情で私たちをリビングに呼び集めた。
「クマルとスバスには悪いんだけど、私この家を来月には出ていくことになった」
突然の報告だった。
「どうして?」
驚いた様子のクマルがすぐに聞き返す。
「彼女と一緒に住むことになった。彼女は今一人暮らししていてかなり生活に困っているから私が一緒に住めば少しは楽になると思って私から言い出したことなんだ。二人には突然の報告でごめんね。」
ニケスの彼女はニケスと同じ専門学校に通うネパール人。二ヶ月ほど前から二人は付き合い始めた。最近のニケスが頻繁に彼女の家に泊まりにいく様子を見ていた私たちは、いずれこうなることを薄っすらと予期していた。
「そうか。それは仕方ないね。いつから彼女と一緒に住むの?」
「明日中には荷物を持っていこうと思ってる」
「え、突然だね、今日がこの家で過ごす最後の日ってこと?」
ニケスの目の奥が潤い始めたので、とっさに私も彼に言葉をかけた。
「さすがに突然すぎてびっくりしたけど、ニケスが決めたことなら仕方ない、ここは私たち3人の家だからいつでも遊びにきてね。その時は彼女もつれてきてね。」
ニケスは下を向きながら、小さな声でありがとうと言った。
その日は、クマルの発案で近所のラーメン屋に行くことになった。
ほとんど、外食はしない私たちだったが、何か特別な出来事があった日には、時々こうして、このラーメン屋に行く。
分厚いパーカーに中着を三枚着て家を出ると、さすが東京の冬、空気が凍ったように寒い。
家の目の前にあるコンビニへ寄って煙草を購入し、煙をふかしながら、線路沿いをまっすぐ進んだ先にあるある赤い大きな看板が目印のラーメン屋まで歩いた。
豚骨ラーメンとチャーハンをものの5分の内に平げ、さらに替え玉をして、ようやくお腹が膨れた。
店を出てすぐに煙草に火をつけ、3人でまた先ほどの線路沿いを通って家へと帰宅した。
ニケスが出ていき、少し寂しくなった家で冬を越し、春に差し掛かろうとしていた頃のこと、運命はまたしても私達に残酷な現実を突きつけてきた。
クマルが学校を辞めることになったのだ。
ネパールに住む彼の子供が大病を患ってしまい、彼は学費のために貯金していたお金を全て彼の子供の治療費に当てることに決め、学校を退学した。
留学生という立場を失った今、彼に在留資格はない。このまま日本に滞在すると不法滞在として強制退去になる。
学校や、仲介会社に多額のお金を支払い、バイト先では血が滲むほど歯を食いしばってきたこれまでの事を思い出すと、ここで諦めることなど彼にはできなかった。
クマルは難民申請をすることにした。
難民に認定された外国人は、労働可能な在留資格を得ることができる。この仕組みを利用して、彼は就労目的で難民に申請した。
ただ、日本の難民申請認定率は0.3%と世界的に見ても、驚くほど低く、彼のような就労目的で難民申請をした人間が、その狭き門を潜ることなどできるはずもなかった。
結局、彼の日本での旅路は半ば強制的な形で終焉を迎えることとなった。
ネパール行きのフライト時刻まで残り2時間30分を切った。空港内にある座椅子に座りながら何も言葉を発さない彼と私。
卒業シーズンで賑わう空港内、まるで私たち二人だけが異世界に紛れ込んだかのように感じる。
「なあスバス、喫煙所いこ」不意にAが口を開いた。
「うん」
私たちは建物の外にある小さな半透明の喫煙所の中に入ると、煙草をポケットから取り出し、火をつけた。
煙を吐き出した彼が聞こえるか聞こえないかわからない声で何かを呟いた。
「ん?なんて言った?」
「いや、何もないよ」クマルが複数の感情をその胸に抱いていることは彼の目を見ればわかった。
「そう。」私の方もうまい具合の言葉が思い浮かばないので、とりあえず煙を吸い込む。
少し沈黙の間が続いた後、今度ははっきりと聞こえる声で彼が話した。
「スバス、諦めないでね」彼の涙を見たのはこれが最初だった。
「うん」
そして、彼の発した、無駄な装飾のない単純な言葉は私の心の中に滑らかに入り込み、そして綺麗に着地した。
それから彼を出発ゲートまで見送った後、私は初めて日本にきた時と同じように、ひとりぼっちで駅の方向に歩いた。
適当に授業をサボりつつ、バイトはしっかりと頑張るといったこれまで通りのペースで、なんとか専門学校の二年目も乗り切った。
もしも、この四年間で受けた授業の総価値が私が支払った授業料の総額と等価であると、人類の大半がそう思うのであれば、私は喜んで東京タワーの高層階から飛び降りて見せよう。
ただ、とにかくこれで長かった留学生生活を終えた。これからは、労働時間の縛りなく宿泊業の仕事につくことができる。
私の卒業とちょうど同じタイミングで中国を発生源としたコロナウイルスが世界中に蔓延し、就活は難航したが、専門学校の先生の助けもあり、一度閉まった列車が偶然、もう一度開き、そこに飛び乗ることができた時のようなギリギリ感で、群馬県の温泉街にある旅館への入社が決まった。
旅館の所有する寮に到着し、部屋に案内された後、新天地での不安と興奮を抑制するために、少し外を散歩することにした。
温泉街の中心部の方まで歩くと、大きなエメラルドグリーンの源泉が目に入った。そこから立ち昇る水蒸気と、その背後にそびえ立つ、色彩の薄い旅館郡、大昔の日本の風景が頭の中に突如に浮かんできた。
近くに設置されていたベンチに座り、10分ほどそれらの風情ある景色を眺めてから、再び歩いて寮まで戻った。
部屋でうたた寝をしていると、携帯の着信で目が覚めた。
母親からだ。
「もしもし」
「久しぶり、卒業おめでとう、元気にしてる?」母の声を聞くのは半年ぶりだった。
「うん、まあそれなりに元気にしてるよ」
「そう。あ、今日が確か入社日だったよね。どう?良さそうな会社だった?」
「うん」
「そう。後で、私に温泉とか街中の写真送ってね」
「わかった、そうそう、学校行ってたときに一緒に暮らしてたクマルのさ、子供が病気にかかってしまって、ネパールに帰ってしまった」
「ええ、それは大変だね、お母さんは病気にならないように気をつけるね、そうそう、お母さんね、ネパールに家を立てようと思ってるんだよ、日本円で300万円くらいの家なんだけどね、だからそっちの仕事が落ち着いたら、私たちにプレゼントしてね」
「何言ってるの、ついこの前、学校卒業したばっかりでお金なんか無いよ」
「大丈夫、スバスが日本で働いてるって言えばネパールの銀行が貸してくれるから、おじさんも昔そうやって家を建てたんだから」
「そう、まあよくわからないけど、任せる」
「ありがとう、じゃあね、また連絡するね、スバスもたまには電話かけてきてよ」
「はーい、じゃあまた」
せっかくいい気分でうたた寝をしていたのに、いきなり電話をかけてきたかと思えば、家をプレゼントしてくれという内容。
私がどんな気持ちで日本で暮らしているかなんて、ネパールから一歩も飛び出したことのない母には想像ができないのだろう。
急に父と話がしたくなったが、彼に弱音をぶつけたところで、ほら言ったものかと、そう言われるだけだと思ったので、電話はかけなかった。
小さい部屋に設置された窓を半開きにして、身を乗り出すような格好で、煙草を吸い、それからもう一度ベットの上に寝転んだ。
次の日から、仕事は始まった。
朝8時に旅館へ出勤し、客が出て行った部屋の掃除機がけをし、昼には一度寮へ戻る。
夕方もう一度旅館に出勤して、今度は料理に使った食器類にこびり付いた油や焦げをひたすら擦り続ける。
単純な内容であるがゆえに作業の出来を上司に評価されることもなければ、この固定されたルーティン以外に仕事を与えられることもなく、私はひたすらこの味気ない内容の日常を送った。
私よりも後に入社してきた日本人たちは皆、最初は私に対して下手から接するのだが、一週間ほど経過した頃には、私よりも重要な仕事をまかせられたからなのか、それとも他の日本人達の私への接し方を見てそれに同調するようになったのか、大体の彼らは、特に若い男たちは、私に対して上手から接するどころか、容姿的な嘲笑や能力的な侮辱を平然と彼らの先輩達と共に行うのである。
入社かしてからというもの、職場に一人だけいるネパール人の女の子以外とはほとんど会話をしていない私は、完全に精神を病んでしまっていた。
そして、入社から四ヶ月が経った頃、突然、私は会社を辞めることになる。
その日、部屋の清掃作業が早く終わり、時間が余ったので、客室の空き部屋で座り込みながら携帯を見て時間を潰していると、たまたま部屋に入ってきた中居さんにその場を見られてしまった。彼女は私の顔をひと目見ると、何をいうでもなくすぐにそのばを立ち去っていった。
そして、その日の夜、私は上司に事務所へと呼び出された。
事務所にいた上司のもとへ行くと、彼は子供をあやす時のようなゆっくりとした口調で話し出した。
「なぜ呼び出されたのかはわかっていると思うので、次からはしっかりと掃除してください。これ以外にも結構スバス君の悪い報告が私のとこに来ています。今回は許すので、もしまた何かスバスのことで悪い報告があれば会社を辞めてもらうことになるので、それが嫌ならしっかりしてください」
彼の話を聞き終えると私は思ったことをそのまま口に出した
「なぜ、私だけに注意をするのですか、他の日本人達も作業を終えた後、時間が余ったらみんなで集まって喋っていますよね」
彼は、私の普段の行いや身嗜みがどうかとか言いつつも、私の日本語理解能力を誤算したのか、かなり下手なやり方で論点をそらした。
私は即座に、論理の通った説明をしてくれと彼に伝えた。
直後、彼の顔つきが一変する。
私に反論されたことが相当、癪に障ったのだろう、そこからは、怒号を発し出した。
「お前さっきから、言い訳してるけど、自分のしてること理解してるか?勤務時間中にお前、空き部屋で携帯触ってたんやろ?何意味わからん言い訳してるねん。仕事する気ないなら今すぐ帰れ」
卑下と憤慨の混同した表情でこちらを睨みつける彼に、私はそれ以上は何も言い返さなかった。
彼に何を言ったところで、私の未来が変化することはない。そう思った私は、その足で洗浄室とは反対の方向へと歩き出した。
寮に戻ると、すぐに荷物をまとめ、廊下や玄関に誰もいないタイミングを見計らって、こっそりと建物から抜け出した。
最寄りの駅まで歩いたが、行くあてのない私は、とりあえず駅のホームに設置された椅子に座った。
雲ひとつない日の夕方の駅のホーム、10分おきに発着する電車を利用する人がちらほらいた、家族連れや、カップル、友達、皆そろいに揃って幸せそうな顔をしている。
2時間ほど経過してから、私はようやく立ち上がる気になった。
行き先は未定だが、とりあえず東京方面の電車へと乗り込んだ。
居候を無心するあてなどなければ、ホテルに長期宿泊するだけのお金もない。
この電車が永遠にどこかへ向かって走り続けるなら、私も一緒に連れて行ってくれないか、なんて考えたりもした。
そうこうしていると、高田馬場駅に到着した。
他に選択肢もなかったので、慣れ親しんだこの駅で下車することにした。
改札をでると、懐かしい風景が目の前に広がっている。
ただ、その風景を目の前にしたところでノスタルジーな気持ちになるわけでもなく、ただそこに存在するものが目に映っているだけのことだった。
少し街を歩いて、大通りを横に抜け、マンションや小さな一軒家の立ち並ぶ道の角の方に、存在感の薄い小さな公園があったので、私はその公園のベンチに腰掛けた。
8月下旬の蒸し暑い夜、狂乱した様子の虫達が電灯の光に群がっている。
ベンチの横に設置された水道で顔と頭を洗うと心持ち涼んだ気がした。
それから、私の以前住んでいた日本語学校の寮の前まで行き、少しあたりを徘徊した。
もしネパール人の寮生と遭遇すえれば一晩の宿泊の無心をしようと考えたが、彼らに遭遇することはなかった。
ついにここで万事休すかと思い、活力のないふらふらとした足取りで、公園まで元きた道をなぞっていく。
その途中、大きくお腹が鳴った。その音を聞いて、ようやく自分が空腹だということに気がついた。
今の私は生理的欲求でさえも表に出てこれないくらい、胸に渦巻く感情に心が支配されているのかと思うと、少しにやけてしまった。駅前にあるマクドナルドまで歩き、120円のハンバーガー三つを購入し、それから水をもらった。二階の奥の席に着くと、ものの5分ほどでそのうちの二つを平らげて、そのまま机に突っ伏して眠りについた。
深夜の3時ごろに目が覚めた頃には店の中はすっかりガラガラだった。コンセントから充電器を抜き、残しておいたハンバーガーと一緒にリュックの中に入れ込み、店を出た。
行くあてもないので、元来た道をなぞって、あの小さな公園へと向かった。
明くる日も、またその次の日も公園と店を往来した。日中はWiFi環境の整ったカフェでインターネットを使って仕事を探し、日が落ちた頃に公園に戻り、濡らしたタオルで体を拭き、歯を磨く。
日が変わる頃には、またいつものマクドナルドに向かって、ペコペコのお腹を百二十円のハンバーガーで膨らませた。
不安と孤独に蝕まれ徐々に暗くなっていく精神と、減っていく体重。ネパール人YouTuberの大食い動画を視聴しながら、なんとか生きる気力を保った。
翌日の早朝、ベンチで横になりながら本を読んでいると、突然ベンチの前の日向に人影が写りこむ。
心拍数の急増するのと同時にパッと顔を上げた。
すると、そこには森先生が立っている。
私はすぐに体勢を起こしてベンチの端の方に座り直す。
こんな姿を見られたことに対する情けない気持ちと、久しぶりに会えて嬉しい気持ちが混同して、何も言葉が出てこない。
相変わらずの柔和な表情の彼がゆっくりと、ベンチの空いたスペースに腰をおろす。「スバス、久しぶり。何があったかは後で話聞くから、とりあえず私の家においで」
色々な感情が心の中で交差して、急に涙が溢れ出しそうになったので、それを隠すように下を向きながら小さく頷いた。
そして、私はその日から約一週間後に関西にあるこの温泉街へとやってきた。
あの日、寮の談話室で上田さんに買ってもらったメロンソーダはとても美味しかった、ありがとう。
