定時で帰りたいんじゃなくて、「パパただいま」に間に合いたい|会社と家庭のあいだにある、名前のない時間調整の話
定時で帰ることは、楽をしているように見えるかもしれない。
残業せずに帰る。
早く会社を出る。
仕事を残して帰る。
そう見えることもあると思う。
でも、父親になってから思う。
定時で帰りたいんじゃない。
「パパただいま」に間に合いたいのだ。
私は薬局で働いている。
薬剤師として患者さんに薬を渡し、施設在宅の対応もしながら、店長として店舗のシフトや業務の流れも見ている。
医療現場なので、予定通りにいかないことはある。
急な患者さんの対応。
処方内容の確認。
施設への薬の準備。
スタッフからの相談。
その日に終わらせないといけない確認。
どうしても帰れない日があるのは分かっている。
それでも、できるだけ早く帰れる日は早く帰りたい。
なぜなら、その先に玄関があるからだ。
玄関を開けた瞬間に、子どもがこっちを見てくれる時間。
「パパー、帰ってきたー」と言ってくれる時間。
手を広げて走ってきてくれる時間。
「パパ抱っこしてー」と言ってくれる時間。
そこに間に合いたい。
その時間は、いつでも受け取れるものではない。
少し遅くなると、もう寝かしつけが始まっている。
もうお風呂が終わっている。
もう子どもが眠たくなっている。
その日の会話は、少しだけ短くなる。
もちろん、顔を見ることはできる。
でも、思いきり遊ぶ時間とは少し違う。
「ただいま」から始まって、抱っこして、手を洗って、お風呂に入って、ご飯を食べて、少し遊んで、寝る準備をする。
その流れに入れるかどうか。
そこに、自分にとっての大きな違いがある。
だから私は、仕事中からずっと考えている。
今日どこまで終わらせるか。
何を明日に回すか。
どの日に残るか。
どの日だけは絶対に帰るか。
会社では、ただのスケジュール管理に見えるかもしれない。
でも自分の中では、それは**「パパただいま」に間に合うための時間調整**だった。
19時終わりの日は、もう間に合わない
うちの勤務には、17時終わりの日と19時終わりの日がある。
通常であれば、どちらも問題なく帰れる。
土曜日は調整次第で、13時ごろに帰れる日もある。
けれど、現実にはイレギュラーがある。
患者さんの急な対応。
処方内容の確認。
施設への薬の準備。
スタッフからの相談。
その日に終わらせないといけない確認。
医療現場なので、どうしてもその日に対応しないといけないことはある。
それは仕方ない。
ただ、イレギュラーでもないのに帰れない状態にはしたくない。
19時終わりの日は、家までの通勤時間を考えると、帰宅は20時ごろになる。
そこからお風呂に入って、ご飯を食べると、もう21時になる。
21時は、子どもが寝ないといけない時間だ。
実際には、20時半ごろから寝かしつけが始まっていることも多い。
つまり、19時ぴったりに会社を出ても、「パパただいま」に全力で間に合うのは難しい。
だから、19時の日はある程度あきらめている。
その日は残れる仕事を進める。
どうせ帰ってもゆっくり遊ぶ時間は少ない。
それなら、次に17時で帰れる日を守るために、できる仕事を進めておく。
早く帰れる日を守るために、遅く帰る日を使う。
定時で帰る努力は、定時の直前に始まるわけではない。
前の日から。
週の流れから。
月初の忙しさから。
シフトを組む時点から。
もう始まっている。
17時で帰れた日は、玄関で全部切り替わる
17時に帰れた日は、家に着くのが18時ごろになる。
玄関を開けると、
「パパー、帰ってきたー」
から始まる。
最近はそこに、
「パパ抱っこしてー」
が加わった。
3歳になると、言葉がはっきりしてくる。
手を広げて「パパー」と来てくれるのは、本当に嬉しい。
ただ、抱っこは重い。
嬉しいけれど、ちゃんと重い。
それも成長なのだと思う。
帰ってすぐに来てくれるから、まずはハグをする。
抱っこもする。
「パパ一緒に遊ぼう」と言われる。
最高だ。
でも、まず手を洗わせてほしい。
うがいもさせてほしい。
荷物も置かせてほしい。
このやりとりが、最近は毎日のようにある。
17時で帰れる日は、買い物をして帰ることも多い。
すると、
「パパ何買ってきた?」
と聞かれる。
うちの場合、おもちゃやお菓子で釣ることはあまりない。
袋から出てくるのは、普通に買い物したものだ。
肉。
にんじん。
きのこ。
それでも、
「おおー、私好きー」
「今日も保育園でお料理したんだー」
と話が広がる。
それが楽しい。
買い物袋の中身が、今日の会話の入口になる。
帰宅は、ただ家に戻ることではない。
その日の子どもの言葉を受け取る時間でもある。
18時から21時までの3時間
17時に帰れた日は、お風呂にも一緒に入れる。
うちの子はお風呂が好きだ。
ただ、お風呂に入るまでが長い。
好きなのに入らない。
ここはいつも格闘している。
ようやく入ると、今度はずっと遊んでいる。
最近は、マトリョーシカみたいに大きいコップの中に小さいコップを収納できるおもちゃで遊んでいる。
シャワーで水を入れる。
お店屋さんをする。
大きいコップから小さいコップへ移す。
小さいコップから大きいコップへ戻す。
わざと溢れさせる。
他のおもちゃを浮かべる。
コップの水をバシャッとかける。
ただ遊んでいるように見える。
でも見ていると、ずっと実験しているようにも見える。
大きさを比べている。
水の量を見ている。
浮くものと沈むものを見ている。
ごっこ遊びをしながら、言葉を増やしている。
本当に発想が面白い。
こういう時間に、子どもの成長を感じる。
18時に家に着いて、21時に寝る。
その3時間。
ハグして、手を洗って、買い物袋を見せて、お風呂に入って、ご飯を食べて、少し遊ぶ。
たった3時間かもしれない。
でも、その3時間でしか見えない成長がある。
休みの日以外で、その3時間をしっかり取れる日は、週の中でも限られている。
19時終わりの日も、顔は見られる。
少し話すこともできる。
触れ合うこともできる。
でも、寝かしつけに向かっている時間なので、思いきり遊ぶというより、少しだけ一緒にいて終わることも多い。
毎日ずっと一緒にいる人には、その人にしか見えない変化があると思う。
一方で、仕事で会えない時間がある自分には、自分なりに見える変化がある。
数日ぶりにゆっくり遊べると、言葉が増えたことや、遊び方が変わったことに気づく。
だからこそ、その数少ない夕方を逃したくない。
その3時間のために、仕事を組み替えている
仕事は、分解すると本当にきりがない。
薬局の現場には、患者さんへの対応がある。
施設在宅の準備がある。
往診同行がある。
薬を届ける配薬の準備がある。
ここまでは、現場として目の前に見えやすい仕事だと思う。
ただ、店長になると、それとは別に「店舗を止めないための仕事」が増える。
シフトをどう組むか。
誰をどの日に厚く配置するか。
誰にどの業務を任せるか。
売上や人件費をどう見るか。
店舗の動線をどう整えるか。
スタッフが詰まっているところはどこか。
事務さんや薬剤師からの相談をどう受けるか。
新人教育をどのタイミングで進めるか。
会社から降りてきた方針を、どう店舗に落とすか。
今後、店をどう回しやすくしていくか。
こういう仕事は、患者さんの前にはあまり出ない。
でも、ここを考えないと、現場は少しずつ詰まっていく。
たとえば、毎週の往診同行や配薬の準備もそうだ。
ピッキングをいつするか。
一包化をいつ始めるか。
誰が監査するか。
誰がカレンダーにセットするか。
最後に誰が確認するか。
人数が少ない店舗の中で、それを組み直していく。
シフトを組む時点で、もう考えている。
この日に誰がいるか。
この日はどこまで進められるか。
この日はイレギュラーが起きた時に挽回できるか。
この日は17時で帰れる日として守れるか。
17時で帰るためには、17時前から頑張っても遅い。
その前から、ずっと段取りが始まっている。
外から見れば、ただのシフト調整かもしれない。
でも、自分にとっては違う。
その調整の先に、玄関がある。
子どもの「パパー、帰ってきたー」がある。
18時から21時までの、あの3時間がある。
月初に残って、月後半を守る
店長業務は、月初に固まりやすい。
確認作業が多い。
患者さんも多い。
店舗全体の動きも重くなる。
だから、月初はどうしても帰りにくい。
ここで無理に「毎日定時で帰る」と考えると、たぶん崩れる。
なので、月初は残る日がある前提で考える。
その代わり、月の後半は帰れる日を作りたい。
月後半になると、店長業務は少し落ち着く。
ただし、暇になるわけではない。
溜まった薬歴がある。
書類関係の処理がある。
往診同行がある。
配薬がある。
その準備もある。
外来対応もある。
結局、仕事はある。
だからこそ、「今やる仕事」と「残せる仕事」と「絶対に残してはいけない仕事」を分ける必要がある。
月初に少し踏ん張ることで、月後半の夕方を守る。
月後半の「パパただいま」に間に合うために、月初から仕事を組み替えている。
たぶん、外から見ればただのスケジュール管理だと思う。
でも自分の中では、その先に玄関がある。
17時で帰れない日は、次のために整える日になる
もちろん、17時の日でも帰れないことはある。
イレギュラーが起きる。
どうしても今日中に対応しないといけない。
自分が残らないといけない。
そういう日はある。
その時に、中途半端に焦って帰ると、家に帰っても気持ちが残ってしまう。
仕事のことが頭に残る。
体力も残っていない。
子どもと遊んでいても、どこか上の空になる。
だから、17時で帰れないと判断した日は、逆に残る日へ切り替えることがある。
今日は残る。
その代わり、次に早く帰れる日のために仕事を進める。
体力と頭を整える。
次の「パパただいま」を守る。
早く帰れない日は、ただ負けた日ではない。
次に早く帰る日のために、整える日にする。
そう考えるようになった。
「パパただいま」は、ひとりでは作れない
ただ、ここまで書いておいて思う。
「パパただいま」に間に合うために、自分が仕事を調整している。
それは確かにある。
でも、それだけではない。
その時間は、自分ひとりの努力で作れているわけではない。
17時に帰れると、妻が保育園から上の子を迎えに行ってからの戦いも見える。
ご飯の用意。
ご飯を食べさせること。
お風呂に入るまでの格闘。
下の子の対応。
眠くなる前の空気づくり。
うちの子はお風呂が好きなのに、お風呂に入らない。
ここを毎日、妻は相手している。
遅い日は、義母や妹が来てくれる。
お風呂を手伝ってくれる。
ご飯を食べさせてくれる。
子どもを見てくれる。
本当に助かっている。
これがなかったら、うちの子育てはかなり厳しかったと思う。
もちろん世の中には、他の人の手伝いがない中で、ワンオペで子育てをしている人たちもたくさんいる。
子どもの人数に関わらず、子育ては本当に大変だと思う。
1人目には1人目の大変さがある。
2人目には2人目の大変さがある。
家庭ごとに、しんどさの形は違う。
だからこそ、手伝ってもらえるありがたさを、ちゃんと忘れないようにしたい。
うちも、義母が来られない日がある。
そういう日は、妻が事前に、
「この日帰れる?」
と聞いてくれる。
自分は会社で、
「この日はワンオペで子供をお風呂に入れないといけないので、定時で帰ります」
と伝える。
すると、職場のみんなが、自分が定時で帰れるように動いてくれる。
ここにも、たくさんの調整がある。
自分だけが頑張って帰っているわけではない。
帰れるようにしてもらっている。
家庭にも、シフト管理がある
妻のすごいところは、家庭のシフトを見てくれているところだと思う。
自分のシフトが完成すると、それを義母に送る。
義母が来られる日を調整してくれる。
義母が難しい日は、妹にもフォローしてもらう。
そうやって、ほぼ月の中で穴が出ないようにしてくれている。
本当に手伝いが必要な日にだけ、
「この日、帰れる?」
と聞いてくれる。
ここがすごい。
自分は会社で、17時に帰るために仕事を組み替えている。
妻は家庭で、21時消灯という残業を起こさないために、人の動きを組み替えている。
会社では、店長としてシフトを考えている。
でも家庭では、妻が家族全体のシフトを考えてくれている。
誰が迎えに行くのか。
誰がご飯を食べさせるのか。
誰がお風呂に入れるのか。
誰が寝かしつけまで持っていくのか。
義母が来られない日はどうするのか。
妹に頼める日はあるのか。
夫はこの日、本当に定時で帰れるのか。
それを見て、21時消灯に向けて組んでくれている。
会社のシフト表には、店長の名前がある。
でも、
家庭のシフト表を回しているのは妻だった。
何も言わずに、場を空けてくれる努力
義母のありがたさにも、最近あらためて気づいたことがある。
義母は、いつも手伝いに来てくれている。
遅い日は、お風呂やご飯を手伝ってくれる。
それだけでも本当に助かっている。
でも最近、もう一つありがたさに気づいた。
義母は、私が帰る頃になると、すっと帰る。
居座らない。
何かを主張するわけでもなく、自然にその場を空けてくれる。
1人目の時は、
「全然いてくれていいですよ」
と思っていた。
でも子どもが3歳になって、「パパー」「抱っこしてー」とはっきり来てくれるようになると、その意味が少し分かってきた。
そこに誰かがいると、嬉しさの中に少し照れが混ざる。
子どもも、自分も、少しだけ周りを気にする。
「さっきまで見てくれていた人の前で、急にパパに行った」
みたいな空気が生まれることもある。
誰も悪くない。
でも、少しだけ気を使う。
その小さな気遣いを、義母は最初から減らしてくれていたのかもしれない。
手伝ってくれるありがたさもある。
でも、引くタイミングを分かってくれているありがたさもある。
名前のない努力は、何かをしてくれることだけではなく、何も言わずに場を空けてくれることの中にもある。
そう思った。
だから、一緒に旅行や外出に行くのも楽しいのだと思う。
手伝ってくれるだけではなく、距離の取り方がありがたい。
本当にありがたい。
「パパただいま」は、みんなの調整の上にある
自分の休みの日は、できるだけ妻の休みも作りたいと思っている。
上の子を連れて2人で出かける。
自分の実家にも頼る。
下の子も見てもらいながら、妻が少し休める時間を作る。
ただ、これもやりすぎると、今度は家族全員で過ごす時間を削ってしまう。
ここはまた別の難しさがある。
でも、少なくとも平日の「パパただいま」は、自分だけで作っているものではない。
妻が家庭のシフトを組んでくれている。
義母が手伝いに来てくれている。
妹が穴を埋めてくれている。
職場の人が定時で帰れるように助けてくれている。
そして義母は、帰るタイミングまで見て、親子の時間をそっと残してくれている。
その全部があって、玄関で「パパー」と言ってもらえる。
パパただいまを全力で受け取るためには、みんなの支えがいる。
これは最近、かなり強く感じる。
定時で帰る努力も、名前のない努力なのかもしれない
玄関を開けて、子どもが走ってくる。
その瞬間、仕事の頭がふっと切り替わる。
脳が溶けるというか、幸せホルモンがどばっと出るというか。
ああ、このために仕事をして、帰ってきているんだなと思う。
残業して成果を出す努力もある。
それはもちろん大事だ。
でも、残業しないために仕事を組み替える努力もある。
早く帰れる日に帰るために、遅く帰る日に仕事を進める。
月初に残って、月後半の夕方を守る。
17時の日を守るために、週の流れを考える。
妻に「この日帰れる?」と言われた時に、本当に帰れるように職場で調整する。
会社の評価シートには、たぶん書きにくい。
「パパただいまに間に合うために、仕事の順番を組み替えました」
とは、なかなか書けない。
でも、それは確かに努力だった。
定時で帰ることは、仕事から逃げることではない。
子どもが起きている時間に、家庭へ戻ること。
妻がひと息つける時間を少しでも作ること。
今日の子どもの顔を、今日のうちに見ること。
そのために、仕事の順番を組み替えている。
会社と家庭のあいだで、毎日小さく調整している。
「パパただいま」に間に合うための努力。
そういう名前をつけてもいいのかもしれない。
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