5歳男子は娘の手紙を愛だと受け取った。娘はピーマンの話をしていた。【父親フィルター強め】
※この記事には、父親の親バカと、まだ起きてもいない未来への心配が多めに含まれています。
3歳の娘、あたちゃんを保育園に迎えに行った。
いつものように帰る準備をしていると、5歳の男の子が話しかけてきた。
「あたちゃん、僕のこと大好きなんだって」
え?
そうなの?
初耳なんですけど!?
一瞬だけ、その男の子の顔を見た。
5歳。
娘は3歳。
もちろん、子ども同士の話である。
そんなことは分かっている。
分かっているのだけれど、
え、うちの娘、この子のこと大好きなの?
という気持ちと、
いや、娘はまだやらんぞ。
みたいな、よく分からない父親の感情が、ほんの少しだけ顔を出した。
娘の知らない一面を、保育園のお迎えで突然知らされた気分だった。
「そうなの?」
僕が聞くと、男の子は嬉しそうに教えてくれた。
「あたちゃんに、お手紙もらったんだ」
なるほど。
「絵も描いてくれてね」
なるほどなるほど。
「だから、あたちゃん、僕のこと大好きなんだって」
そういうことか。
そして彼は、自信満々に付け加えた。
「あと僕は強いしね」
強い。
なるほど。
手紙をもらった。
絵も描いてもらった。
そして自分は強い。
彼の中では、すべての証拠がそろっていた。
あたちゃんは、僕のことが大好き。
どうやら、この結論に疑いはないらしい。
なんだか、かわいい。
5歳の男の子が、自分なりに集めた証拠を一つずつ並べて、自分が娘に好かれている理由を説明している。
ただ。
ひとつだけ気になることがあった。
うちの娘が、まったく返事をしない!!
すぐ横にいる。
聞こえていない距離ではない。
男の子はまだ、
「あたちゃん、僕のこと大好きなんだって」
と話している。
でも娘は、男の子の方を見ようともせず、自分の靴を履いていた。
そして僕に言った。
「パパ、今日買い物行くの?」
え?
今?
まだ彼、君との愛について話してるけど。
娘は僕の返事を待たずに続けた。
「ピーマン食べたい」
えっ?ピーマン?
僕は思わず娘を見た。
お迎えの瞬間に自分から、「ピーマン食べたい」と言い出すほど、ピーマンへの情熱を見せるほど、毎日食べてない。
なぜ今、ピーマン?
僕がその謎を処理できないままでいると、娘はさらに続けた。
「人参も」
「ハンバーグも作りたい」
「牛乳も買わないとね」
どうやら娘は、ハンバーグを作るために買い物へ行きたいらしい。
ピーマンと人参を入れたいのか。
牛乳も必要なのか。
そもそも、本当に今日ハンバーグを一緒に作るの!?えっ?しんどいけど?
急に始まった娘の買い物会議を聞きながら、僕は相づちを打つ。
その横では、5歳の男の子がまだ、
「あたちゃん、僕のこと大好きなんだって」
「お手紙くれたんだよ」
と、自分の愛について話している。
僕は娘のハンバーグ計画を半分聞き流しながら、男の子の恋物語にも耳を傾けていた。
片方は、
ピーマン。
人参。
ハンバーグ。
牛乳。
もう片方は、
手紙。
絵。
大好き。
そして僕は強い。
頭の中が追いつかない。
5歳の男の子の世界では、娘からもらった一枚の手紙を起点に、小さな恋物語が始まっている。
一方、3歳の娘の世界では、今日の献立が決まりかけている。
同じ場所に立っているのに、二人が見ている景色がまったく違う。
男の子はまだ話している。
娘もまだ買い物の話をしている。
僕はその間で、
え? これ、どういう状況?
となっていた。
男の子のお母さんも、なんとなくこちらの様子を見ている。
「あれ? あたちゃん、あんまり気にしてない?」
そんな空気が、ほんの少しだけ流れた気がした。
男の子は嬉しそうだ。
娘はピーマンの話をしている。
僕はどちらに、どのくらい返事をすれば正解なのか分からない。
「よし、あたちゃんまずは買い物に行こう!!」
なんとなく気まずくなり、逃げるようにその場を出た。
家に帰ってから、ふと思い出した。
そういえば、あたちゃんは最近、手紙を書くことにハマっている。
いや。
ハマっている、というレベルではない。
量産している。
毎日のように絵を描く。
手紙を書く。
そして誰かに渡す。
保育園のお友達だけではない。
家族にも書く。
その勢いはついに家庭と保育園の境界を越え、僕の職場の後輩くんにまで手紙を書いた。
「これ、お兄ちゃんに渡して」
そう言われ、僕は娘の手紙を持って出したことがある。
娘から託された手紙を職場の後輩に渡す父親。
後輩も優しいので、ちゃんと喜んで受け取ってくれた。
つまり、あの5歳の男の子が受け取った手紙は、少なくとも僕が知る限り、
彼だけに届けられた特別な一通ではない。
娘は今、手紙を書きたい。
書いたら、誰かに渡したい。
相手が保育園の友達でも、家族でも、パパの職場の後輩でも、それほど大きな違いはないのかもしれない。
たぶん、それだけだ。
そこでようやく分かった。
あ。
この子、勘違いしてる…
手紙をもらった。
絵も描いてもらった。
だから、自分のことが大好き。
さらに、自分は強い。
あまりにもきれいな論理だった。
そして僕は少し笑った。
男の子って、こういうところがあるよなぁ〜
ちょっと優しくされた。
よく話しかけてもらった。
何かをもらった。
それだけで、
「もしかして、俺のこと……」
となる。
単純というか。
ちょろいというか。
かわいいというか。
そう思ったところで。
少しだけ、嫌なことに気づいた。
俺も、そうだった。
小学生の頃。
中学生の頃。
高校生の頃。
これまでの自分の人生を振り返ってみる。
少し優しくされた。
よく話しかけてもらった。
なんとなく目が合った。
自分だけに話してくれた気がした。
そのたびに、
「もしかして」
と、勝手に何かを足していなかっただろうか。
もちろん、全部を覚えているわけではない。
でも、勘違いになりかけたことなら、たぶん一度や二度ではない。
少し笑ってくれた。
席が近かった。
よく名前を呼ばれた。
たまたま同じ帰り道になった。
そんな小さな出来事を、自分に都合のいい順番に並べて、
もしかしたら。
ひょっとすると。
と、勝手に物語を作っていた気がする。
5歳の男の子を見て、
「かわいいなあ」
と笑っていたはずなのに。
気づけば、昔の自分と目が合っていた。
そういえば、小学校にもいた。
中学校にもいた。
高校にもいた。
誰にでも優しい子。
距離が近い子。
よく話しかけてくれる子。
本人は何も考えていないのに、なぜか男子を勘違いさせる子。
そして、そのたびに勝手に期待して、勝手に悩む男子。
たぶん僕も、どこかでその一人だった。
なんだ。
もう保育園から始まっているのか。
大人になってから始まると思っていた。
恋愛とか。
勘違いとか。
「自分だけかもしれない」と思うこととか。
相手はそんなつもりじゃなかったと、後から気づくこととか。
でも、違った。
3歳の娘が何気なく渡した一枚の手紙を、5歳の男の子は愛として受け取っていた。
娘はたぶん、そんなことは何も考えていない。
男の子は、たぶん本気だった。
そして、その横で娘は、
「ピーマン食べたい」
と言っていた。
この温度差。
なんだか、これまでの人生で何度も見た気がする。
この世の縮図は、もう保育園から始まっていた。
ただ、父親としては、ひとつだけ心配なことがある。
今のところ、娘はたぶん何も考えていない。
毎日大量に手紙を書いて、書いたから誰かに渡している。
5歳の男の子がその手紙をどう受け取ったのかも、おそらく気にしていない。
男の子が何度、
「あたちゃん、僕のこと大好きなんだって」
と言っても、娘は一度も返事をしなかった。
代わりに、普段は言わないピーマンの話をしていた。
だから、まだいい。
でも。
もし。
3歳にして、すでにこの小悪魔感が自覚的に発動しているのだとしたら。
パパは少し心配です。
娘の将来も心配だけれど。
これから先、うちの娘に勘違いさせられて、勝手に期待して、勝手に散っていく男子たちの死体を、父親として特等席で見ることになるのも少し忍びない。
なぜなら僕は知っている。
たぶん、そっち側にいたことがあるからだ。
もっとも。
そんな心配をしている時点で、
「うちの娘は、これからたくさんの男子を勘違いさせるに違いない」
という、かなり強めの親バカが発動している。
まだ5歳の男の子が一人、手紙を愛だと受け取っただけである。
娘本人は、その愛に一度も返事をしていない。
あの日の娘の頭の中にあったのは、
ピーマンと、
人参と、
ハンバーグと、
牛乳。
だから、たぶん大丈夫だと思う。
今のところは、大丈夫。
大丈夫、よね…?
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