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【思考メモ】レンジは、料理が苦手な人が台所に立つための入口だったのかもしれない

これは完成した結論ではなく、日常の出来事から考えた仮説メモです。
あとで記事・有料note・本に育てるための公開ノートとして残しています。

今日の気づき


昨日、noteの「家事のみかた」応募テーマを見て、休憩中に一気に記事を作って投稿した。

その中で、自分の中でかなり大きかったのが、
料理が苦手な人にとって、レンジはただの時短家電ではなく、台所に立つための入口だったのかもしれない
という気づきだった。

うちの場合、妻は料理が得意ではない。

でも、料理がまったくできないわけではない。
最近はハンバーグも作ってくれるし、お弁当の彩りはむしろ僕よりきれいだったりする。

じゃあ何が苦手だったのか。

たぶん、「料理そのもの」よりも、料理に入るまでの工程が重かったのだと思う。

ゆで卵ひとつでも、お湯を沸かす、卵を入れる、時間を測る、お湯を捨てる、ザルを使う、冷ます、片付ける、という工程がある。

料理ができる人はそれをまとめて「茹でるだけ」と言う。
でも、苦手な人にとっては全然「だけ」ではない。

そこでレンジが出てくる。

水を入れる。
卵を置く。
何ワットで何分。
チンする。

これだけで、「できた」という成功体験が作れる。

この差は、思ったより大きいのかもしれない。


たぶんこういうこと


料理が苦手な人に必要なのは、いきなり料理上手になることではなく、
失敗しても戻ってこられる入口なのかもしれない。

カップラーメンにお湯を入れる。
レンジでゆで卵を作る。
レンジ用パスタ茹で器を使う。
レンジメートで魚を焼く。
冷凍食品を温める。
惣菜を皿に盛る。

これらは「手抜き」と見られやすい。

でも見方を変えると、全部、料理が苦手な人が台所に立つための小さな階段でもある。

料理が得意な人は、火加減、食材の量、旬、残り物の使い方、洗い物、段取りを無意識に処理している。
でも苦手な人には、それぞれがひとつずつ壁になる。

だから、レンジの「何ワットで何分」は強い。

「こんぐらい」ではなく、数字で示される。
「いい感じ」ではなく、手順になる。
メモにして貼っておけば、次も再現できる。

料理が苦手な人に必要なのは、気合いではなく、次に何をすればいいかが見えることなのかもしれない。


これ、どこにつながりそうか


これはまず、家事につながる。

家事は、得意な人が全部背負うものではなく、苦手な人も参加できるように設計していくものだと思う。

次に、夫婦にもつながる。

料理好きの僕が全部やればいい、ではたぶん続かない。
料理が苦手な妻が少しずつ参加できる入口を作ること。
それが、夫婦で家事を回すうえで大事なのかもしれない。

さらに、note運用にもつながる。

今回の「家事のみかた」応募記事は、単発で終わらせず、マガジン化して家事特化で育てられそう。
レンジ、レンジメート、電気圧力鍋、冷凍食品、惣菜、味噌汁、ハンバーグ。
全部、別記事にできる。

将来的には、Kindle化やYouTube化にもできそう。

テーマはたぶん、
「家事ラクは手抜きではなく、家庭を回す設計だった」
あたりになる。


次に考えたいこと


・料理が苦手な人は、なぜいきなり難しい料理を作ろうとしがちなのか。
・レンジメートや電気圧力鍋は、どの家事工程を減らしているのか。
・冷凍食品や惣菜を「料理」と呼んでいい理由を、どう言語化するか。


今日はここまで。

これは完成した結論ではなく、あとで育てるための思考メモです。

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