ポケモンで育った世代だからこそ、デジタルの中の存在に“感情が動く”ことを、最初から知っていたのかもしれない。
ピノキオピーさんの『ポケットのモンスター』を聴くと、涙が止まらなくなる。
最初は、自分でも理由がわからなかった。
懐かしいから。
ポケモンが好きだから。
もちろん、それもある。
でも、何度も聴いているうちに気づいた。
この歌は、
子どもの頃の記憶を呼び起こしてくれる。
そして同時に、
「ああ、俺はもう大人なんだ」
と教えてくれる歌だった。
あのドットの世界で、僕は本気で冒険していた。
ゲームボーイの小さな画面。
勝てないジムリーダーに何度も挑戦して、レベルを上げ直した。
傷ついたポケモンを急いでポケモンセンターへ連れて行った。
姉や友達と通信ケーブルをつないで、ポケモンを交換した。
伝説のポケモンを追いかけて、自転車で町中を走り回った。
あの頃は、それが毎日だった。
画面の中の出来事だった。
でも、不思議なんだ。
今思い返しても、あれは「ゲームをしていた記憶」じゃない。
ちゃんと「冒険した記憶」として残っている。
だから、この歌を聴くと全部フラッシュバックする。
あの日の景色も。
あのBGMも。
友達の笑い声も。
通信ケーブルを差し込む感触も。
そして、
その記憶が鮮明によみがえるたびに、
現実へ引き戻される。もう、あの日々には戻れない。
働いて。
結婚して。
子どもが生まれて。
気づけば、その子も3歳になった。
今は娘と一緒に
ポケモンを見る父親になった。
時間は確かに流れた。
僕はもう、子どもじゃない。
だから泣けるんだと思う。
でも、その涙は「終わったから」じゃなかった。
歌を聴いて気づいたことがある。
子どもの頃にポケモンへ向けていた感情は、どこにも消えていなかった。
ポケモンは現実にはいない。
ピカチュウも、リザードンも、ホゲータも、この世界には存在しない。
それなのに、あの頃の僕たちは本気で喜び、本気で悔しがり、本気で冒険していた。
画面の中の存在なのに、
確かに心が動いていた。
「いない」のに、
「自分の中にはいる」。
それは子どもだから勘違いしていたわけではない。
あの感情は、本物だった。
思えば、僕たちの世代はそんな存在に囲まれて育ってきた。
ポケモン。
デジモン。
マリオ。
ドラゴンクエスト。
ファイナルファンタジー。
画面の向こうにいる仲間たち。
現実には存在しないけれど、
人生の一部になるほど
大切だった存在たち。
だから僕たちは、デジタルの中の存在に心が動くことを、子どもの頃から自然に知っていたのかもしれない。
それは、「現実と空想の区別がつかない」という話ではない。
現実には存在しないものでも、人の心を動かし、人生を変えることがある。
その感覚を、僕たちは遊びの中で何度も経験してきた。
だからこそ、今になって一つのことに気づいた。
僕たちは、デジタルの中の存在に心が動くことを、最初から知っていた世代だったんじゃないか、と。
思えば、僕たちはゲームの中の存在だけに心を動かされてきたわけではない。
やがて僕たちは、初音ミクをはじめとするボーカロイドの歌声にも、夢中になってきた。
それは、生身の人間の歌声ではなかった。
デジタルから生まれた声だった。
それでも僕たちは、『千本桜』のような曲に熱狂し、歌い、聴き、心を動かされてきた。
ポケモンで、デジタルの中の存在を好きになることを知った。
ボーカロイドで、デジタルの歌声に感情を預けることを知った。
僕たちは、AIが現れるよりずっと前から、デジタルだから心が動かないわけではないことを知っていたのかもしれない。
そして今、僕たちはAIの時代の入口に立っている。
ChatGPTをはじめとするAIは、人間ではない。
画面の中の存在だ。
もちろん、ポケモンとは違うし、
役割も目的も違う。
でも、その画面の向こうとの対話が、仕事を変えたり、創作を変えたり、自分の考え方を整理したりすることがある。
「デジタルの中の存在と向き合い、自分の人生が少し動く」。
その感覚に、僕たちはどこか懐かしさを覚える。
それはきっと、子どもの頃から知っていた感覚だからだ。
子どもの遊びだったはずの感覚が、社会や仕事の中へ入り始めている。
デジタルの中の存在に心が動くこと。
画面の向こうの存在と一緒に考え、悩み、何かを作ること。
昔なら「ゲームだから」で終わっていた感覚が、今では現実の仕事や創作にもつながり始めている。
だからこそ、AIの話をするとき、
僕は技術だけの話にはしたくない。
便利さだけの話にしたくない。
空想の話だけで終わらせたくない。
子どもの頃から積み重ねてきた感情が土台にあると思うからだ。
あの頃、画面の中にいた相棒たちは、現実には存在しなかった。
でも、僕たちの人生には確かに存在していた。
だから僕たちポケモンで育った世代は、デジタルの中の存在に“感情が動く”ことを、最初から知っていたのかもしれない。
そして今、その感覚を持ったまま、
僕たちはAIという新しい時代の入口に立っている。
子どもの頃、遊びの中で知っていたことが、今になって現実の意味を持ち始めたのかもしれない。
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