おもい・重い・思い 【2025モノカキングダム応募作】
「あ」は「い」の隣りにいる。「あ」から「い」には、すぐに辿り着く。だから簡単なのだと油断する。油断するとすり抜けていく。
「あ」から「い」までを、急ぐことはせず、ひとつひとつ辿っていこうと思った。足を止め、目が留まる度に見えてくるものがある。
「あ」の音は進んでいき、やがて「ら」行にたどり着く。そこから踵を返し「か」行に戻り、一旦「た」行に立ち寄って、「あ」行に戻っていった。
きみへの感謝を伝えるために、音は「ありがとう」という言葉を紡いでいた。
五十音は単純な音の連なりだ。けれど、「ほんとうのこころ」を伝えようと思ったら、どれを音にしたらよいか迷ってしまう。どれを使っても、何かが足りない、少し違うような気がするから。
迷いを心の底に落として日々に振り回され、気付けば日が暮れて。見あげた空は深い藍色をしていた。
現代の夜空、それも市街地のそれに天の川を探すことは難しい。けれど、そのほど近くで瞬く星たちを探すことは難しくはない。
冬空の天の川は光の帯だ。薄らと白く光る帯の中、星が点在している。真っ先にに目に飛び込んでくるのはオリオン座だ。高い位置にあるのが赤いベテルギウス、低い星は青白いリゲル。まだ見つけることができたか、そう安堵する。冬の星は、心の羅針盤のようだ。
いつになく浪漫に駆られた自分に面映ゆさを覚えつつ、視線を元に戻す。街路灯の光が降り出した雪を照らし出す。それに濡れぬように、帰宅する足を運んでいく。
待つ人のいない部屋に戻り、夕食の支度をして食事を済ます。少し時間を置いてから、セットしていたバスルームのタイマーが湯船にお湯が溜まったことを告げてきて、それに急かされるように浴室へ向かった。
ルーティーンのようなそれらが終わると、眠るまでの時間、ぽっかりと開く時間。テーブルに置きっぱなしにしていた本を手に取り、パラパラとページをめくった。
読んだ記憶のある詩の一編、だけど記憶に残っていない一節に目が止まる。
「た」行 と 「あ」行 「さ」行
そして 「か」行 が
あれば
それでぜんぶ そろうのに きみへの言葉は
そしてね ほんとうは
それだって いらないんだよ
ほんとうに きみのことを 思ったのならば
心から
こころ と こころ
それだけで
ぜんぶ つたわれば いいのにね
でも そんなことは できないから
50の音の 最後を こえて
伝えようと 思うよ
た行=だ、ア行=い、サ行=す、カ行=き。
「だいすき」、それだけあれば充分なのだと、他愛ないわらべ歌のような詩編が告げてくる。
素直に好きだと告げたこと、それはいつだっただろうか。それを告げて、50の音の最後を越えたなら、「告げるべき言葉」は何だろうか。
気付けば1ヶ月、言葉を告げていない、思いを告げる相手として真っ先に浮かぶ人。メッセージアプリを立ち上げ、すぐに閉じる。自分の声で告げよう。そう思い直し、久し振りにテレフォンナンバーをタップする。
好きの向こう側に待っているもの。
それは間違いなく愛だった。他愛ない、掛け替えのない、日常への賛歌としての。
— Fin —
(総字数:1301字)
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©2023-2025 Harunaga Mutsuki


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