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神威--KAMUI-- 第一章


第一章 邂逅


無骨な岩肌を見せる岸辺と、全てを呑み込む様に深い蒼。
さざ波が陽を受けて魚鱗の様に光る。
小振りの荷船が一艘、揺れ動く光の上に泊まっている。
常義(つねよし)は、海面の輝きに目を細めながら辺りを眺めた。
波に鍛えられた声が、その後ろから掛かる。

「あんまり長くは泊まれねぇぞ。
降りるかこのまま乗ってくのか、とっとと決めてくれや。
船を着けるなら、海が凪いでる今のうちだからな」

「何っ!無礼ではないか。物言いには気を付けろ!」

船頭の物怖じせぬ言いように従者が気色ばんだ。
鍛え上げられた二の腕の主は、
その気配を意にも留めずに潮の行方を読んでいる。
その間を突いて、若く張りのある声が響いた。 

「止めろ。ここでそんな事を言っても仕方なかろう。
 親方、もう船を出してもいいぞ」

「……で、乗ってくのか、あんた等は」

「いや、ここで降りる。小十郎、岸まで泳ぐが着いてこれるな?」

遠い先に見える岸壁と、不敵な笑いを浮かべた主の顔へと、
小十郎は忙しく視線を動かした。
脇では船頭が豪快な笑い声を上げる。

「……舫(もやい)は要らねえってか。いい根性してるぜ。
 おい、大小差しの稼業に飽きたら、港まで尋ねてこいや。
 船子から鍛えてやるからよ」

「考えておこう。親方、世話になった」

海面に飛沫が上がった。
抜手を切る常義に遅れて、小十郎が海へと飛び込む。
男たちの軌跡を追いかけて、さざ波が小波へと変わり始めた。

「……全く。ここに来ても、
若の無鉄砲さは少しも変わりませんな。

交わす言葉の先手を取って、小十郎が笑う。

「まあな。おい、小十郎。ひとつ言っておくが……」

「……若、これ以上は私でも着いていけませんぞ」

「その若、はもう止めてくれ。
 毎度お前にそう呼ばれると、若が莫迦に聞こえてくる」

一拍の間を置いた後 、小十郎は声を上げて笑った。

「なら、何とお呼びすれば良いのですか?」

「ここに至って若でも殿でもあるまい。
 名ひとつ、あればそれで良い。
 ……いっそ、ツネ、でも良いぞ」

「畏れ多い、と言いたいところですが。
 何やら心地よい響きですな」

「小十郎、やけに嬉しそうだな。
 口とは反対の顔をしているぞ」

安部常義と佐竹小十郎。
岸壁を目指して泳ぐ二人の男の上を、東風が吹き抜けてゆく。
魚鱗が大きく揺れる。波が大きさを増し始めた。
陸は、もう手の届く先にある。

浜は思った以上に砂が少なく、
角張った石がそこかしこに散らばっていた。
頭に縛った荷を降ろし、身なりを整えて歩き始まる。
足を岩に取られながら、それでも常義の歩は速まっていった。
かすかに、何かが聞こえてくる。
その音を辿り、浜から奥へ足を進める。
……篠笛の音。人家のある方から聞こえてくるのか。

岩の浜辺を抜けると、白樺の林に出た。
日は西に傾き始め、点在する家屋から明かりが漏れる。
篠笛との距離が縮まってくる。
笛の主の姿を認める前に、喉元を何かが掠めた。

「足音を忍ばせて近づくなんて、一体何の真似だぃ?
 盗(と)ろうったって、あたしは何にも持ってないよ!」

女が小刀を突き付けている。
マキリと呼ばれる小振りな刀は、
柄に木肌を残している。
歳は二十歳に少し足らないだろうか。
己より頭ひとつ小さい女の発する気に
圧するものを感じて、常義は足を止めた。

「お、おいっ、刀を収めろ!何をする気だ……」

女に質(ただ)しながら鯉口に手を掛けた小十郎を制し、
常義は女の前に進む。 

「何をする気だって?あんた等の方だろう、それは!」   

常義の手が女のマキリを抑えた。さらに一歩、足を進める。

「足音を殺すのは、俺たちの癖のようなものだ。
 驚かせる真似をして済まなかった 」 

女の視線より低くなるまで、常義は頭を垂れた。
頭を上げると、その視線と自分の目が会い、思わず笑みが零れた。

「……妙な和人だね、あんたは」

女は、レンカ、と名乗った。
空は闇の色に変わっていた。濃紺の空に半月が浮かぶ。

「……アンチュプ(月光)というのさ。私たちの言葉では」

レンカが、ふと独りごちた。
“ ……あんたが、シサムなら、いい。だけど、シャモなら……。”
解らぬ言葉の意味を、常義は尋ねようとは思わなかった。
 
常義たちが、蝦夷地、と呼び、
レンカたちが、アイヌモシリ、と呼びならわす
大地の闇を銀の光が照らす。梟の声が夜の底で響いていた。



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春永睦月 拙稿をお心のどこかに置いて頂ければ、これ以上の喜びはありません。ありがとうございます。