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もうしませんと誓った夜

私は格闘家ではないが、テレビで格闘技を観るのは好きだった。若かった頃。
「プライド」「K-1」、決戦の日を待ち遠しく思い、テレビの前でお酒を飲みながら祭り当日を楽しんだクチだ。

観る格闘技を楽しんでいたので、格闘家のすごさはわかっていた。
自分が格闘技者に勝てるとは思っていなかった。
プロではなくても打撃系を鍛錬している最中の者にあごを打たれたら、あるいはボディを打たれたら、確実に地面に崩れ落ちることはわかっていた。
服を着ていたらわかりにくい。一見弱っちく見える人だっているだろう。さっきは打撃系だけを書いてしまったが、関節・締め技・護身術、みんなそうだ。
町の中でうかつにケンカなんかしたら何が飛び出してくるかわかったもんじゃないと思っていた。

でも、こうも思っていた。
真剣に競技としての格闘技に向かい合っているような人は、町中で軽々にケンカなどしない。
もし万が一、町の中で私にケンカを吹っかけてくるような奴がいたら、気が荒い・性格が粗暴・何も考えていないというだけのただのお馬鹿さん。
そういう者が相手ならば、腹さえ決めれば多分俺が勝つ。でも、頭突きと金的には注意しなければ。

格闘技者に勝てると思うようなうぬぼれはなかったが、お馬鹿さんがもし手を出してくるようなことがあったら、その時は知らんぞ。
私にはそういう根拠のない自信はあった。

若かりしその頃。
一週間の仕事を終えた日の夕方だったか。
今日の晩飯は駅前の牛丼屋にでも行くか。そう思って駅前商店街に行った私。
今そこがどうなっているか知らないが、当時その商店街は土日祝日の昼間は車の進入が禁止の歩行者天国になっていた。
その感覚で、「今は歩行者天国だ」と私は勘違いをしていたのだと思う。
道の真ん中を歩いてしまっていた。
それでクラクションを鳴らされた。
ちょっと感じの悪い鳴らし方だった。
とは言え、邪魔していたのは私だ。
道の左端によけた。車は私の横を通り過ぎていった。
黒い大きめの高級そうな車だった。

でも、その時間帯のその駅前商店街には私と同じ感覚で勘違いしている者が多くいて、先ほどの車が私の前方で足止めをくらっていた。
歩き続けた私はその車を追い越すところまで来てしまった。
で、追い越した。
さっきのクラクションの感じの悪さを思い出した私は、追い抜きざまにちょっとだけ振り向いて運転席を見た。
「どんな奴が運転してるんだ?」と思い。
フロントガラスに光が反射していて、運転手はよく見えなかった。

歩行者が多かったので車がスピードを出せるような状況ではなく、先ほどの車が私を再度追い抜く際も、ゆっくりしたものだった。
が。
無茶苦茶に幅寄せをされた。
「轢いちゃうぞ?」と言われたような幅寄せだった。
私にはそう感じられた。カチンときた。

と思ったら、少し進んだ先で車が止まった。
道の右側に接客の黒い服を着た男たちがずらっと並んでその車にぴしっと頭を下げていた。
男達の隊列の背後にキャバクラがあった。それまで全く気づいていなかったのだが、この商店街にもキャバクラがあったらしい。
(へぇ~。オーナーでも乗ってんのか?)
先ほどカチンときたばかりだった私は、歩みの方向を道の右側に向け、頭を下げている男達と黒い車の間にぽっかりできている「その歩きやすい空間」を突っ切って差し上げた。いい道作ってくれてありがとね、と。こりゃいいや~と。のしのしと。

頭を下げていた男達には意味がわからなかっただろうが、運転手には意味がわかったはずだ。
舐めるなコラ。
キャバクラオーナー自身が運転をしていたのか、オーナーは後部座席に乗っているのかはわからなかった。

で、強気はここまで。

モーゼの十戒ならぬ、「こうきち最期の花道(?)」を通り抜けたその目の前に目指していた牛丼屋があった。

俺、どうしよう?

そう言えば、昔出張先で知り合った人が言ってたよ。
(ちょっとまずいことになっても弱気は見せない方がいい。なぜこいつはこんなに余裕なんだ?くらいのことを思わせればなんとかなる場合がある。なんとかならないかもしれないが、ただ弱気でいるよりはなんとかなる場合がある。)

それを思い出して牛丼屋に入った。いきなり走って逃げるようなことはせず、奴の目の前で予定通りに牛丼屋に入った。
そう、俺はただ牛丼を食べに来ただけだったのだ。牛丼を食べに来ただけだったのに。

オーナーが店員数名 or 知り合いに命じて、俺はボコボコにされるのかね。
店の外で待ち伏せされるのかね。
参ったな。
蹴られどころ悪くて今日ここでそんな死に方したくはないわな。
普通に店外に出て四方から攻撃されたらさすがに終わるな。
ここは「グラップラー刃牙」が採った作戦を使わせてもらうしかないな。
店外には出ずに出入り口で一人ずつやっつけるしかないな。
ガラス割れたら弁償代高いんだろうな。
参ったな。。。
死なないことを優先して動けるうちに交番まで走るのもアリか。。。
でも俺、鈍足だからなあ。

と思っていたら、着丼。
わーい わーい

牛丼、うまかったです。

で、腹を決めて出入口に向かい、迎撃態勢。
誰も待ってくれていませんでした。さびしい。
うそ。
安堵。

絶対に二度とこんな行為はしないと自分に約束しました。
元々、この日のこの時以外にそういうことはありませんでしたが、この日以来、いきがった行為はしていません。

それに、駅前のちょっとした商店街だったからこんな行動に出てしまいましたが、東京大阪ほか大都市の大繁華街だったら怖くてこんなことはやっていません絶対に。
怖いから。
あの晩だって、そういう計算は働いたはずのずるい私です。

この時は妻と知り合う随分前で独身でしたが、結婚後、断れない飲み会などで繁華街に行く必要がある時などは、結婚指輪をしていくようにしています。

いつもと違う左薬指の異物感をずっと感じ続けるようにしています。
手のひらに親指を収め、親指の先で指輪に触れておくようにしています。
「もう二度とあんな馬鹿な真似すんなよ俺」という自戒のために。



#創作大賞2026 #エッセイ部門


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