私だけできなかった
私が通った幼稚園は、園指定の白いシャツで通園するのが決まりだった。大人が着ているもので言うと、Yシャツやブラウスと言われているものと同じ感じのああいう白いシャツ。
入園した当初、私は長袖シャツの袖のボタンが自分で留められなかった。少数派のようだった。母に練習させられたように思う。それはあまり憶えていない。でも「同級生の中でこれができないのは遂に私だけになった」とわかった日の切迫感はなんとなく体に残っている。ということは、両親は「まあ今は別にできなくてもいいよ~。慌てない、慌てな~い」という感じではなかったのだろうな、とは思う。
練習させられたことを恨んだりはしていない。(憶えてはいないが。)
それができないと園で自分でお着替えもできない。そもそも、できないのは自分の不器用さのせいであり。
ただ、このことがあったせいか、その後の人生で何かにつけて「自分だけできなかったらどうしよう」という恐怖感はつきまとった。(例えば、私は小学校では図工が得意だったが、新しい課題に切り替わる度に胃が縮んで沈み込んで行くような思いをしていた。今もそういう傾向はある。)
でもさ。話は戻るけどさ。シャツの袖のボタンくらい、大きくなれば留められるようになるのだ。不器用な私だって。そんなこといちいち指定してくるなよ幼稚園。白シャツの袖口がぺらんぺらんしてたって別に死にゃあしねえだろが幼稚園。と、今はそう思う。(まあ、一人そういう奴がいると規律が乱れるから嫌でしょうけどね^^)
わが子の話になるが、わが子は私の気質を大いに受け継いでしまったので、いつも「自分だけできなかったらどうしよう」という恐怖心があるんだろうなと思う。気持ちはわかる。何せこちらが元祖だ。
まだできなくても大丈夫。
なんなら、ずっとできないままだって別に大丈夫なことも多いんだ。
あわてない あわてない
まだできなくても大丈夫だよ^^
それに、同い年の他の子が絶対できないことで君だけができていること、あるじゃない!わが子、ワンダホー!
それにそれに。
君が「他の子と同じようにできない」って苦しんでいるから、「君だけができていること」のこと書いたけどね、もしそれがなくたって君にはいいとこがたくさんあるんだよ!ホントだぜ!
わが子、ワンダホー!
