ちゃんとしたお母さんにならなくても、カーネーションは店先に並ぶ
私、ちゃんとお母さんできてない。
桜の花が散り、新緑の存在感が増してくると、思い出すことがある。
今年13年目に突入した10年日記を開き、ページをめくる。記録によると、あれは2018年5月12日のことらしい。

娘がまだ年少の、母の日参観。春の日差しが差し込む明るい教室で、子どもたちが母親へのプレゼントとして歌を歌い終えたときのことだ。満足気な彼女を抱きしめながら、こっそり泣いた。
周りのお母さんたちは穏やかな笑顔を浮かべている。本来なら子どもの成長に感動して、涙腺がゆるむシーンなのだろう。でも、私は違った。「理想の母親像」とほど遠い自分が情けなくて、涙が出たのだ。
子どもたちが歌ったのは『おかあさん』という童謡だ。
おかあさん なあに
おかあさんて いい におい
せんたく していた においでしょ
しゃぼんの あわの においでしょ
おかあさん なあに
おかあさんて いい におい
おりょうり していた においでしょ
たまごやきの においでしょ
この歌詞が、当時の私にとってはきつかった。「あんたは母親らしいこと、何もできていない」って責められているみたいで。
だって私からは、しゃぼんの泡のにおいも、卵焼きのにおいもしないのだから。
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2017年の冬、結婚生活に違和感を覚えて、離婚に向けて準備をするため、娘をつれて実家へ戻った。それから1年がたっても親との同居に慣れず、常にストレスを感じていた。
夫と暮らしていたときは専業主婦だった私。家事は仕事でもあった。別居後は、幼馴染が店長を務める輸入雑貨店で、パートを始めたものの、家事を手放したくはなかった。「家事をしている=主婦・母としての役目を果たせている」という考えがしみついていたのだ。
毎日、現役専業主婦である実母と家事の取り合いだった。「夫との不仲」という、自分の都合で戻ってきただけの私に、家事の主導権はない。洗濯は洗いも干しもせず、たたむ担当だし、食事は朝と昼だけ私と娘の分のみ作る。
一度、娘のお弁当におかずが足りないと思ったのか、母が黙ってハムを追加しようとしていたことがあった。「母親」としての役目を横取りされた気がして、悔しくて泣きながら「余計なことしないでよ!」と怒りをぶつけてしまった。自分で自分がいやになった。そんなムキになるほどのことではないのに。
今思うと、家事以外の部分で相当がんばっていた。娘は毎朝のように、私と離れるとき「ママがいい」と泣く。こども園に長時間、わが子を預けることに罪悪感を抱きながら通勤し、仕事中、娘の泣き顔が頭から離れないこともあった。ストレスからか、胃や頭、背中が痛くて、お客さんがいないとき、レジの陰にしゃがみこんで、内緒で休憩していたこともある。
めいっぱいなんだから、意地なんて張らず、気持ちよく家事を任せればいいのに――自分でもそう思う。でも、当時の私には、全部が中途半端に思えて、たまらなくいやだった。
私は、お母さんっぽいことをしているだけ。
どれだけ必死に毎日を過ごしていても、まるで自信がなかった。
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あれから7年。先月実家を出て、10歳になった娘と2人暮らしをはじめた。
一応、洗濯物を洗って干して取り込むのは私。たたんで定位置にしまうのは娘の役目だ。けれども日によっては、Amazonプライムで映画を見ながら一緒にたたむこともある。
卵焼きは、私が作るときもあるし、「今日は私が作る」と、娘が焼いてくれる日もある。うれしい反面、私に気をつかっているのではないかと、不安になることもあるのだけれど。
家事は誰のものでもないのだから、そのときの状況で柔軟に決めればいいと思っている。
しゃぼんの泡のにおいや、卵焼きのにおいが、しようがしまいが関係ない。「ちゃんとしたお母さん」になんて、ならなくていい。むしろ、ちゃんとしたお母さんになっちゃダメだ。その姿を見て子どもが育てば、自分に厳しくなりすぎて、当時の私のように苦しむことになるかもしれない。
もっと、肩の力を抜いて大丈夫。
完璧じゃなくたっていいじゃない。困ったときはお互いさまなんだから。私が私のまま、娘と向き合えていればそれで十分だ。
今年もまた、母の日がやってくる。今の私はもう、あの歌を聞いても動じない。色とりどりのカーネーションで華やぐ店先で、好みの花束を選んだら、迷わず自分に贈りたい。
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