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「いい働き方」は私が決める


正社員こそが安定した働き方だと思っていた。

私が離婚したのは2019年のこと。現在11歳になる娘は、当時まだ4歳だった。

シングルマザーになったのだから、職種を問わず、何かしらの正社員にならなければいけないと思っていた――正しくは「周囲の人たちに言われたから」なのだけれど。

「離婚したなら、やっぱり正社員にならなきゃねえ」

母親やママ友、区役所の窓口の人、生命保険の担当者からも言われた。単純に心配からくる親切心だったのだろう。私自身も、多くの人たちがそう言うのだから、正社員こそがシングルマザーの働き方の正解なのだと信じて疑わなかった。

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振り返ってみると、誰かのために生きてきた人生だった。

周りの人たちを喜ばせるにはどう振る舞えばいいのか。
安心してもらうにはどの道を選択すればいいのか。

それが、何かを選ぶときの基準であり、たとえ自分を犠牲にすることになっても正しい道だと信じていた。

けれど、それは大きな間違いだったのだ。

娘が生まれたときは専業主婦だった私。離婚を決めてから、フルタイムでパートをはじめた。幼なじみが店長を務める、輸入雑貨店での販売の仕事だった。

娘と二人で実家に住まわせてもらっていたとはいえ、収入のほとんどが保育料に消えていく。

「いつまでも親に頼っているわけにはいかない。この先どうしよう」と考えていたとき、10年ほど通っていた美容院のオーナーから「離婚するなら、うちで正社員として働かない?」と声を掛けられた。

生まれて初めての正社員の仕事は、美容師アシスタントだった。

とはいえ、今まで美容師になりたいと思ったことはなく、美容専門学校にも通っていない。本当に大丈夫だろうか。悩んだ末、完全に「生活のため」と割り切って転職を決めた。

正社員になって、パートで働いていた頃より確かに収入は増えた。けれど心は、まったく満たされない。

まだ年少になったばかりの娘は、毎朝別れるときに大泣きする。思わず私まで泣きそうになるのをこらえて背を向け、浮かんでくる娘の泣き顔を何度もかき消しながら必死で働いた。

被害妄想なのかもしれない。けれど、お客さんとして通っていたときは優しかったオーナーやスタッフの私へのあたりは、日に日にきつくなっていったように思う。

仕事ができないのだから仕方がない。専門学校も出ていない私には、当たり前だけど、他の人の何倍もの努力が必要だったのだ。

次第に休みの日も仕事のことが頭から離れなくなった。娘といても心ここにあらず。自宅にいるときでさえ、私は母親でいられなくなっていた。

あるとき、娘がぽつりとこぼした。


「大きくなったら美容師さんになる。そうすれば、ママとずっと一緒にいれるから」。


私と一緒にいたい気持ちから、幼いながらにそんな解決策を考えていたのか。その健気さと、寂しさを我慢させていた事実に、こっそり泣いた。

私は、大切な命を削って何をしているんだろう。仕事は人生の一部だ。「お金を稼ぐだけの手段」とは、どうしても割り切ることができない。

髪だけじゃなく、心も軽やかにする美容師の仕事は、もちろん素晴らしいと思っている。けれど、私はここにいるべき人間じゃない。おこがましいかもしれないけれど、そう感じてしまった。

もっと違うことに時間とエネルギーを使いたい。そう思ったときには、もう限界だった。

オーナーや先輩スタイリストから陰口を言われている気がする。お客さんからも軽蔑されているように感じる。カラー剤を作るように指示をされると、「ミスしてはいけない」というプレッシャーから、呼吸が浅くなって苦しくなる。

もういっそ死んでしまいたい。
でも怖い。
それならせめて現実から逃げ出したい。


ついには、そんなことばかり考えるようになってしまった。そして、転職してからわずか2か月で仕事に行けなくなった。

持病だったうつ病が再発したのだ。

とてもじゃないけれど、外に働きに行ける状態ではなく、美容師アシスタントの仕事を退職した。


絶望した。


転がり込んだ実家の和室。娘が眠ったのを確認し、自分も寝ようと仰向けになり天井を見上げる。気づけば静かに両目からこぼれた涙が頬を伝っていた。


私は何をやっているのだろう。


自分の頭で考えず、周りのアドバイスを鵜呑みにした結果、振り出しに戻ってしまった。

次こそはちゃんと自分で悩んで決めなくちゃ。


ひとしきり泣いて空っぽになった頭で、自分にとっての正解が何なのかを探し続けた。けれど、答えは見つからない。何日も何日も、思うように動かない体を持て余しながら、実家の和室で過ごした。

そうして布団の中からぼーっと天井を見つめ続けていたある日、ふと、ひとつの考えが浮かんだ。

「正社員が安定した働き方だ」というのは、たまたまその形が合っていた誰かの話でしかない。現に、私が無理をして寝込んだところで、誰も責任は取ってくれない。私にとっての安定とは、収入の多さよりも、健やかな状態で仕事を長く続けられることなのではないか。


もう、根本的にやり方を変えるしかない。


布団の中でスマホを握りしめ、夢中で調べた。うつ病を抱えながら、どんな働き方なら体調を崩さずに続けられるのか。

そうして出会ったのは、うつ病をきっかけにWebライターをはじめたという人のブログだった。「自宅でできる仕事なら、私でも続けられるかもしれない」と、かすかに希望が見えた。

でも、うまくいく保証なんてどこにもない。とはいえ、どうせ責任を取るのは私だ。自分で決めたことなら、失敗したとしても誰かを責めなくて済む。

今すぐ挑戦するのは怖い。それならまず、自分のことをちゃんと知っておこう。そう思った私は、自分の生い立ちやこれまで経験した仕事を、徹底的に振り返ることにした。そして同時に、身の回りの断捨離もはじめた。

自室のベッドの下にしまってあった、学生時代の思い出の品を整理していると、大量の日記や作文、台本、詩が出てきた。そういえば、いつも何かしら文章を書いていたな。無意識に続けてこられたなら、好きかどうかは別にして、きっと「苦ではない」ということだ。

もしかして。無理のない働き方には、こうしたフラットな気持ちでいられることが大切なのではないか。

書く仕事なら、いけるかもしれない。


そしてようやく、Webライターに挑戦する決心がついた。過去の自分が、今の自分の背中を押してくれたような気がした。

とはいえ、最初は親に仕事の話ができなかった。父は勤続50年以上の会社員。「正社員こそが安定」と信じる両親にとって、私の選んだ道はあまりに不安定で、到底理解してもらえないと思ったからだ。

けれど、無理をして正社員になり、うつの再発により退職を繰り返すことは、安定とは程遠い。たとえ収入に波があっても、寝込むことなく働き続けられる状態こそが、私にとっての「安定」なのだ。

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フリーランスになって早いもので7年目に突入した。ライターの仕事は、これまでの人生で一番長く続いている。そして、あれから一度もうつ病は再発していない。

「今日は調子が悪い」と感じたら思い切ってパソコンを閉じ、横になる。直感で「好きだな」と思える人とだけ仕事をする。わがままかもしれないけれど、そうやって自分の気持ちに正直でいることが、穏やかに過ごすためには重要だったようだ。

ちなみに現在はフリーランスのライターとして活動しながら、ZINE(個人がつくる小冊子のこと)制作のサポートや、noteの書き方ワークショップも行っている。

もちろん、今の働き方がずっと続くとは限らない。家庭や社会の状況に合わせて、これからも変化し続けていくだろう。

働き方に正解はない。そのときいいと思った方法を試して、合わなかったらやめてもいい。前例がないのなら、自分でつくればいいのだ。

試行錯誤しながらたどり着いた今の働き方に、誇りをもっている。最近は仕事について、両親にも少しずつ話せるようになった。

とはいえ、悩みはつきない。家を借りる手続きや児童扶養手当の申請窓口で収入を聞かれるたび、世間一般より明らかに少ない自分の年収を伝えて、惨めな気持ちになることもある。

そんなときは、いつも原点に立ち返るようにしている。


「私が働くうえで優先すべきことは何か」


体を壊してまで頑張るのは、もうやめた。大切なのは、自分になるべく負担をかけず、健やかに働き続けること。それが私にとってのしあわせであり、娘を守ることにもつながると信じている。

誰かの正解ではなく、心の声に耳を傾けて。「いい働き方」は他の誰でもない、これからも私が自分で決めていく。





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春野なほ|エッセイスト|ライター|兵庫県 いただいたチップは、執筆のおともとして、普段はなかなか買えない無印のお菓子を買わせていただきます🍪